「ずいぶん無口だな。何? なんかあった?」
「……あったも何も……どうしていつまでもこの格好なんですか? 私は……」
「なんで。不満? いいじゃない、かわいくて」
「やなのっ! 脱ぎたいです!」
「そう? 俺はしばらくそのままの羽織ちゃんを見てたいけど」
「……やだぁ……」
「ヤダとか言わない」
 ちょこん、とソファに座った彼女。
 相変わらず、格好はゴスロリメイドのまま。
 お陰で、服装がかわいらしいせいか、いつもの彼女の表情もやたら違って見える。
 ……服ってのは、結構大きなポイントなんだな。
 などと、少し感心してしまったりして。
「それに、まだ2時間弱残ってるだろ? どーせ同じ金払うんだったら、三時間遊んだほうが得って感じするし」
「……それは……そうだけど」
「だろ? なら、いいじゃない。かわいい格好もできたし」
「それとこれとは別なんですっ」
「そう?」
「そうなの!」
 そんなに気に入らないのかね。
 結構イイ線行ってるとは思うんだけど。
 ……あ。
「じゃあ、ほかの着れば?」
「……は……はい!?」
「いや、だからさ。その服が嫌なんだろ? だったら、ほかの着ればいいじゃない」
「ちょ……ちょっと待ってください。どうしてそこに、元の服に着替えるっていう選択肢がないんですか?」
「当たり前だろ? 普通の格好はいつでも見れるけど、こんな服なかなか着れないよ?」
「それはそうですけど、でもっ!」
「いろいろ着てみれば?」
 にっこりと、オススメしてはみる。
 ――……が。
「っ……! イヤですっ!」
 案の定、彼女は首を振って拒否した。
「じゃあ、その服で我慢しなさい」
「……どうしてそうなるんですかぁ……」
「どーしても」
 彼女から視線を外して、テレビへ戻す。
 流れているのは、他愛ないバラエティ。
 だが、その中でちょっとした話が耳に入った。
 ……ふむ。
「羽織ちゃんさぁ」
「……え?」
 横に座ってこちらを見上げてくる、仕草。
 それすらも、格好が格好なせいか、だいぶ違う。
 ……うん。ナイス選択。
 このときばかりは、少しだけ絵里ちゃんを褒めてやりたいと思った。
「マンネリって感じたことある?」
「……マンネリ……?」
「そ。俺と一緒にいて」
 ちょうど、テレビでも“飽きる・飽きない”の討論をしていたのだ。
 とはいえ、さすがに男女関係のではないが。
 それでも、先日山中先生にあんな相談をされたせいか、少し気にはなっていたのも事実だ。
 俺自身はそんなこと考えたこともないが、彼女には聞いたことがない。
 ……それが、少し不安でもあった。
「ないですよ? そんなこと」
「……そう?」
「うん。先生と一緒にいると、楽しいし」
 ちょっとしたこと、だと思う。
 それでも、こうして笑顔で俺とのことを肯定してくれると、まるですべてを肯定してくれているように錯覚してしまう。
 彼女がしてくれたことだから、余計に安心できるんだろう。
 普通に嬉しかった。
「そっか」
 短く呟いたそんな言葉だが、自然と笑みも浮かぶ。
 それが、今の自分の気持ちを何より表しているのかもしれない。
「……あ。そういえばさ、ここ、風呂がスゴイらしいよ」
「お風呂?」
「そ。この前の献血のときに優人から聞いたんだけど、いろんな入浴剤があるとかなんとか……」
「へぇー」
 視線をバスルームあたりへ向けたとき、ふと、優人との話を思い出した。
 ……まぁ、スゴイのは風呂だけじゃないんだけど。
 などとは、言えたモンじゃない。
 ましてや、ようやく機嫌が直ったっぽい彼女に対してなんて、特に。
「ん?」
「見てきます」
「あー。どうぞ」
 さっきまでとは打って変わっての、非常に楽しそうな顔。
 その顔で足取り軽くバスルームへ向かう彼女を見ていると、自然に笑みが漏れた。
 ……相変わらず、素直な子だなぁ。
 彼女をバスルームへ見送って、独りテレビに向き直る。
 と、ほどなくして何かを手にした彼女が戻ってきた。
「……それは?」
「入浴剤なんですけど……なんか、効きそう」
「効きそう?」
「うんっ。エステ気分らしいですよ」
「……エステねぇ……」
 男の俺にしてみれば入浴剤はどれも一緒だと思うのだが、彼女にしてみると違うらしい。
 エステ。
 ……まぁ、楽しそうだからいいけど。
「さて」
「……え?」
 立ち上がって彼女の隣に立つと、自然と笑みが浮かんだ。
 ……相変わらず、鋭いな。
 即、嫌そうな顔を見せられ、つい笑ってしまう。
「そんなに嫌がらなくても……」
「……もう、いいですよぉ……。ね? 私たちも帰りましょうよっ!」
「いやー、ほら。せっかく風呂が気に入ったみたいだしね。試して帰るのも、悪くないだろ?」
「いいですよっ! これ、持って帰れば家でも――」
「家で入るのも、ここで入るのも一緒。さ、風呂風呂ー」
「せ、先生!!」
 ぶんぶんと首を振る彼女の背中を押して、とっととバスルームへ足を向けさせる。
 ましてや、これは彼女が言い出したんだ。
 誘われたと言っても過言じゃないし――……何より、俺のせいじゃないからな。
 軽くうなずいてから洗面所のドアを開け、彼女を先に通す。
 この服を脱がすのは少しもったいないような気もするが、まぁ、いいだろ。

「……また、やらしーのを選んだな」
「やらしくないですっ!」
「そう? なんか、お湯がやらしい」
「…………やらしくないもん」
「はいはい」
 早速彼女がチョイスした入浴剤を入れての、風呂。
 なんだが、妙に、こー……とろみがあるせいか、やらしい。
 色は普通の入浴剤っぽい、乳白色。
 だが、匂いが結構香水っぽいというか……まぁ、そんな感じだ。
 どのあたりがエステなのかはっきりとはわからないが、まぁこのとろみ成分がそれっぽいんだろう。
 現に、だ。
「……っ……」
「おー、すべすべ」
「くすぐったい……っ」
「気持ちいいな、これ」
 目の前で浸かっている彼女の背中を撫でると、湯の効果らしく普段よりずっと滑らかな感触を得ることができた。
 湯がまとわり付くようにぬめりを帯びていて、妙にヤラシイ。
 ……って感じる俺のほうがヤラシイのかも。
 ちょっと、反省。
「……ん?」
「ほら、先生だってすべすべですよ。何も、私で確かめなくても……」
 彼女を撫でていた手を伝うようにして、腕に触れられた。
 ……そう言われてもな。
「わっ!?」
「何も、わざわざ自分で確認しなくてもいいだろ? せっかく、彼女がいるんだから」
「……もぉ……」
 後ろ向きのままで抱きしめるようにすると、全身滑らかになっていることが実感できた。
 ……これは結構、気持ちいい。
 ということはイコール、ついつい手を出したくなるワケで。
「っ……! せんせっ……」
「すげー、すべすべー」
「えっちっ……」
「男はみんなそうなんだよ」
「……っや」
 彼女が腕の中で動くたびに湯が揺れ、なんともヤラシイ音が響く。
 水の音すべてがそうだとは言わないが、こうして愛しい彼女と湯船に浸かっているときの音は妙にヤラシイ。
 ……やっぱり、すべての物事はともに体験する人間次第でいくらでも変わるんだな。
 などと、彼女に手のひらを這わせながら浮かんだ。


ひとつ戻る  目次へ  次へ