「……ふわ……おっきい……」
「もっとこっちおいでってば」
「え!? ……あっ、でもなんか……恥ずかしいっていうか……」
「……なんだそれ」
 彼女にコレを見せてやるなり、いきなり両手で口元を覆った。
 ……今さらそんな態度もなかろうに。
 というか、どの辺が『恥ずかしい』に相当するのか聞いてみたい。
「っ……」
「いいから、おいで」
「あ、あっ……先生! だめっ、まっ……!」
 ぐいっと彼女の手を取って無理矢理引き、こちらへと導いてやる。
 すると、首を振って抵抗を見せていた彼女が、わずかに俯きながらも大人しく従った。
「……ほら」
「っひゃ……! だ、だだっ……ダメですよ! こんなっ……急に……!」
「どうして? ……さっきから、ずっと話してただろ?」
「それは、そう……なんですけど。でも、なんか……っ……やっぱり、私が触っちゃいけないんじゃ……」
「いいから。……優しくしてくれれば、平気」
「……ん……。……うわ……ぁ」
 どこかぎこちなく両手を差し出した彼女の態度が、なんとなーく……なんとなく、だけど……やらしく見えるのはなぜだ。
 ほんのりと上気した頬。
 ときおり揺れる瞳。
 ……そして、緊張からか薄っすらと開いたままの唇。
「…………」
「……あ、あっ……なんか……すごい……」
 ぴくっと手を震わせてから、再び握る。
 そんな仕草を見ていると、どうにもこうにも――……。
「っきゃあ!?」
「……もーダメ。俺、ここまでよく耐えただろ」
「はい!? なっ……何がですか!」
 まじまじと彼女を見すぎていたのがいけなかったのか、気付いたらたまらず抱きしめていた。
 ……ヤバい。
 そんな状況じゃないっていうのは十分すぎるほどわかってはいるんだが、どうにもこうにも……。
「……かわいいな、もう」
「っ……せんせ……」
「……もーいいや。やっぱ、帰ろう。うん。帰ろう」
「えぇ!? せ、先生っ! だって、今来たばっかりじゃ……」
「いや、なんかもうその姿見れただけで十分って感じ。……ご馳走さま――……じゃなくて、むしろいただきますしたい気分」
「何がですかっ!?」
 べたぁっと体重をかけながら抱きしめ、徐々に徐々に……身体から力を抜いてやる。
 こうすれば彼女の動きが止まることもわかっているし、反応も楽しい。
 ……意地悪いな、俺。
 そうは思うが、やはりやめることはできなかった。
「っ……お、もいっ……! せんせっ……あぶなっ……!!」
「……ほら。ちゃんとしないと怪我するだろ? つーか、俺よりもモノのほうが……」
「だ、だからっ……! こんなふうにっ……しな……でくださいってばぁ!」
 加圧に耐えられないせいか、じりじりと視線の高さが下がってきた。
 ……ということはイコール。彼女が膝を折っているということだが。
 まぁ、それもそのはず。
 なんせ、ただでさえ体格や体重が違うにも関わらず、彼女は現在片手で別の物を持っているんだから。
 意識の集中を割合で示せば、俺よりもそちらのほうが圧倒的に高いに決まってる。
 ……最初にいろいろ吹き込んだからな。
 そのお陰というのもあってか、いつもよりずっと彼女は丁寧にそれを扱っていた。
「……うぅ……お、もいっ……」
「あ。床につけないほうがいいよ? ……傷ついたら、使いものにならないなァ……」
「っ……!」
 じりじりと下がってきた、彼女の手。
 そして、しっかりと握られている――……ブツ。
 それを静観したままでぽつりと呟くと、彼女にしては珍しく、首を振って真剣に怒っているような目を見せた。
「ッ……う……うー!! 先生っ! ダメですってば!! もう!」
「了解」
「っ……あ……!」
 新年早々、あまりいじめるのもいかがなものか。
 そう思えたのであっさりと身体を離してみたのだが、まるで拍子抜けしたかのように、彼女はぺたんと腰を下ろしてしまった。
「……そんなふうに座って。寒いだろ?」
「……だって……」
「でもま、お陰さまで怒られずに済んだよ」
「え?」
 ぽろっと零れた本音で苦笑を浮かべながら、ソレと彼女を両方手にして立ち上がらせてやる。
 すると、まるで壊れものでも――……ってまぁ、ある意味壊れものなんだけど。
 先ほどまでとは打って変わって、恐る恐るソレに彼女が手を出した。
「コレ。……俺でも手に入れられない、希少品」
「っ! う……うそ……」
「ホント」
 手にすると、見た目よりずっと華奢で軽いことがわかる――……コレ。
 ……そう。
 これはもう今じゃ作り手のない、貴重な竹弓だった。
 『ない』というのは、俺や祖父が使わせてもらった弓だけに限られていること。
 当然、竹弓というモノ自体は、今だって普通に作られている。
 だけど、それでもやっぱりコレじゃなきゃダメだった。
 祖父ともども散々世話になってきた――……今は亡き、特別な弓師のモノだから。
「……それじゃ、瀬那羽織さん?」
「え?」

「一射見せていただこうか」

 竹弓の代わりに、引き慣れているであろうグラスファイバーの弓を渡す。
 ……どう出る?
 表情を変えずに笑みを浮かべると、弓と俺とをまじまじと見比べてから――……みるみるうちに表情が強張ってぶんぶんと首を振った。
「なっ……!? だ、だだっ、ダメ! 無理ですってば!!」
「どうして? ……引いてたんだろ? 3月までは」
「っ……だ……から、それはっ……その……しゅ……趣味というか……手習いというか……」
「でも、やってたことに変わりはないだろ? ……しかも段まで持ってるなんて、知らなかったし」
「っ!? そっ……そんなことまで知ってるんですか……?」
「まぁね」
 ……これはこれは。
 俺が思った以上の反応を見せてくれたな。
 つい表情を崩さないようにと心がけながらも、その反応に笑ってしまいそうになる。
 だけど、ここが肝心どころ。
 ここで笑ったりしてみろ。
 絶対に彼女は、機嫌を損ねて貴重な機会を『嫌だ』と言うに決まってる。
 だから、耐えねばならなかった。
 もしかしたら、この先二度と見れないかもしれない――……彼女の射形を拝めるかもしれないんだから。


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