「…………」
「…………」
「……こくん……っ」
 彼女に畳んでもらった洗濯物を洗面所へ置きに向かった、数分の間。
 リビングに残った彼女はというと、何やら――……口元に手を当てて、妙に真剣な顔をしていた。
 テレビは付けっ放しだったので、当然何かの番組が流れている。
 ……そう。
 何か、“彼女の気を惹くような番組”が。
「羽織ちゃん」
「ひぁ!?」
 あまりにも食いついていた彼女に、リビングの入り口から前触れなく声をかける。
 すると、数センチ飛び上がったんじゃないかというような反応を見せてから、びくびくと胸を押さえた。
「……何? そんなに面白い番――」
 ぷち。
「…………」
「…………」
「……何?」
「べ……別に……」
 にやっと笑ってから隣へ向かおうとしたら、途端にチャンネルが変えられた。
「……嫌がらせ?」
「え!? ち、違いますよっ! そんな!」
「それじゃあ、どうして急にチャンネルを変えるんだ?」
「いや……あの、だ、だって……その……」
 がっちりとリモコンを握ったままの、彼女。
 ……だが、なぜか視線を一向に俺と合わせようとしない。
「…………」
「…………」
 怪しい。
 限りなく、果てしなく怪しい。
 …………。
 だが、まじまじと幾ら彼女を見つめていても、喉を動かすだけで、俺にはまったく向こうとすらしなくて。
 ……ったく。
 まぁいい。
 俺には新聞というメディアがあるんだから。
 そう切り替え、ソファに置かれたままの新聞を広げる。
「…………」
 今は、14時を少し回ったところ。
 この時間、曜日も曜日なので、大した番組はやっていない。
 ――……のだが。
「…………ふぅん……」
「な……なんですか……?」
「いいえ。別に」
 バサッと新聞を音を立ててから畳み、わざとらしく肩をすくめてテーブルへ放る。
 ……そのとき彼女が見せた、一瞬の表情。
「っ……!」
 それは、どうやら俺の意図をばっちりと掴んでくれていたらしく、気付くとチェストに置いたままだったソレを手にして彼女へと広げていた。
「な……んですか……?」
「……へぇ。それっぽいね」
「えぇ……?」
 困惑する彼女と反対に、俺から出たのは明るい声。
 ……ふぅん。
 これはこれは。
 なかなか似合うんじゃないか? ――……こんな格好も。
「っえ……?」
「じっとして」
 瞳を丸くした彼女へ、あるモノをオプションとして付け加えてみる。
 ……ふむ。
 素直に目を閉じた彼女から手を離して、少し距離をとって彼女を見てみると……。
「…………」
 思わず、ふっとした笑みが漏れた。
「ぅ……キツい……」
「まぁ、そうだろうね」
「……うぅ……」
 目を開けた彼女は、眉を寄せる暇もなく、微かにくらっとした表情を浮かべた。
 ……それもそのはず。
 なんせ今彼女が身に着けているのは――……紛れもなく、普段の俺の学校でのスタイルそのままなんだから。
「白衣と眼鏡」
「う」
「……そして――」
「ッ……や……!?」
 顎に手を当てて引き寄せながらまじまじと見つめ、その足元を……そっと撫でる。
 ……そんな、怒った顔しない。
 せっかくのかわいい顔が、台なしだよ?
 そういう意味を込めて笑うと、ゆっくり手を伸ばした彼女がかけていた眼鏡を外した。
「……なんで、こんな――」

「ねぇ、先生」

「ッ……え……」
「こんな短いスカート穿いて、こんな――……」
「っきゃ!」
「……ガーターなんかして」
 じりじりと座ったまま後ろへ下がった彼女を追い詰めるように、膝で進む。
 すると、すぐに壁へ背中をぶつけた彼女が、心底困ったかのように瞳を揺らした。

「俺のこと、誘ってんの?」

 笑いながらスカートの内側へ手を滑らせ、少しだけ見えているガーターベルトのストラップを指に引っかける。
 ……ダメだよ? そんな顔しても。
 すると、まるでその考えが伝わりでもしたのか、彼女は首を横に振ってから『やだ……』と小さく呟いた。
 その顔。
 その声。
 そーゆーモノ全部が、誘ってるっていうの――……わかんないかな?
「……うー……」
 瞳を細めて笑うものの、まぁ、当然彼女に伝わるはずはないか。
 きゅっと大事そうに両手で俺の眼鏡を持ったままの彼女からそれを受け取り、改めて彼女へと向ける。
「……せんせぇ……」
「今は、君が教師」
「……うー……」
 再び彼女に眼鏡をかけさせながらも、当然そんなふうには思えていない。
 ……こんなかわいすぎる教師が赴任したら、飢えてるガキが大人してられるワケがない。
 困ったような顔をしながらもきちんと眼鏡をかけて俺を見た彼女に、思わず笑みが漏れる。
「……へぇ」
「っ……なんですか……?」
「なかなかイイね。……眼鏡姿も」
「……そんなことないもん……」
「あるよ。……かなり」
 外そうとしたその手を遮り、にっこりと笑ってから――……耳元へ唇を寄せる。
「……先生?」
「っ……や……」
「……すげーかわいい」
「んんっ……か、わいく……なんかっ……」
 吐息交じりに囁きながら、緩く俺の身体を押すその両手を、しっかりと手で包む。
 これまでだって、それはもうかなり我慢してたんだ。
 ……でも、正直言うと――……最後は自分で自分の首を絞めた感じだな。
 普段自分が仕事で身に着けている白衣を、彼女が着たこと。
 それがどうやら、あまりにも自身をあらぬ方向へ駆り立てたらしい。
「……っん!」
「かわいいセンセイ」
「ぁ……や……!」

「俺が教えてあげるよ」

 すぐココにある、甘い香りの彼女。
 髪をすくうように撫でてやると、瞳を揺らした彼女を見ながらも意地の悪い笑みが浮かんだ。


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