素直に、かわいいなと思った。
 くるくると表情を変えて、楽しそうな声で話して。
 誰も何も疑ったりしないですべてを受け入れる子だということは、すぐにわかった。
 声をかければ柔らかく笑みをくれて。
 笑いかければ照れて軽く俯いてしまって。
 嘘なんて知らないんじゃないか、と思うくらいに純粋で。
 嘘なんてつかれたら立ち直れないんじゃないか、というくらいに健気で。
 儚い顔もして、柔らかくてすぐに壊れてしまいそうな印象があって。
 だけど。
 ……だけど、芯に強いものをしっかりと持っていて。

 俺という人間を変えてくれた、唯一の存在だった。

 これほどまでに、生きるということが意味のあるもので、将来というものに希望を持つことが……今までの自分の考えていたものとは違うという喜びも教えてくれた。
 ――……ともに、と。
 そう、考えた存在だったんだけどな……。
「…………」
 あれから家に帰る道中も、注意力は酷く散漫だった。
 危うく事故りそうになったとき、このまま突っ込めていたら楽だったのに……などと危ない考えが一瞬よぎった。
 それほどまでに、ショックだった。
 彼女のあんな姿が、じゃない。
 ……彼女に、騙されていたということが。
 偽り、ね。
 あんなふうに目の前で平然と言ってのけられると、やはり、信じるほかない。
 ――……だけど。
 でも、本当に?
 あれが、本当に彼女の姿なのか?
 ……などと、いまだに信じきれていない自分がいるのも事実だ。
「……はぁ」
 ソファにもたれても、出るのはため息ばかり。
 声にもならない、声。
 これをどう伝えようか。
 ……誰に、伝えようか。
「…………」
 ふと視線を正面に戻せば、無造作ながらもきちんと張られた写真が目に入った。

『瀬那羽織は……瀬尋祐恭を、一生愛し……慈しみ……幸せにすることを誓います』

 あの笑顔も、嘘だってことか。
 そして、あの言葉も、涙も……全部が。
 今となっては誰にたずねるでもないこと。
 これまで一緒に過ごした時間は、すごく長いものだと思っていたのに。
 ……どうやら、限りなく短かいもののようだった。
 そう。
 まるで、玉響(たまゆら)の如く。
 ……なんでだよ。
 どうして、こんなことになったんだ。
 ――……もし、願いを叶えてくれるのならば。
 一生というものと、引き換えにしてもいい。
 なんなら、後生までくれてやる。
 だから。
 ……だからどうか。
 叶うならば――……あのままの、俺が愛した彼女を。
 ………あの彼女を、俺に返してくれないか。


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