「っ……ん……」
「ほら、じっとする」
「で……できません……っ!」
「羽織ちゃんが自分から言ったんだろ? 我慢しなさい」
「ん……無理……」
 滑らかな肌。
 そんな彼女の肌に手のひらを進めながら、手近にあったポンプの頭を押す。
 ……で、また彼女へ。
「てっ……手つきがえっち!」
「気のせい」
「気のせいじゃないですっ」
「……しょーがないだろ。そういう仕様」
「仕様じゃないのっ!」
 現在。水の音はしない。
 ……なぜか?
 彼女が風呂から上がってしまったから。
 というわけで、現在はエアマットを敷いて彼女を洗っている状態だったりする。
 調子よく浴槽内で彼女を捉えることができたからこそ、そのまま――……というとき。
 逃げるように彼女が出てしまった。
 ……やっぱり、顔を赤くして。
 なので、そういう意味では『おあずけ』を食らったのだから、彼女を洗う手つきがヤラシくなってしまうのも仕方ない。
 ……しっかし、このエアマットってのはどこのラブホにもあるんだな。
 なんて、妙なことに感心する。
「はい、おしまい」
「……ありがとうございます」
「いーえ」
 どこかほっとした顔の彼女。
 ……いや、そんなに安心したような顔をされると、若干後ろめたさが生まれるのだが――……いた仕方ない。
 こちらに再び背を向けたのを見てから、ドアの近くに置いておいた小さなボトルを手にする。
「…………」
 出てしまいそうになる笑みをこらえつつ、中身を少量手に取ってから彼女の背中へ伸ばした途端。
 やっぱり、彼女が反応を見せた。
「っな……んですかっ!?」
「冷たかった? ごめん」
「そうじゃなくてっ……!」
 背中によく広がってくれるこれは、先ほど洗面所で見つけた。
 タオルを取りに1度出たとき見つけたので、彼女はもちろん知らない。
 ……ふ。
 書かれている謳い文句に、ちょっとだけ感謝する。
 これならば、文句言われることなく使えるからな。
「ほら。エステって言ってたろ? せっかく入浴剤がそうなんだし、きっちりやらないとな」
「な……何をですか?」
「エステ」
 彼女は振り返らないが、しっかりと笑みとともに返す。
 あー、楽しい。
 本当に効果があるのかはわからないが、大っぴらにジェルを塗れる口実があるのは悪くない。
 さっき浴槽内でできなかったぶん、しっかりと許してもらおう。
「……随分静かだな」
「…………そんなことないもん」
「あるだろ。何? 怒った?」
「怒ってません……けど……」
 しばらく彼女にジェルを塗りながら手のひらを這わせていると、ふいに大人しくなった。
 それが少し不思議でもあるが、顔はニヤけてしまう。
 ……ふぅん。
「っ……!」
 ぐいっと抱き寄せ、耳元に唇を寄せる。
 腕に感じる、彼女の鼓動。
 それがやけに早くて、彼女の心理状態を表しているようにも感じた。
「どうして抵抗しない?」
「そ……そんなこと、な――」
「あるだろ? ……いつもだったら、こんな素直に為されるがままじゃないクセに」
「ち、ちがっ……!」
 わざと息をかけながら囁くと、ゆるく首を振って否定を示す。
 だが、それもどこか力なく感じ、彼女を抱き寄せる腕に力がこもった。
「……待ってた?」
「っ……!」
 考えられるのは、それ。
 彼女が、何かしら待ち望んでいた――……と、少し自惚れさせてもらいたい。
「……先生が……」
「俺?」
 ぽつりと漏れた声。
 ……俺が、なんだ?
