「……あ……っ……ぁ」
 まだ明るい時間。
 だからこそ、引いてもないカーテンに阻まれることなく、冬らしい穏やかな日差しが部屋を照らしている。
「……ぅん……」
 光は当然、この――……今、俺たちがいるベッドにも届いていて。
 お陰で、彼女の白いキメ細やかな肌が、眩しいほどに光を返す。
「っ……ん!」
 彼女の身体に落ちる影は、当然俺だけのモノ。
 白を染めていく黒に、どことなく優越感すら覚えた。
「ぁ、や……っ」
「……嫌? 何が?」
「だっ……てぇ……」
 光を受けるのを拒むかの如く、彼女が身体をよじる。
 ……当然、見つけた以上それは阻止。
「……ぁ」
 腕を伸ばしてベッドへ突き立てるようにすると、気付いた彼女が小さな声をあげた。
「いじわる……っ」
「誰が?」
「先生しか、いないじゃ……ないですか」
「……俺にとっては、羽織ちゃんのほうがずっと意地悪だと思うけど?」
「え……?」
 ずっと、考えていた。
 朝からこれまで、もうずっと――……何度となく。
「っ……!」
 何も言わずに唇を塞ぎ、深く味わうようにキスをする。
 ……ずっと欲しかった。
 彼女に欲しがってもらうまでは――……なんて言いながら、いったい何度『やめよう』と思ったことか。
 きっと、もう二度としない。
 いくら彼女にねだってもらうのがイイとはいえ、こんなつらい思いをするなんてまっぴら御免だ。
「……ん……」
「…………ずっと、そうだったろ?」
「ふぇ……?」
 濡れた、とろんとした瞳。
 それが今のキスでしっかりと彼女に悦を与えているんだとわかって、嬉しくなる。
「こんなふうに潤んだ瞳を俺に向けて。まるで、『欲しい』って言ってるみたいな顔して……」
 彼女の頬を撫でながら視線を合わせると、自然に言葉が出てくる。
 ……なんだか不思議な感じだ。
 だけど、きっとコレが俺の正直な気持ち。
 これまでずっと、ずっと……我慢してきたんだから。

「もうたくさんだ。……我慢できない」

「……せ……んせ……」
 驚いたような顔をした彼女から視線を外さずに、唇を指でなぞる。
 ……キスしたばかりの唇は、相変わらずきれいで。
 わずかに濡れて光を受けているのを見ると、つい……また口づけたくなる。
「……1日中誘ってたクセに」
「っ……そ……!? そんなこと、してな――」
「嘘つき」
「……し、てないもん……」
「してた」
 眉を寄せて、わずかに見せた『違う』という反抗的なモノ。
 ……だけど、やっぱりその顔もかわいいんだよ。
 彼女馬鹿?
 ああ、大いに結構。
 この子に溺れてるのは周知の事実だし、今さら否定するつもりもない。
 ……誰にも譲るつもりはないが、誰だってこの子を見ていればそう思うだろうよ。
 この、瀬那羽織という純粋な子を知れば。
「誘ってない、なんて嘘だろ?」
「……! ん……っ」
 やんわりと胸の膨らみに触れながら、指先で――……その頂点を目指す。
 相変わらず温かくて心地良い肌は、感触もさることながら香りも甘くて。
 ……いつもと同じ。
 だからこそやけに安心する。
「……あんな顔で俺を誘って……どんな夢見たの?」
「ん……夢なんて……っ……」
「どーせ、えっちな夢でも見たんでしょ」
「っ……!!」
 冗談、のつもりだった。
「……え?」
「ち……ちがっ……!」
 ――……だけど。
 くすくすと笑いながら耳元で囁いた途端、彼女は大きな反応を見せた。
 驚いたのは、俺のほう。
 ……のハズなのに、なぜか彼女が瞳を丸くしていた。
 まるで……『どうして知ってるの?』とでも言わんばかりの、表情とともに。
「……ホントに?」
「っ……」
「ねぇ? 羽織ちゃん?」
「ち、違いますってば!」
「違わないだろ。……つーか、だったらその反応はなんだ?」
「やっ……ぁ! ちが……っ……」
 耳たぶを軽く舐めてから囁くと、彼女がぴくっと身体を震わせた。
 ……わかりやすい子。
 だからこそ、こちらとしては助かる。
「……ねぇ羽織」
「っ!! ……い……いじわる……」
「意地悪とは失敬だな。俺は、名前を呼んだだけだよ?」
 きっと、彼女はいつまでも逃れる道を探していただろう。
 だからこそ、敢えてそれを阻止してやる。
 ……普段呼ばない呼び捨てをすることで、しっかりと。
「…………」
「どんな夢見た?」
 頬を染めて眉を寄せた彼女に、にっこりとした笑みを見せてやる。
 ――……すると、1度視線を外してから渋々といった感じに唇を開いた。
「……先生と……」
「俺と?」
「…………」
「…………」
「………………」
「……続きは?」
「ぅ……」
 意味ありげな顔を見せる彼女に、瞳を細める。
 ……彼女が言いたがらない理由は、わかってる。
 どうしても言わせたがってるのは単なる我侭だってことも、わかってる。
 だけど、だからこそなわけで。
 ……それが、俺という人間のサガなんだから仕方ない。
「その……先生と……」
「……俺と?」
「………………こう……してた、の」
 長い長い沈黙のあと、彼女が口元に手を当てながら上目遣いで俺を見上げた。
「こう、って?」
「っ……いじわる……!」
「意地悪くないだろ? ホントにわからないから聞いてるんだけど?」
「…………え……えっち、してたんです……っ……」
「……へぇ」
 ――……勝者。
 なんともいえない単語が思い浮かぶと同時に、口角が上がった。
 彼女に言わせようとしたこと。
 それが成功しただけでなく、しっかりとした言葉までをも聞くことができた。
 これは、まさに想像以上。
 ……だから、なんとも言えない嬉しさがたぎる。
「っ……あ……!」
「……寒い?」
「え……?」
 ぎゅっと彼女を抱き寄せて、耳元に唇を寄せる。
 ……と、すぐに『少し』という遠慮がちな言葉が聞こえた。
「そっか」
 口ではそう言いながらも、どうしてか顔には笑み。
 ……まさに、心が映るモンだな。
 不思議そうな彼女を見ながら短く息が漏れた。
「大丈夫。……すぐに熱くなるから」
 ――……そのときの彼女の顔は、きっとずっと忘れられないと思う。


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