「残念でしたね、公開延期になっちゃって」
「まあ、仕方ないかな。ほかに倣うってのもあるだろうし、なによりまだ自粛も続いてるしね」
 いつもより早い時間の夕食を済ませ、ソファへ並んだまま洋画を眺める。
 先月公開予定だったのが、この続編。
 中途半端な終わり方と思いきや続編を匂わせる終わり方で、ファンは沸いたとネットの記事でも書かれていた。
 見たかったには見たかった。もちろん。
 だが、こうして自宅でのんびり過ごしながら見る時間も悪くない。
「レポート進んでる?」
「ぅ……とりあえず、あと1/3くらいで終わる予定です」
「じゃあなんとかなりそうだね」
「さっき、見たい資料のリクエストだけ入れたので、明日以降で揃い次第もう一度大学行ってきます」
「ああ、そっか。予約すれば引き取れるんだっけ」
「私、今日知ったんですよ。お兄ちゃん何にも教えてくれなくて」
「孝之らしいな」
 アイツのことだ、どうせ『調べりゃすぐわかるのに、やらないヤツが悪い』程度にしか思ってないんだろう。
 てっきり教職員はいるんだから開けてくれるだろうと思って3月上旬に行ったら、インターフォン越しに『馬鹿かお前』と言われたのが蘇る。
 まあその場で直接依頼して、数分後に受け取ったけど。
 あのときの迷惑そうな顔というよりは勝ち誇ったかのような顔は、正直腹立たしかった。
「自粛が続くと、何がよくて何がいけないのかわからなくなりますね」
「それはあるね。なんか、どこまで我慢すればいいのかとか、曖昧になってきてるし」
 ころころと日によって判断が変わる節もあれば、かなり曖昧なまま投げられている気もする。
 判断する側も大変だろうが、任される側だってきつい。
 自粛を依頼するなら根拠は必要だろうし、対価だって当然発生して然り。
 休校措置を強いられた教育現場は、いかにして学習の保障をするのか。
 新学期は目前で、毎年年間の授業時間がカツカツだと言われている中、明確な目途が立つのかさえ怪しいのにな。
「瀬那先生、忙しくしてない?」
「あ、今は逆にゆっくりできてますよ。早めに帰ってきて、家でたくさんの書類整理してます」
「ああ、なるほど。それもそうか」
 年度末ともあり、溜まった紙媒体の整理ができると思えばいい機会なのかもな。
 ……俺は見ないふりして、すべて溶解処分につっこもうと思ってるけど、そこが性格の違いなんだろう。
 真面目で、本当にきちんとしている人。
 なのにどうして、あの息子が……ってのは、親戚連中からも言われてるらしいから、外部は口を挟まないことにする。
「ん……」
「いいよ、もたれて」
「なんか……髪触られると、眠くなりません?」
「気持ちはわかる」
 映画を見てはいるものの、ずっと彼女の髪に触っていたせいか、少しだけこちらへ身体を預けた。
 温かさが強まり、笑みが浮かぶとともにもう少し違う欲が芽を出す。
「眠い?」
「ん……眠いというか、なんかこう……まったりします」
「まったり」
「祐恭さんの手、あったかいですね」
「そう?」
「ひゃあ!?」
「羽織に触ってるほうはあったかいけど、こっちは違うでしょ」
「うぅ……目が覚めました」
「ごめん」
 髪を撫でていたのとは逆の手のひらを頬へ当てると、温かさが心地よかった。
 あー、あったかい。
 やっぱり、人肌っていいものだな。
 感触といい、温度といい……反応といい、ね。
 驚いたように身体を離した彼女を改めて引き寄せ、今度は手だけでなく腕もまわす。
「…………」
「…………」
 音声は英語、字幕設定の映画。
 いつもと同じだけど……いや、同じだから同じことが起きる。
 必ず挟まれているキスシーンの音は、やけにリアルで。
 こういうとき、腕の中の彼女は必ずといっていいほど困ったように視線を逸らしているから、あえてその先を捕まえたくなる。
「っ……」
「うつむいてたら見えないでしょ?」
「祐恭さん……」
「そんな顔されたら、もっと見せたくなるね」
「うぅ」
 顎に手をかけてこちらを向かせると、困ったように唇を結んだ。
 その仕草ひとつひとつが艶やかで、色っぽくて。
 耳に入り続ける吐息や衣擦れの音が、画面を見ずとも今のシーンを髣髴とさせる。
「ん……ん、ん」
 辿るように頬から耳元、そして唇の端へ口づけると、すぐここで甘い声を漏らした。
 そのまま唇ではなく首筋へ落とし、鎖骨を舐める。
 ひくりと身体を震わせながら、短く息をつくのがわかり、片手はパジャマのボタン――ではなく裾から肌へ向かった。
「は……ぁ」
「あんまりいい反応されると困るな」
「だ、って……」
「まあ、この映画見るの2回目だから、俺は内容知ってるけど。羽織は平気?」
「……ぅ」
「続編見に行くのに覚えてなくて大丈夫?」
「祐恭さぁん……」
「……そういう声出されると、止まらないって知ってるんだよね?」
「っん、んっ……!」
 潤んだ瞳で名前を呼ぶなんて、合図以外の何ものでもないだろうに。
 身体ごとそちらへ向き直り、ソファへ沈ませるように肩を押すと、口づけられながら彼女は俺のシャツをつかんだ。
 抵抗ってわけじゃないだろうけど、もう少し色気ある方向へ持っていくならこっちかな。
「ん、ぁ……」
 手首を掴んで首へ回し、開けた胸元へ唇を寄せる。
 そのまま引き寄せてくれていい。
 近い距離で、吐息を聞かせてくれたら十分。
「は……ぁ、祐恭、さ……」
「いい声」
「っ……えっち」
「それは俺じゃなくて羽織でしょ?」
「ふ、ぁ、あっ……!」
「ん……もっと聞かせてくれていいよ」
 ちゅ、と耳元へ口づけてから顔を覗くと、うっすら瞳を開けてから唇を噛んだ。
 ああ、そういう顔たまらないね。
 自粛で家にいろというなら、こういう時間は増えていいはず。
 都合のいい部分だけ切り取ると、人はこうなるんだな。
 濃い時間を存分に過ごせ味わえるなら、悪くない。
「ここでする? ベッドがいい?」
 胸に手を伸ばしながら囁くと、肩を震わせて彼女が目を開けた。
 ああ、ごめん。意地悪な質問だなって思ってる?
 一応の選択肢は与えてみたけれど、どうかな。
 正直、俺としては約束できるかどうか、曖昧なところ。
「……じゃあ、どっちもってことにしようか」
「っ……祐恭さん!」
「冗談、じゃないつもりだけど」
「もぅ……困ります」
 困らせるつもりもなければ、どちらかというと喜んでほしい気持ちのほうがある。
 だから、答えは聞かない。
 夜はまだ長いしね。
 春とはいえ肌寒いのに変わりはなくて。
 人肌が恋しいのはお互い様だろうから、とひとまずエアコンの温度を少し上げることにした。
 

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