「……ん……」
 頬に手のひらを当てて、そっと唇を塞ぐ。
 この状況にしては珍しく、彼女が抵抗を見せなかった。
 きっと『掃除の途中』だとかなんとか言われると思ったんだが……。
 でも、こういうサプライズはたまらない。
 しっかりと味わってから唇を離すと、小さく息をついた彼女と目が合った。
 なんとも言えない、そんな表情。
 ンな顔を見せられて、やすやすと離れられるワケがない。
「っ! せ……んせっ……」
「外、雪だし。こういう日は家にいるに限るだろ?」
「……そ……だけどっ……でも、買い物っ……!」
「別に、今に今行かなきゃいけないワケじゃないし。もう少し……」
「ん……せんせっ……ぇ」
 ゆっくりと首筋へ唇を移し、軽く吸いながらさらに下へ。
 こういうときは、やっぱりこのセーターはありがたい。
 くすぐり甲斐もあるけど、やっぱり手を出しやすいのが1番だよな。
 とはいえ、ほかの男の前でこの格好ってのはいただけないけど。
「は……ぁ」
 抱き寄せたまま、セーターの裾から手のひらを忍ばせる。
 自分の手だって冷たいわけじゃないのだが、彼女の肌のほうがずっと温かかった。
 これも若さの違いなんだろうか、なんてちょっと思う。
「……ん……ぅ……」
 ちゅ、と音を立てて首筋から唇を離し、鎖骨のラインを舌で撫でる。
 ふにゃん、と力を抜いてもたれてくる彼女を抱きとめてセーターを軽くたくし上げると、頬を染めて軽く首を振った。
「ん?」
「……まだ……買い物行って……」
「平気だって。ほら、最近は元旦からほとんどの店がやってるだろ?」
「そ……だけどっ……」
「ンな心配より、自分の心配したほうがいいんじゃない?」
「…………いじわる……」
 にっこりと笑みを浮かべて呟くと、眉を寄せて軽く睨まれた。
 ……ま、そんな赤い顔で抗議されても、効力薄いけどね。
 ていうか、そんな抵抗じゃ俺は止められないワケで。
「っ……! っは……ぁ」
「それに、こんな中途半端じゃ買い物行けないだろ?」
「そんなっ……! んっ……」
 ずりずりと体勢を崩したお陰で、非常に責めやすい格好になっている彼女。
 顔は赤いし、服はしっかりと乱れているし、言うことない。
 やっぱ、今日は掃除なんかしないで1年の反省と感想をもらって――……あ。
「……せんせ……?」
 この状況下になって、ようやく思い出した。
 買い物に行かなければならない大事な事情があったのを。
 急に手を止めたことで不思議そうな顔をした彼女に瞳を合わせてから、そっと耳元に唇を寄せる。
 その小さな動きにもしっかりと反応を返す彼女は、やっぱりよかった。

「―――んだけど」

「っ……な……何を言い出すんですか! 急にっ」
「急じゃないだろ。前にも言ってなかったっけ?」
「そっ……そういう問題じゃないです!」
 ぼそぼそと耳元で用件を告げると、さらに顔を赤くしてぶんぶんと首を振られた。
 ……そんな恥ずかしがられても困るんだけどな。
 だって、今さらって感じだろ?
 ……そうでもないのかな。
 まぁ、いいや。
「んじゃ、買い物行こうか」
「えぇ!?」
「……なんだよ。行きたがってたのは、誰だ?」
「そ……それはそうですけど……。でも、あの……それ、買いに……?」
「もちろん」
「やっ……! あの、だから、やっぱり、そういうのって……」
「ほら。とっとと支度する。雪が強くなったら買いに行けなくなるだろ? ……超重要なモノが」
「ッ……!! もぅっ!」
 にやにやと視線を合わせて例の物を強調すると、相変わらず赤い顔で首を振った。
 こういう反応をされると、余計苛めたくなるのは……きっと来年も変わらないんだろうな。
 なんて、少し思ったりして。
 今日は今年最後の日。
 しっかりとやることをやって、悔いを来年に残さないようにしよう。
 そういう日だろ?
 大晦日、ってのは。
 ……違うか。
「ほら。とっとと立つ!」
「……っ……もぉ……」
 手を引いて立たせ、頬に軽く口づけると彼女が苦笑を浮かべた。
 なんだかんだと文句を言っていても、結局許してくれる彼女。
 それがわかるから、ずっと大事にしていかなければいけない。
 今日が今年最後だからか、いろいろなことがぽんぽんと浮かんでくる。
 ……ま、本心だけど。
「じゃ、買い物ね」
「はぁい」
 ようやく普段の笑みに戻った彼女の背中を軽く叩いて寝室に向かい、ジャケットを手にする。
 そのとき、丁度外の様子が窓から見えた。
 まだ早い時間だというのに、なんとなく薄暗い外。
 これは、相当積もるかもな。
 少し厄介だが、彼女がやけに嬉しそうなので言わないことにする。
 理由がなんであれ、彼女が喜んでいる顔を見るのは嬉しいし。
「どうした?」
「なんか……雪合戦したくなりますね」
 窓の外を見ていた彼女に声をかけると、そんな言葉が返ってきた。
 …………雪合戦、ねぇ。
「……君はいくつだ」
「え? 先生、しませんでした?」
「したけど」
「ほらぁ」
 俺自身も記憶としては、まだ新しいほうにある出来事。
 さすがに社会人になってからはしてないけど。
 まぁ、いいかもね。
 昔の自分だったら考えられないことでさえすんなりと受け入れる、今。
 雪合戦なんて、ありえなかったのに。
 これほどまでに自分を変えてくれた彼女の存在は、本当に大きいと思う。
「……先生?」
「手加減しないよ?」
「してくださいよー」
 くすくすと笑いながらできるやり取りは、心底心地いい。
 窓を向いたままの彼女を後ろから抱きしめると、自然に笑みが漏れた。
 こうして何もせずに落ちる雪を見ているのも、彼女とならばいいかもな。
 あれこれと楽しそうに話をしてくれる彼女を抱きしめたままでいたら、改めて笑みが浮かんだ。

