「お待たせしましたー、串かつ盛り合わせです」
「……すごいな」
「ご説明しますね。こちらから、豚串、季節のお野菜、魚介、うずら、牛串でーす」
 いつもより、ほんの少し高い声で床へ膝をつき、そろえた指先でひとつずつ説明する。
 ああ、ちなみに季節のお野菜はアスパラとプチトマト。
 どっちも今の時期じゃないけど、そこは割愛ってことで。
「それから、手まり寿司になりまーす」
「っ……これは」
「近海で取れたアジと三崎のマグロ、ブリと金目鯛ですねー」
 ころりとした丸い手まり寿司は、正直お手軽なのに見た目がいい。
 本当は木の芽を添えたら100%なんだけど、同じく割愛。
 安かったスプラウトでも見た目それっぽいしいいでしょ。
「そして、黒川酒造今年の新酒、にごりでーす」
「なっ……! にごり、だと?」
「一般には出回らないんですよー。お得意様限定の350mlですが、今回特別に仕入れました」
 グラスを差し出し、後ろへ控えていた金のラベルの真っ黒い瓶を取り出すと、視線はそちらへ釘付け。
 まあそうでしょーよ。
 てか、そういう顔してくれるだろうなーと思ったから、ナイショにしといたんだもん。
 へっへー。満足。
 やっぱり、これをトリにしておいてよかった。
 おじいちゃんには、あとで目一杯お礼しとこーっと。
「それじゃ、乾杯しましょうか」
「待て」
「ん?」
「ん、じゃない。穂澄。その手の缶はなんだ」
 にっこり笑ってサワー缶を取り出した途端、里逸が瞳を細めた。
 ちょっとちょっとぉ。人がせっかくノってあげたのに、なんでここで現実に戻っちゃうかな。
 まさにお膳立てしたのに、意味ないじゃない。
「もー。固いこと言わないでよ。いーじゃん、これくらい」
「駄目に決まってるだろう。未成年なのに飲もうとするんじゃない」
「へーきだってば。これ、ノンアルコールだし」
「何?」
 ずずいっと里逸の目の前へ、敢えて『alc.0%』が見えるように差し出すと、訝しげに……ってちょっと何よそれ。
 ちゃんと書いてるあるでしょ? 細工じゃないってば。
 なのに、なんでそういう顔しちゃうかなー。
 これだから、どが付くほどの真面目人間は。
「ノンアルコールだからといって、未成年が飲んでいいものじゃないんだぞ」
「知ってるけど、色がきれいなんだもん。テンションあがるし」
 外出の自粛と、外食の自粛。
 学校が休みになるのはやっほーだし嬉しいけど、さすがに外に出るな人と近くで接するな食事するな、はどうかと思う。
 バイトもマスクを毎日つけなきゃいけなくて、お陰で声張るの大変なんだから。
 ま、大声で接客しなくていいし、極力人とお近づきにならなくていいって店長のお達しがあるから、絡んでくる面倒なお客さん対応しなくていいのは楽だけど。
「だめ? 里逸と一緒に飲みたかったの」
「っ……」
 今日着てるカットソーは、肩が大きく開いている。
 ああ、そういえば着替えたときも里逸は『なんて格好してるんだ』とか『それで買い物に行く気か?』って散々言ってたっけ。
 もちろん行ったけどね。スーパーへ。
 ただまあ、心配性のカレシが上着を着ろってしつこく言うから、大人しく従ったけど。
 ああ、私ってほんと健気。
 大好きな人に言われたら素直とか、殊勝過ぎでしょ。
「ねぇ、里逸」
「……ほかの人間と飲むんじゃないぞ」
「当たり前でしょ。瑞穂とは、こーして家で飲むくらいだから」
「何? 葉山も飲むのか?」
「そうは言ってないでしょ、もー。はいはい、乾杯しよー」
 プルタブを開けると、しゅわっとしたいい音と一緒にぶどうの甘い香りが広がる。
 へへー、いい匂い。
 普段あんまり炭酸ジュースは飲まないけど、こういうのは気分と一緒だよね。
 外食もできないし、だったら家でそれっぽいメニューにしようと思ったんだけど、大正解じゃない?
 しきりに瓶を眺めながら『ほう』だと『よく手に入ったな』だのそれはそれは嬉しそうな里逸を見れるっていうのは、なかなか大儀であった私!
 料理は嫌いじゃないけど、何かとこまごま手がかかるのね。串カツって。
 まあ、おいしいだろうし……っていうか、味見と称して2,3本すでに食べたけど、十分すぎるくらいおいしかった。
「かんぱーい」
「乾杯」
 透明な液体と、紫色の液体。
 カチリとグラスのいい音が響いて、ああこれだけでも満足しちゃいそう。
「ね、ね、冷めちゃう前に食べて。おすすめは牛串ね」
「穂澄は本当にマメだな」
「でしょ? もっと褒めてくれてもいいよ」
 食べたときの里逸を想像しながら作ったから、できれば熱々のうちに食べてほしかった。
 おいしい、って。たったひとことそう言ってもらえたら、今日の私は完全に報われる。
「っ……うまい」
「ほんと? よかったー」
 大き目のひとくちで頬張った里逸が、本心から漏れたようにつぶやいた。
 ああ、よかった。満足。
 今日はもうこれで何も食べなくてもいいや……っていうのは冗談だけど、どうぞたらふく召しあがれって気持ち。
 自分が作ったものを『おいしい』って言いながら食べてもらえることが、こんなにもお腹いっぱいになることだなんて、ひとり暮らしだったときは知らなかった。
「ありがとう」
「え……」
「時間かかっただろう? 寒かったんじゃないのか?」
「ううん、平気。ほら、おこたあるしねー」
「それは今だろう。しっかり食べて温まれ」
「ん、ありがと」
 す、と伸ばされた手のひらがひたりと頬に触れた。
 あったかい手。
 大きくて、ごつごつしてて、自分とは違う感触にどきりとする。
 てかさ、不意打ちってすごい卑怯じゃない?
