「お前、相変わらず好きだな。それ」
「だって、おいしいじゃない?」
「そりゃ、そうだけど……」
 空いた皿を重ね、再び目線はレーンへ。
「でもな、普通回転寿司でウニばっか食うヤツもいないと思うぞ?」
「いーじゃない。好きなんだから」
「……見てるこっちが、クドくなる」
 眉を寄せて箸を置くと、純也が眉をしかめてからお茶を飲んだ。
 なんで? ダメなの? ウニ。
 おいしいのに。
 確かに、純也は私と違ってあっさりした物のほうが好きみたいだけど。
 でも、あんまりマグロって食べないわよね。
 どっちかっていうと、近海魚? になるのかしら。
 アジとかブリとかカンパチとか。
 って……。
「純也だって、一緒じゃない」
「は? 何が?」
「また同じ物取ってるし。人のこと言えないでしょ?」
「……あー、まぁ、そうだな」
 皿を指差してやると、しげしげ見つめてから苦笑を浮かべた。
 ったく。
 結局、純也だって自分の好きな物ばっかり食べてるじゃない。
 人に注意するくせに、自分も同じ事をする。
 それが、ちょっと笑えた。
「でも、やっぱり海のそばのお寿司屋さんっておいしいわよねー」
「まぁな。……でも、ちょっと思うんだが」
「んー?」
 ウニの軍艦巻きを箸でつまみながらそちらを見ると、レーンを眺めながら純也がぽつりと呟いた。
「水族館行ったあとで来るところじゃないよな」
「……それもそうね」
 別に、深海魚やら熱帯魚までいるわけじゃない。
 けど、回遊魚コーナーにいる魚は大抵並ぶし。
 んー……。
「おいしくいただけるってことでいいんじゃない?」
「……それはお前、なんか間違ってる気がする」
「いいの! こうして料理されちゃってるんだから、食べてあげなきゃかわいそうでしょ!」
「はいはい」
 うなずいた純也も、やっぱり笑っていた。
 ……まったく。いいのよ、たとえ水族館帰りでも。
「…………」
 それにしても、相変わらず純也は几帳面よね。
 食べたお皿、きっちり値段ごとにわけて積んであるし。
 それが別に意識しての行為じゃないから、性格なのよね。やっぱ。
 私は、値段別なんて気にすることなく普通に積むんだけど。
 それも、しっかり直されてるし。
 ……むぅ。
「もう、いいのか?」
「うん。さすがにお腹いっぱい」
 お茶を飲んでシートにもたれていると、純也が同じように湯飲みを持ちながらこちらを向いた。
 クレープの効果もあったんだけど、最後に食べた焼きプリンが結構苦しい。
 自家製とか特製とかって言われると、どうしても食べたくなるのよね。
「おあいそ、お願いします」
 店員さんに声をかけて呼ぶと、伝票にあれこれ書き込まれた。
 それが済んだあと、レジに向かって清算を済ませる。
「で? このあとはどこ行く?」
「んー……そうねぇ……」
 ふと時計を見ると、14時近かった。
 ……んー。
「純也は、行きたいところないの?」
「俺? ……そうだな……」
 おつりを財布にしまってから腕を組み、視線を宙へ。
 お寿司食べたいって言い出したのは私だし、次は純也が決める番でもいいかな、って思った。
「んー……とりあえず、冬瀬戻るか」
「そう?」
「それからだな」
 冬瀬……ねぇ。
 何か面白そうな場所なんてあったかしら。
 まぁ、いいけど。
 満腹だと、あんまりうまく思考回路が働かない。
 ……っていうか、このまま車に乗ったら寝るかも。
 駐車場に向かいながら、ふとそんなことが思い浮かんだ。

「……い。おい、絵里」
「うー……」
「こら。もう着いたぞ?」
 ぺちぺちと頬を叩かれたと思ったら、そのままつままれる。
 ……むー。
 何よ……ちょっと。イラっとするわね。
「……あえ、何?」
「何、じゃねぇだろ。起きろって。もう着いたぞ」
「え……?」
 助手席のドアを開けてこちらを見下ろす純也と、そこでようやく目が合った。
 ……あー、やっぱり寝てたんだ。
 漏れた欠伸を噛み殺しながら車を降り、伸びをひとつ。
「んー……はー、ねむ」
「……ったく。車乗って即寝やがって」
「だって、気持ちよかったんだもん」
「子どもと一緒だな、お前」
「うるさいっ!」
 鍵をかけてから後ろを歩いてくる純也を軽く睨むものの、効果はまったくなかったらしい。
 ……っていうか、ここって……近所のモールよね?