 なんて考えていたら、彼女が首だけでこちらを少し振り返った。
「……先生が……触るからだもん」
 少し照れたような顔のまま上目遣いで呟かれ、思わず喉が鳴る。
 ……それはそれは。
「そっか」
 つい浮かんだ笑顔。
 そのまま、彼女に唇を重ねていた。

「……ん……ぁっ」
 先ほど湯船に浸かっているときに感じたのとは、まったく違う音。
 水とは違う濡れた音は、やっぱり気分が昂ぶる。
 相変わらず滑らかな肌を確かめるように手のひらを進めると、そのたびに彼女は違った反応を見せた。
 入浴剤のお陰もあるのか、いつもと少し肌の感触が違う。
 だからこそ、隅々まで自分の手で確かめたいと思うのは、ワガママではないだろう。
「っ……あ……」
 後ろから抱きしめたまま手のひらを胸元へ。
 なだらかな丘を両手で包むと、手を阻むかのように彼女が腕を寄せた。
「……邪魔しない」
「だっ……てぇ……」
「だって、何? イヤとか言うワケ?」
「……そ……んっ、じゃないけど……」
 ゆるゆると首を振りながら呟く彼女も、その息は上がりつつある。
 ……感じてるクセして、相変わらず素直に甘んじない。
 まぁ、そういうところもかわいいといえば、かわいいんだけど。
「ッ……!! っや……ぁ」
 びくっと背を反らして一際大きく漏れた声。
 摩擦ゼロのお陰で字の如く手を滑らせると、形いい突起を往復することができた。
 いつもとは違う感触。  だからこそ、彼女の反応もいつもとは違っていた。
「……んー?」
「やっ……だ、あっん! っふぁ……」
「ヤダ? ……気持ちいいクセして」
「いじわる……っ」
 何度も胸を撫で、指先で軽くしごきながら囁くと、すっかり身体から力を抜いてこちらにもたれた。
 風呂に入っているからというのもあってか、身体がやけに熱い。
 上気した頬もそうだが、こういう身体も悪くないワケで。
 ……こーなると余計にいろいろやりたくなるのは、やっぱり人間のサガだろう。
「……っ……手つきが、えっちぃ……」
「マッサージだと思えば、そう思わないだろ? 考え方次第」
「ちがっ……あんっ……!」
「……そーゆー声を、マッサージでも出すのか?」
「や、いじわる……っもぉ……ヤダぁ」
 どーしても笑みが浮かぶのは、なぜだろう。
 こうなると、もう、しょうがない。
 そんな笑みを抑えることなく耳たぶを甘噛みしてやると、一層声が甘くなる。
 こういうツボを知ってるのが自分だけだと再認識すると、無性に嬉しい。
 ……俺も、くるところまで来たって感じだな。
「っ……ぅ……」
 ジェルを手にとって下腹部から太ももへ移ると、撫でるたびに足が震えた。
 それが目に入ると、どうしたって触れたくなる。
 よって、声が聞きたくなるのも仕方ないことだ。
「っはぁ……ん……!!」
「随分とまぁ……」
「やっ……! いじわる……っ……」
 太ももの内側を通って秘部へと手を伸ばすと、ジェルとは違うぬるりとした感触に思わず喉が鳴る。
「……えっちなのは、どっちだ?」
「…………せんせ……だもっ、は……ぁ」
 腕を絡めるようにこちらへ伸ばして身体を支える彼女が、力なく小さな声で呟いた。
 そーゆー反応だから、だと思うんだけど。
「ん、んっ……!」
 ひだをなぞるようにしてから、秘所へ指を進める。
 中心へ近づくに連れて指に絡まる、蜜。
 そして響く、濡れた音。
 ……相変わらず、風呂場ってのは音が反響してヤラシく聞こえるからヤバい。
「っや……あんっ……!」
 指を沈めると同時に響く声。
 そして、締め付けられる指。
 どれもこれもがヤラシくて、とっとと這入ってしまいたくなる。
「……いい声」
「や……もぉっ……」
 ちゅ、と口づけをして彼女をゆっくりエアマットへ倒してやると、ちょうど目が合う形になった。
 合った瞬間は少し驚いたように瞳を丸くしたくせに、それはすぐ軽く拗ねた物へと変わる。
 『私がこんなふうになったのは、先生のせい』
 まるで、そう言いたげな表情とともに。
「……欲しい?」
 彼女を見ていたら、らしからぬ言葉が出た。
 いつもならば、もっと彼女を追い詰めて彼女がねだる形になる、それ。