「……えーと……。あ、洗剤もなかったんですよね」
「そうなの?」
「そうなんですっ。あと……ゴミの袋……と、シャンプー」
 細々と文字が書き込まれたメモ用紙を見ながら、彼女がその物を探していく。
 相変わらず、几帳面。
 言われた物を聞いていても、それが家にあるのかないのか微妙に判断つかないし。
 シャンプー、なかったっけ? っていう感じだ。
 まぁ……俺が大雑把過ぎるのかもしれないけど。
 いつも買い物に行くモールではなく、本日は家から少し遠いショッピングセンターまで足を伸ばした。
 理由は、簡単。
 モールへの道がすでに渋滞していたうえに、駐車場が満車だったから。
 あんな場所へ行ったら、それこそ何時に家へ帰れるかわからないからな。
 その点、こちらはまだ空いているほうだ。
 お陰で、これといった面々に会うこともなく順調に買い物ができている。
 年末にこれ以上面倒なことは被り(こうむ)たくないというのが、1番の本音だった。
「えっと……こんな所かなぁ。先生、欲しい物あります?」
「……ほう。俺の欲しい物、聞いてくれるワケ?」
「あ」
 カートにもたれて笑みを見せると、『しまった』とばかりに口元へ手を当てた。
 俺が欲しい物。
 それは先ほど彼女にきっちりと報告して、かなり拒否られたんだけど。
「へぇ買ってくれるんだ。それはそれは。んじゃ、一緒に会計してもらおうかな」
「あ、ちょ、ちょっ……! 待ってください!」
「ん?」
 目当ての物があるであろう方向へ足を向けると、首を振りながら腕を取られた。
 ……またもや、顔を赤くしながら。
「買ってくれるって言ったのは、どこの誰だ?」
「だ、だって……つい、口癖っていうか……」
「でも、言ったことに変わりないだろ? ……言った以上、一緒に買ってもらうから」
「せ、先生っ!!」
 そんなに強く否定されると、余計してやりたくなるのは俺だけなのか?
 いや、違う。
 きっと、世にはそういう男が多いはずだ。
「ないと困るだろ?」
 平然とした顔で呟くと、一瞬口を結んでから困ったように視線を泳がせた。
 っていうか、俺は確実に困る。
 てことは、彼女も困る……と思うんだが。
「……それは……そうですけど……」
「だろ? じゃ、持ってこよう」
「ちょ、ちょっと待って!」
「なんだよ……ないと困るだろ? どうせ会計は一緒なんだし」
「それはそうですけどっ……でも、あの……」
 いっこうに許してくれないのだが、どうしたもんだろうか。
 ……んー……。
 そんなに一緒に買うのがイヤなのか?
 なんて質問したら、即答されるだろうからやめておくけど。
「わかったよ。じゃ、俺が会計してくるから。な? それなら、いいだろ?」
「……それなら……まぁ……」
「ん。じゃ、そういうことで」
 渋々ながらも首を縦に振った彼女。
 それじゃ、とっととここでの買い物を済ませることにしよう。


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