「……だから。どうしてついて来るんだよ」
「だって、暇なんだもん」
「…………はぁ」
 あっけらかんと助手席で肩をすくめた彼女に、大きな大きなため息が漏れた。
 喧嘩の混乱に乗じて脱出しようと試みたのだが、しっかりと目が合って。
 ……でも、正直『私も行く』なんて言うとは思わなかったんだけどな。
 相変わらず、彼女の真意は見えない。
「あ。お米ないですよ? そろそろ」
「…………」
「……ちょっと。素直に言ってあげてるんだから、忠告は受けたほうが身の為でしょ?」
「ほっといてくれて構わないけど」
 ショッピングモールの立体駐車場へ車を止め、店舗へ向かうとき。
 前を向いたまま言ったら………後ろをついてきていたはずの彼女の足音が消えた。
「……ひどい……」
 ぞく。
 思わず背中が粟立ち、瞳が丸くなる。
「……先生……どうしてそんなふうに言うんですか?」
「な……」
「私、先生のこと思って言ってるんですよ? ……それとも……鬱陶しいですか……?」
 今にも、零れ落ちそうな涙。
 それを瞳いっぱいに溜めて、彼女が唇を噛んだ。
「……言葉は、ちゃんと言ってくれなきゃわかりません」
「…………」
「私のこと嫌い……?」
 恐る恐る、という感じに彼女が上目遣いで見つめた。
 ……そんな顔をするな。
 喉が鳴ると同時に、また……気持ちが揺れる。
 動揺してるのは、よくわかってるつもりだ。
 ……そして今、目の前にいる彼女は――演技そのものだということも。
「せんせ……」
 情けなくも、手が伸びる。
 つ、と指先がその頬に触れれば、また……一層泣きそうな顔になって。
 つらそうに眉を寄せ、わずかに唇を開く。
 そのひとつひとつがこれまでの彼女と、当然ながらも寸分違わなくて。
 ……ああ。
 男は、本当に馬鹿な生き物だな。
 それはよくわかってる。
 ……わかってるんだ。
 だけど、どうしようもできないから……人は愚かだと言う。
「へぇ、優しいんだぁ」
 くす、と笑った口元が目に入る。
 涙が溜まっていたはずの瞳も、今は細まって……いたずらな色を見せているだけ。
「……勘弁してくれ」
 今も隠されることなく……躊躇なく見せ付けられる。
 ……嘘ってわかっててこうしてるんだから、本当に世話ないな。
 無視すればいい。
 どれもこれも、本当の彼女なんかじゃないんだから。
 儚げなときも、強気なときも。
 ……そう。
 そのどちらもが、本当なんかじゃないと俺は思う。
 ……俺には、『瀬那羽織』という人間がどういうヒトか掴めない。

「あれ? 羽織じゃない」
「あ。やっほー」
 エレベーターで1階まで降りると、目の前にいた人間が彼女を呼んだ。
「っ……あ。先生……」
 その人物というのは、俺もよく知っている――……皆瀬絵里。
 ……そんな顔、してほしくないモンだな。
 俺を見て瞳を丸くすると同時に口元を手で覆った彼女から、視線がそれる。
 ――が。
「……な……」
「羽織。ちょっと、先生借りてもいい?」
 いきなり、彼女が腕を取った。
「ちょ、まっ……!」
「いいから。……ちょっと付き合ってください」
 眉を寄せて彼女を見るものの、いつもと雰囲気が違ってまったく“冗談”めいてなかった。
 鋭い瞳で、真剣な顔で。
「ん。いいよ?」
 それが“彼女”にもわかったのか、俺が離れることを……あっさりうなずいて承諾した。


ひとつ戻る  目次へ  次へ