 だが、まだまだこれからというときなハズなのに、自分の口から出た。
 ……我ながら驚く。
「……えっち……」
 唇を軽く噛んで呟いた言葉で、顔を近づける。
「お互いさま」
 そっと重ねる寸前にそれだけ呟いてから口づけをすると、自然と彼女を求めていた。
 舌を絡め取るように口づけをし、軽く吸い上げる。
「っ……ん……」
 ときおり漏れる、彼女の声。
 それすらも逃さないようにキスをすると、離すのが惜しくて仕方ない。
 角度を変えて続ける口づけの音が浴室に響き、一層駆り立てられてしまう。
 ……彼女を欲するという、自我欲に。
「…………」
 口づけをしたままで彼女を抱きしめたとき、ふと気づいた。
 ――……俺は、彼女から肯定の返事がほしいんだ、と。
 我ながら、らしくない。
 だが、ここまで来るとなかなか抑制ってモンはできないわけで。
 ちゅ、と音を立てて唇を離したとき、うっすらと開いた彼女の瞳を見て口が先に動いた。
「欲しい」
 たったひとことだけ。
 なかなか自分からねだるなんてことなかったんだが、今日はどうしても抑制が効かなかった。
 いつもと雰囲気が違うからというのも、あるとは思う。
 もしくは……山中先生に少しながら感化された部分があったのかもしれない。
「……ん……。来て」
 はにかみながらもわずかに首を縦に振り、囁いた彼女。
 頬を染めて恥ずかしそうなのだが、それでもしっかりと応えてくれた。
 それが嬉しくて、愛しさでいっぱいになる。
「ん……っあ……!」
 抱きしめたまま彼女の中へ。
 途端、しっかりと締め付けられ、そのまま屈しそうになる。
 だが、この瞬間の彼女を見るのは結構好きだ。
 何かを耐えるように寄せられた眉もそうだが、うっすらと開いた唇が妙に艶っぽくて、いつもの彼女らしくないから……かも知れない。
 いつもは何も知らないあどけない表情でいることが多い彼女だからか、こういう“女”の顔をしているのが俺のせいだというのが、妙に嬉しい。
 ……ちょっと、後ろめたいけど。
 何も知らなかった彼女をここまで変えた、というのが。
「っは……あんっ、っく……ふ」
「……ヤバ。……っ……相変わらず……イイ」
 息とともに呟くと、一層彼女を感じる。
 熱くて、脈打つ彼女自身を。
 それは、いつもと変わらないはずなのに、いつもとは違う。
 だからこそ、彼女でマンネリなんぞ感じることはない。
 山中先生もそうだと思うんだけど…………ひょっとして、刺激を求めてるだけ?
 なんて、不意に頭に浮かんだ。
「……は。……気持ちいい……?」
 髪を撫で付けてやりながら呟くと、ものすごく困ったような顔を見せた。
「ん?」
「……えっち……」
「そーゆー感想を求めてるんじゃないんだけど。お返事は?」
「っ……」
 1度危ういピークを過ぎれば、こっちのもの。
 普段と変わらず笑みを浮かべて訊ねると、開いた唇を結んでから眉を寄せた。
「ど……して、そんなこと聞くんですかっ……」
「聞きたいからに決まってるじゃない」
「……そーじゃなく……っや……ぁ!」
「んー?」
 抱き起こしてから耳元に唇を寄せると、緩く首を振って声を変えた。
 その声が十分物語ってるとは思うが、やっぱり聞きたい。
 ……意地悪とか言われても、だ。
「……気持ち……いっ……」
「そう?」
「んっ……そ……なのっ……」
「好き?」
「……なんでそんなっ……あんっ……!」
「重要だろ? これは」
「……もぉっ……好き、ですってば……」
「ほー。……じゃあ、やっぱりえっちなのは羽織ちゃんじゃない」
「なっ……! あっ、んんっ……!」
 くすくすと笑いながら囁くと、案の定大きく否定が入った。
 ――……が。
 無論、その前にしっかりと制す。
 というか、自然に身体が動いた。
「っは……ごめ……。ちょ、無理っ……」
「ん、んっ……! やぁっ……あん!」
 しっかりと抱きしめてやってから突き上げると、彼女も首に腕を絡めてきた。
 少し、遊びが過ぎたらしい。
 長くいすぎたせいで、これ以上じっとできなくなったワケで。
 ……我ながら、ちょっと浅はかだったかもしれない。