「何? 買い物するの?」
「いや、映画」
「……映画?」
「そ。ちょっと見たいヤツあったんだよな」
「…………あ、そう」
 やたら楽しそうな顔をされ、思わず何も言えなくなってしまう。
 ……子どもみたいなのは、どっちよ。
 思わず、吹き出しそうになった。
 エスカレーターで立体駐車場から3階に下り、そのまま映画館へ。
 入り口に入った途端に一変する、雰囲気。
 暗くて、青い光がよく映える館内は私も結構好きだ。
 どこからか匂ってくるポップコーンの香りも、映画館に来たって感じがして、悪くないし。
 壁に設置されている大きなスクリーンを見ていると、ほどなくして純也が戻ってきた。
「もうすぐ始まるってさ」
「ふぅん。……で? なんの映画?」
「見ればわかるだろ?」
 手渡されたチケットに目をやると、最近CMが流れているアクション映画だった。
 まぁ、純也がラブコメとか感動系を見るとは思っちゃいなかったけど。
 とはいえ、主演の男優は聞き覚えがあった。
 だからまぁ、よしとしよう。
 ……映画ねぇ。
 寝なければいいけど。
 ひらひらとチケットを振りながら入り口に向かい、ふとそんなことが頭に浮かんだ。
 半券を受け取って、純也のあとに続く。
 “3”と大きく書かれた館内に入ると、結構な人数がすでに座っていた。
 中央よりは、後部に近い場所に腰を下ろすと……まぁ、見にくくはない。
「何か飲む?」
「俺は別にいいけど……お前、何か飲むか?」
「ううん。いい」
 不思議なもので、こういう場所に入ると無意識のうちに声が小さくなる。
 人間って、不思議よね。
 小声で話しかけられると、自然にこちらも小声になるし。
 スクリーンに映っている様々な注意事項を眺めていると、すぐに照明が落ちて流れていた音楽も消えた。
 代わりにアナウンスが響き、いよいよ映画が始まる。
 ……なんだけど、その前に入ってるほかの映画の宣伝って、結構邪魔よね。
 しかも、長いし。
 ふと横を見ると、別に面倒くさそうにしていない純也の顔があった。
 …………さすが生真面目王。
 仕方なく私もスクリーンに向き直り、流れ続ける宣伝を見る。
 飽きちゃうんだけど。
 ……なんて思い始めたころ、ようやく雰囲気が変わった。
 どうやら、これから本編が始まるみたい。
 どうせ2時間強はここから動けないんだし、楽しむことにしましょ。
 なんだかんだ言って、ちょっと楽しみだしね。
 ちょっとだけ、口元に笑みが漏れた。

「…………」
 なんていうか、映画って……感情移入しちゃわない?
 主人公でもヒロインでも。
 激しい格闘シーンだと、つい眉が寄って避けそうになるし、ヒロインが主人公に対して切ない恋心を表現しているところでは、こっちまでやっぱり切なくなっちゃうし。
 だから、映画とかってあんまり見ないのかも。
 別に嫌いなわけじゃないんだけどね。
 でも、こうして彼氏と一緒に映画なりドラマなりを見てて思うんだけど……いわゆる男女の絡みのシーンって、結構困る。
 そういう気がなくても、やっぱ……どうしよーってなるじゃない?
 なんていうか、気まずいのよね。やっぱり。
 とはいえ、目の前でずーっと流され続ける、そのシーン。
 やけに濡れた音が響いて、こっちが恥ずかしくなるっちゅーねん!
「…………」
 シートにもたれて、こっそり純也の顔を盗み見る。
 ……ちょー普通。
 それはそれで、ちょっとつまんないんだけど。
 まぁ、にやにやされても困るからいいけどね。
 ていうか、映画ってどうしてこういうシーンが入ってるわけ?
 まぁ、話の展開上しょうがないのかもしれないけど、やっぱりファンサービスなの?
 ……ま、いいけど。
 あれこれ考えてたら、終わったし。
 なんであれ、幸せになる話ならば、いい。うん。
 そう結論付けて再びスクリーンに見入ると、雰囲気はいよいよクライマックスって感じだった。
 こういうラストシーンの格闘って、派手でいいわよね。
 ドキドキするし。
 しかも、実は意外な黒幕が! とかっていう展開もあって、結構笑える。
 水戸黄門とかでも、やっぱり最後のシーンが1番好き。
 ……何? わかんないって?
 ちょっと! 見なさいよ、水戸黄門!
 日本人なら、米と時代劇とサスペンスよ!?
 …………時代劇、面白いのに。
 純也にも言われるけど、やっぱ話の流れがわかりやすくて、なおかつ爽快。
 見てて気持ちいいものは、いい。
 祖母と一緒に小さいころから見ることが多かったせいか、今でもテレビでやってると見ちゃうし。
 小さいころは、助さんに憧れた。
 ……って、どうでもいい情報だけど。
 映画もそこそこ終盤に近づき、無事にヒロインを護り抜いた主人公との……別れが訪れた。
 本当はお互いに離れたくない気持ちはわかっているけれど、そういうワケにも行かず……結局、さよなら。
 うー、やっぱこういうのは苦手。
 せめて、ちゃんとハッピーエンドで終わってほしい。
 いつかどこかで、ばったり偶然再会するとか。
 そういう気の利いた設定にしてよね。
「…………」
 なんて眉を寄せて見ていると、別れたままでスクリーンが暗転してしまった。
 ……ナニ?
