しかも、よ。
 しかもしかもしかもーお!
「ちょっと! 誰がオスよ!」
「別に俺はひとこともそんなこと言ってない」
「言ってないけど、言ってるようなもんでしょ!」
「お前な、それは被害妄想ってヤツだぞ」
「ウソつけっ! 顔が笑ってる!!」
「あはは。ワリ」
 ったくーー。
 なんなのよっ。
 普通、自分の彼女にそんなこと言う?
 祐恭先生だったら、絶対羽織にそんなこと言わないわよ!
「ヒドい彼氏よね」
 ぼそっと呟くと、あからさまに無視された。
 ……耳ざといクセに、こういうときは聞こえない振りが得意よね。
 …………ふぅん。そう来るワケ?
 それなら、こっちにも手があるんだから。
「……好きなのに」
「何が?」
「……聞こえてるんじゃない」
「モノによるんだよ」
 さっきよりずっと小さく言った言葉なのに、純也はぱっと振り返った。
 そんな素直な行動に、思わず笑みが漏れる。
「で? 何が好きなんだよ」
「ふぅーん。気になる?」
「気になるな。……そりゃ、まぁ」
 ぽりぽりと頭をかいた純也に、いたずらっぽい笑みがこみあげてくる。
 しかも、瞳が合ったとき、珍しく素直な顔を純也が見せた。
「クレープ」
「……は?」
「だから、あそこのクレープが好きなの」
 思いっきり気のある素振りを見せてから、言ってやる。
 ……ん? 何よ。
 別にいいでしょ?
 っていうか、別に『人』って限定してないし。
「ほらぁっ。早く行こうよー」
「ったく。お前は食うことしかないのか」
「悪かったわね。甘いものは別なの」
「そういうのを言い訳っつーんだぞ」
「うるさいっ!」
「あてっ」
 ぺちっと背中を叩いてやると、いつも通りの反応が返ってきた。
 ……いいのよ、別に。
 ちゃんとした『好き』なんて言葉は、いっぱい言ってあげてるんだから。
 ……多分。
 それに、そういう大事な言葉はそう簡単に言うもんじゃないんだし。
 価値が下がるんだから。……いろいろと。
「ほら、早くー!」
「わかった、わかった」
 今度は逆に、私が純也の手を引く形になる。
 こういうのも、結構いいわよね。
 緩やかに描かれているカーブを曲がりながら足を進めていくと――……ちょうど正面に見えてきた大きな水槽。
 そこで、つい足が止まる。
 ……やっぱり気になる、後ろの反応。
「…………何も言うことないの?」
「……別に」
「あ、そう。じゃ、クレープクレープっ」
 何か言ってやろうと考えたんだけど、やめることにした。
 ……だって。
 瞳を合わせてこなかったし、何よりも……そのほっぺたがちょっとだけ赤くなってたから。
 純也も、なんだかんだ言ってちゃんと覚えてくれてるのよね。
 ――……私たちにとっての、初めての場所。
 笑みを浮かべながらその水槽の前を通り抜けると、純也が隣に並んだ。
「ん?」
「別に」
 相変わらずそっけないけど、まぁいいでしょ。
 見えてきた出口をまっすぐ見つめたまま、ちょっとだけ……繋いだ手に力を込めることにした。

「んー、おいしーぃ」
「……相変わらず、ウマそうっつーか……幸せそうに食うな、お前は」
「そりゃあねー。食べる?」
「食べない」
「あ、そう」
 ベンチに腰かけながら、この水族館に来ると必ず食べると言っていいほどの定番である『ストロベリーチーズケーキ』のクレープ。
 こってり甘々で、とってもおいしい。
 純也は、必ず嫌そうな顔するけど。
「…………」
 スプーンでアイスをすくいながら、隣に座る純也を観察してみる。
 缶コーヒーを飲んでから、その缶を軽く握る。
 で、手持ち無沙汰になってスマフォを取り出す。
「……わかりやすい」
「は? 何が?」
「純也の行動パターン。すべてまるっとお見通し」
「……お前に読まれるようじゃ、俺も年取ったな」
「年取ったとか言わないでくれる? そんな簡単に老けられたら困るんだから」
「へいへい」
 ったく。
 まだ私、18歳なのよ?
 それなのに、付き合ってる彼氏だけが老けてったら切ないじゃない。
 別に、年齢のことを言ってるんじゃない。
 大事なのは、気持ち。
 年を取ってもいつまでもかっこいい人なんて、ざらにいるし。
「困るわよ?」
「……何がだよ」
 最後のひと口を食べてからクレープの紙を丸め、純也に視線を合わせる。
 すると、怪訝そうにこちらを見返してきた。

「いつまでも、私が惚れる男でいてくれないと」

「っ……な……」
「さぁて。次はどこ行こうかなー。あ、そろそろお昼よね。お昼食べに行こう」
 何か言いたげな純也をベンチに残したまま、ゴミ箱へ。
 ……どうせ、何か言われるんだもん。
 …………。
 ああもぉ、ガラにもないこと言った……!
 ちょっとだけ顔が赤くなるのがわかって、なんとも照れくさい。
 ぺちぺちと頬を叩いてからベンチを振り返ると、なんとも言えない表情の純也が口元に手をやっていた。
 ……うん。
 さすがは私が見込んだ男。
 今も相変わらずカッコイイじゃない?
 しいて言うなら、ここに男の渋さが欲しいところだけど。
 まぁ、そこまで求めても仕方ないわね。
 男の渋さは、追々身につけてもらいましょ。
「さ、行くわよ」
「……しょうがねぇな」
 座ったままの純也の手を引いて立ち上がらせ、そのまま駐車場へ向かう。
 次の目的地は、もちろんあのお店。
 この水族館に来たときは必ず立ち寄ると言っても、いいかもしれない。
 だって、おいしいんだもん。
 やっぱり、海のそばっていいわよねー。
 こういうとき、やっぱり海がある県に育ってよかったと思う。
 山も好きだけどね。
 キャンプとか、バーベキューとか。
 ……って、ちょっと違うか。
 あ、でも山菜も好きよ。
 タラの芽の天ぷら、おいしいしねー。
 車のボンネットに手を置きながら振り返ると、鍵を取り出した純也と目が合った。
「ん? 何か?」
「……別に」
「あ、そ。じゃ、早く行きましょ?」
「……お前はどこに入るんだよ、その身体の。え? まだ食う気か?」
「当り前でしょ! あれは、おやつ。これから食べるのは、お昼」
「……聞いた俺が馬鹿だった」
「なんでもいいから、早く鍵開けてよね」
「わかってる」
 言うと同時に、ロックが解除された。
 助手席に乗り込み、CDを替える。
 せっかくだから、この前レンタルしたメドレーにしよう。
 さすがに、『お魚天国』は入ってないけど。
「じゃあ、あの店でいいんだな?」
「うん。よろしくー」
「はいはい」
 エンジンをかけてから、大きな国道へ。
 ふと運転席を見ると、いつの間にやら純也も口ずさんでいた。
 ……このCD借りたとき、あんだけ文句言ってたのに。
 じぃーっと見ててやると、瞳が合った途端口を結んだ。
 わっかりやすっ。
「何よ、気に入ってるんでしょ?」
「別に。反応しただけ」
「ったく。かわいくないわね」
「ほっとけ」
 そんな純也の照れた姿がおかしくて、つい笑みが漏れた。
 相変わらず、素直じゃないわね。
 ……ま、別にこの部分は変わってくれなくてもいいけど。


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