大好きな人からの連絡を待ちながら、普通にテレビを見てる。

きっと、今の私は綺麗なお姫様になる前のシンデレラの気持ちなんだろうな。

携帯片手に、ドキドキしながら「待ってる」。

 

かぼちゃの馬車と、景気の良いおばあさんを。

 

 

「───……うーん…、馬子にも、衣装…?」

 

 

部屋の模様替えをしたときに、この場所には鏡が欲しい!と思って買った、黄色い縁取りの等身大の鏡を目の前にして、自分の姿を覗き込む。

退屈を持て余していた私にある日届いた、魔法使いのおばあさんからのプレゼント。

ベースは白。腰から太股の辺りまでほんの少しふんわりと下半身を包み込むようなデザインで、裾元には薔薇を誂えた深紅の花々。下から蔦を伝いながら腰元まで薔薇が上がってくるドレスだった。赤を好む自分にはぴったりで、ベースが白、というのもウェディングドレスのようで見た瞬間、まずドレスに恋をした。

胸元は少し大きめに強調させるためなのか、少し大きめのリボンのホルダーネック。着るときに、後ろで大きなちょうちょ結びをするのが大変だったが、首の後ろから見える真っ白なリボンにドキドキした。

 

「…やっぱり、ちーとばかし……似合わない、かぁ…」

 

特別気に入っているデザインの裾を持って、くるりとその場を回ると、どこからともなく声がした。

 

「───きも…っ!!!」

 

聞き慣れた声。

忘れもしない、ていうか、絶対に聞き間違えるはずもない。

自分の愚兄の声が解らない妹がいろうか?

 

「……」

 

とりあえず、妹の部屋に無断侵入、私が鏡の前でくるくる回ってるところを見て、酷い一言を言ったりなんかしちゃったりした愚兄には、その場で蹴りを入れておく。

もちろん、ドレスとセットで来た新品同様の───真っ白いヒールで。

 

「…あ、誰か来た」

 

クリーンヒットした腹部を押さえながら呻く愚兄を後目に、ベットに置いた…、これもまたドレスと一緒に届いた品物であるハンドバックを手に、先ほど愚兄の腹に突き刺さったヒールを脱いだ。

 

「じゃ、行ってきます。おにーちゃん」

「……い、行って、ら…しゃぃ…」

 

狭い階段を降りきり、玄関を開けると感じの良い初老の男性が「お待たせいたしました」と言って、私の名を呼んだ。

鼻歌なんか歌う景気の良いおばーさんとは大違いだけど、かぼちゃの馬車と魔法使いのおばあさんが、私を迎えに来てくれた。

 

 

Minoru−稔−

 

 

かぼちゃの馬車で辿り着いたそこは、青い城。

暗闇に浮かび上がるようにひっそりと佇むそのお店は、「Mistic Blue」という名には相応の風格を現していた。

入り口に車を止めると、玄関前には二人の男性。

待ってましたと言わんばかりにドアを開け、車内で多少なりとも呆けている私に手を差し伸べた。

とりあえず、テレビで見たことがあるぐらいの知識に私もその手の上に自分の手を重ねる。

ゆっくりと車内から引き上げるように車の外に出された私は、目の前で微笑んでいる綺麗な顔した男性の手に引かれて、……。

 

「…あ、……カズ…さん…?」

 

ブラウン管の中や、男性雑誌の中で見かけるようになった見知った顔の名前を出してしまった。

「しまった」と思ったが、エスコートをしてくれる今や人気モデルは、柔和な笑顔で「今夜は、カズではなく、カズキです」と言ってくれた。気さくな返答に、より一層彼に好感を持った私はありがとうございます、と返事を返しながらドアまで歩く。

すると、「久しぶりだね、真姫ちゃん」と今度は扉の前にいる男性に声を掛けられた。

 

「…あ、純也先生…。先生も、稔や雅都さんのこの企画に?」

 

驚きながら純也先生の顔を見ると、「稔くんには逆らえなくて」と苦笑した。

どれだけ面白いテを使った純也先生をこの企画に取り入れたのかしらないが、とにかく純也先生、ひいては彼と付き合ってる絵里にまでも迷惑をかけてるんじゃないかと思った。

 

「…でもま…、実はなにげに楽しんでるんだ、俺も祐恭くんも」

 

ごめんなさい、の一言を言わせずににやりと笑った純也先生は、やっぱり優しいなぁなどと思う。素朴な好感、というのだろうか。万人に対して「お兄ちゃん」を思わせるような風格があると思う。

もっとも、絵里の前でだけはちゃんとした「男」の顔をしてるんだけど。

絵里はそれに気付いてるのか気付いてないのか知れないが、彼女が本当に愛されてるっていうのが純也先生の顔を見ると伺えた。

 

「あ、でもこれは絵里や羽織ちゃんには内緒ね」

 

くすり、と笑った純也先生はやっぱり「お兄ちゃん」で、私も一緒になってくすくす笑ってしまった。

 

「さ、Mistic Blueへようこそ、真姫ちゃん」

 

穏やかに笑っていた純也先生が、キリッと顔を引き締めながら重々しいレトロな扉を開ける。

「仕事中」の純也先生に、私も「お客さん」らしく会釈をしながら、開かれた扉に歩を進めると、扉を通り過ぎる私の耳に届くぐらいの声で、純也先生が口角を上げた。

 

 

 

『───専属ホストが、待ってるよ』

 

 

 

その一言は、私に特大の緊張をもたらすには十分な一言だった。

いつもより視線が高い目線で見下ろす青い世界は、まるで異世界に逃げ込んだようで、シンデレラから一気に「不思議の国のアリス」のようだ。

相変わらず格好良い仕草で私をエスコートするのは、時計をぶら下げた慌てんぼうのうさぎ、お酒を飲みながら目の前のホストに酔ってる女達は、帽子屋が開いたティーパーティのようだ。

 

「…そこ、段差があるので気を付けてくださいね」

「は、はい…」

 

緊張が高まるのは、感じるから。

獲物を捕らえるような瞳で私を待つ「ハートの女王」の存在を。

いや、ハートの女王なんて目じゃない、不敵な笑みを浮かべる俺様な王様、それが、彼。

 

 

「───お待ちしておりました、お嬢様…?」

 

 

獲物を捕らえる瞳と、不敵な笑みで私を虜にする、───暁稔。

その男は、跪きながら私の手にキスを落とした。



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