 彼女が相変わらずイイってのは、誰でもなく自分が1番よく知っていたクセに。
「は……あ、んっん……! っふ……ぁ」
 律動を送りながら呼吸を荒くすると、ほどなくして彼女が腕に力を込めてもたれた。
「だ……めなのっ……も……」
「もう? もうっ……何が……」
「やぁっ! あ、んっ……! も、やっ……」
「っ……く……ヤダじゃないだろ……」
「だって、ああっ……だってぇっ……!」
 緩く首を振るたびに彼女の髪が肌へ当たり、それが新たな刺激へと変わる。
 それも結構だが、やっぱり肌に直接当たる彼女の吐息が何よりヤバい。
 こう……もっと欲しくなるワケで。
「っ!! やぁんっ……! せんせっ……あ、んんっ……!」
「……も……そろそろっ……」
「せんせぇっ、も……ぅ、だめっ……」
 押し込められたような、声。
 これから来る何かを予測し、出る拒絶の言葉。
 けど、ここで彼女の言う通りやめてしまえば、もっと彼女が泣くんじゃないだろうか。
 ……なんて、最近は都合よく考える。
 というか、まぁ、もう止めることなんてできないだけだ。
「んんっ……!! せんせっ……も……っあ、あっ……!!」
 吐息交じりの喘ぎで、一層律動を早くする。
 果てが近い証拠。
 それを感じて、最後の締めってヤツだ。
「イっていいよ……ッ」
「っや……ぁんっ……!」
「……っ……く……!」
「んんっ……!!」
 ぎゅうっとひときわ強く抱きしめられたとき。
 彼女の激しい締め付けとほぼ同時に、彼女から離れることになった。
 彼女の中で迎える果てってのは、いつも極上。
 ……だがまぁ、仕方ないものは仕方ない。
「は……ぁっ……」
 どちらともなくついた、深いため息。
 そこで、目が合う。
「……えっち」
「相変わらず、それか」
 少し拗ねたような、困ったようなそんな顔。
 それを見たら、つい笑みが漏れた。
「だって!」
「俺だけのせいじゃないだろ?」
「……けど……」
「好きって言ったクセに」
「あ、あれはっ!!」
「羽織ちゃんが言ったことに、違いないはないだろ?」
「……っ……いじわる……」
「まぁね」
 いつしか笑みに変わった、彼女。
 そっと顔を近づけて軽くキスをすると、一層明るい笑みになった。
 飽きることのない、その顔。
 同じことがない、彼女との時間。
 それらを、改めて大事にしていかなくちゃいけないんだよなぁ……なんて、ふと浮かんだ。
「……また連れて来るか」
「はいっ!?」
「ん? 独り言」
「聞こえました!」
「そう?」
「そうなのっ!」
 そっぽを向いて呟いたんだが、しっかりと拾われていたらしい。
 でもま、多分また来るんじゃないだろうか。
 と、相変わらずなことを考えたのも、付け加えておく。
 …………そう言えば。
 彼女と同じようにコスプレをした絵里ちゃんは、無事に家へ帰ったのだろうか。
 そして、そんな彼女を見た純也さんは、手を出すことなく家に帰りついたんだろうか。
 ……今度聞かなきゃな。
 と、やることをすべてやり終えたあとで、わりと重要なことが浮かんだ。

 ――……後日。
 いつものように準備室で過ごしていた、昼休み。
 ……なのだが、純也さんと話しているとついついふたりして苦笑いが漏れることが多くなった。
「……また、山中先生来たりして」
「かもしれないっすよ」
 交わされる会話は、それ。
 まぁ、幸運なことにあの件以来、彼がここに飛び込んでくることはなかったのだが。
 ――……とはいえ。
 そんなやり取りを笑顔でしていられたのも、今日までだった。
 その数分後に、顔色を変えた彼がノックもせずに飛び込んでくることになったんだから。
「助けてください!!」
 ……まるで、映画のラストシーンでの主人公のように、涙目で叫びながら。
 どうやら、先日の1件は単なる幕開けでしかなかったようだ。
 なぜならば、俺たちはその後も彼の悩みに付き合う羽目になったから。
 ……平穏な昼休みは、いつか戻ってくるのだろうか。
 まったくもって、それは定かではない。


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