 このままスタッフロールとか始まっちゃうわけ?
 そんなの、イヤ。
 ちゃんとふたりを幸せに――……。
「っ……」
 願いが通じたのか、“1年後”という文字が浮き上がった。
 そして、舞台はこれまでと同じニューヨークへ。
 街を歩いている、ヒロイン。
 ……あー、やっぱりスーツをびしっと着ている女性ってカッコいいわよね。
 …………あ。
 向こうから歩いてきたのは、紛れもなく主人公。
 だけど、ヒロインは一緒にいるお付きの人との会話に夢中で気付かない。
 ダメ。ダメだってば! ちゃんと気づいて!
 ぎゅっと手に力がこもると、話を切り上げたヒロインが立ち止まって背中を――……。
「……よかった」
 自然に、そんな言葉が漏れた。
 偶然にしてはできすぎていると言われてしまうかもしれない。
 だけど、こういう終わり方のほうが絶対にいいと思うし。
 主人公にヒロインが涙一杯で抱きついて、キスを――……というところで、きれいにスタッフロールが入った。
 照明が付き始め、ぼんやりとした館内の様子が見えてくる。
 ……はぁ。よかった。
「……ずいぶん楽しそうだったな」
「え? うん。だって、最後はやっぱりこうなってほしいもん」
「だからって、興奮しすぎだろ」
「……ん?」
 くすくす笑われて、上げられた手。
 ……おや?
「あれ。いつの間に繋いだの?」
「それはこっちのセリフだって。乱闘シーンでいきなり掴まれて何事かと思いきや……お前はまったく気にしない様子で見入ってるし。つーか、気づけよ」
「……おかしいなぁ。ごめん。興奮してた?」
「だろうな」
「まぁ、いいでしょ。タマのデートなんだし」
「はいはい」
 まったく気付かなかった。
 いつの間に純也の手なんて握ってたんだろ。
 ……まぁ、いいか。
 そんな、付き合い始めたばっかりのウブなわけでもないんだし。
 立ち上がって手を引きながら出口を出る……と、あることが浮かんだ。
「ねぇ、純也」
「ん?」
 スマフォで時間を確認してから、こちらを彼が見る。
 不思議そうな顔。
 ……うん。やっぱ、そうよね。
「私たちってさ、付き合いだしたころ……どうだった?」
「……は?」
 まるで、『なんじゃ、そりゃ』とでも言いたげに眉を寄せた。
「いや、だからね? こう、付き合う前にキスされたでしょ? で、その日のうちにヤることヤって……」
「……お前な。はっきり言いすぎ」
「なんで? だって、本当のことだからしょうがないじゃない」
「そりゃ、そうだけど……」
 バツが悪そうに軽く頭をかいた純也の呆れ顔が、ちょっと面白かった。
 でも、そうよね。
 やっぱり……私たちには、ない。
「ないのよ。だから」
「……何がだよ」
「詩織や山中先生みたいな……なんていうんだろう。こう、プラトニック? な時期が」
「……俺に言われてもな」
「どうしてよ。ああいうのって、男のリード具合にかかってるわけでしょ?」
「そうか? つーか、俺はお前に押し倒されたようなもんだぞ、あれは。事故に遭ったみたいな感じだろ」
「事故ぉ? 失礼ね。誰よ、私相手に欲情しないって言い切ってた教師は」
「……うるせぇな。しょうがないだろ? 今さら、むし返すな」
 とか言いながら、ほっぺたちょっと赤いし。
 そんな純也を見ていると、こっちに気付いたらしく、ぷいっと顔を背けた。
 ……面白い。
 相変わらず、口ではなんだかんだ言いながら反応がいいわよね。
「ぅわっ!?」
「買い物して、帰ろっか!」
「……な……んだよ、急に」
「いーの。デート、面白かったけど……やっぱ家でごはん食べたい」
「……ったく、ワガママだな」
「いいの! 純也が映画見たいって言ったんだから、次は私のリクエストの番でしょ? ね、帰ろ」
「わかったよ」
 腕を取って笑みを見せると、彼も柔らかく笑ってくれた。
 当り前のようなやりとりだけど……でも、やっぱり嬉しい。
 いい加減、夕方になっちゃったしね。
 そろそろ、家でゆっくりしたいのよ。
「…………」
 腕に伝わってくる温かさを感じると、自然に安心できる。
 これが当り前になってくれたのは、やっぱり……嬉しかったもん。私は。
 なんて、ちょっと前の自分を思い出して、おかしかった。


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