 こんなふうにされたら、それこそ食欲なんてどっか行っちゃうわよ。
「ん、このアジおいしい。あそこの魚屋さん、いいね」
「もともとは商店街にあった個人商店だそうだ。仕入先が違うんじゃないか」
「へーなるほどね。さすがじゃん、里逸。おいしいよ」
「そうか」
 この年になるまで、お刺身のおいしさなんて知らなかった。
 脂がのってるのは大トロだけだと思ってたけど、ほかの魚もちゃんとおいしいものはおいしい。
 私だって神奈川で生まれ育ってるから基本おいしい魚を食べてるはずなんだけど、里逸はもっといろいろ詳しかった。
 静岡って、魚いっぱいとれるんだねーなんてこの間旅番組を見ながらつぶやいたら、今度ご実家へ行ったときは高鷲家馴染みのお寿司屋さんへ連れてってくれることになった。
 もちろん、カウンター向かいに大将がいるようなお店だと思う。
 私は回るお寿司も好きだし、最近は自分で好きなネタばかり食べられるから便利だなーと思うんだけど、里逸はやっぱり味気ないって言うんだよね。
 育った環境なんだろうけど、やっぱり味覚っていうのはより影響あるらしい。
「牛串は終わりか」
「ん、食べる?」
「いや、かなり食べたから十分だ」
「またまた。おいしかったんでしょ? ほらぁ、あげるってば」
 多めに用意はしたけど、お皿にはもうなかった。
 それだけ、里逸が好んで食べてくれたんだろうから、満足。
「はい、あーん」
「…………」
 斜め下から見上げるように身体を寄せると、一瞬眉を寄せたものの何も言わなかった。
 へへー。学習されてますね。
 最近はさすがに頬を赤らめることはなくなったけど、やっぱり反応までは消せないらしい。
 にっこり笑って串を差し出す――と、そのまま手を重ねて引き寄せられた。
「っ……」
「うまい」
 ちょっともぉ、ほんとやめてそういう不意打ち。
 てっきり、ぱくってされるだけだと思うじゃん!
 なのになのにっ……なんで手を引くかなぁ。
 あったかい手のひらに触れられて、どきどきしちゃったじゃん。
「もぉ……里逸のばか」
「なぜそうなる」
「だって、だって! もぉお……お腹いっぱいになる」
「よかったじゃないか」
「そういう意味じゃない!」
 ああ、きっと顔が赤くなってるでしょうよ。私ってば。
 でも、里逸は気づいてない……っていうか、酔ってちょっとだけ赤くなってるしね。
 むぅ。満足ですよそりゃ。
 お酒もおつまみも、おいしいって言ってくれてるんだもん。
「食べかけですけど、よろしくて?」
「今さらだな。それを言うなら、同じセリフを口にしなければならん」
「ん?」
「ほら。口を開けろ」
「……ちょっとお。そういうときは『あーん』でしょ?」
 里逸が持っていたうずらの卵フライに手を伸ばしたら、小さく笑って差し出された。
 あー……ってちょっと待った。
「ちょっとお。見られてると、なんか恥ずかしい」
「なぜだ」
「なぜって……だって、なんか、食べるの見られるのって、ちょっとどきどきしない?」
「そうか?」
「そーなの!」
 まじまじ目を見たまま食べさせられるとか、ちょっとどういうプレイよ。
 まあでも食べますけど。
 うずらの卵好きだし。
「あー……ん、おいひー」
「穂澄はうまそうに食べるな」
「そお? 里逸だっておいしそうに食べてくれるじゃん」
 あ、もしかして酔ってる?
 さっきよりも……っていうか、いつもより笑顔の量が多い。
 そうなると、目元が緩むっていうか、ちょっとだけ瞳が潤むんだよね。
 だから、お酒を飲んだときの里逸はすごくえろちっくになる。
 彼は気づかないだろうし、できれば飲み会と称した会でほかの人たちは気づきませんように。
 ああ、やっぱりギャップ萌えって強くてずるいなと思った。
「ねぇ、里逸。ごはん食べたら、一緒にお風呂入ろ?」
「……狭いだろう」
「邪魔にならないようにするから。ね、だめ?」
 眉を寄せた顔はいつもと同じように見えたけど、逡巡するあたり酔ってる証拠か。
 判断力が鈍るっていうよりは、どっちかっていうと素に近づくっていうのかな。
 ……嬉しいって思ってくれてるんだよね?
 そういえば、一緒にお風呂入るのは久しぶりだし。
「まあ……いいんじゃないか」
「やった! じゃあ、入浴剤溶かしてこよーっと」
「今じゃなくてもいいだろう」
「えー、だって楽しみすぎるんだもん。溶け終わるの待つ時間、なんかもったいないじゃん」
「っ……お前は」
 顎に指先を当てて首をかしげると、グラスを傾けた里逸が小さくむせた。
 いいお風呂タイムになりそうだね。
 でも、酔ってるからぬるめにしておこーっと。
 じゃないと……長く入れないじゃん?
「へへー」
 お風呂場へ向かいながらそんなことが浮かび、当然だけど笑みが浮かんだ。


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