「ちょっ…!?」
「ぜってー、やらねぇ」
「…はぁ!?」
ぐいっと絵里を引き寄せ、両手で頬を包む。
驚いたように瞳を開いた絵里が勿論目に入ってはいるが、この際気にしたりしない。
――…あと、一分。
それで、全てが終わる。
こんな『ままごと』みてーな同居生活も、馬鹿げた芝居じみた事も、何もかも。
…どうせ嫌われるなら、悔いなんて残さない。
それが、これまで生きてきた俺のやり方ってヤツだから。
「ちょ――…んっ…!?」
無理矢理に唇を塞いで、そのまま深く口づける。
…昨日。
こいつに自分からねだった『キス』は、冗談なんかじゃなかった。
俺の中では本気で、あれこそが本音だった。
「っ…は…!」
ぐいっと身体を押されて一度離れた絵里を再び抱き寄せ、角度を変えてもう一度唇を塞ぐ。
どうせ、コレが最後なんだ。
嫌われて当然。
絶縁、上等。
これまでの俺の人生と引き換えに手にした二度とないチャンスなんだから、そう簡単に誰が離してやるか。
――…なんて、考えた時。
どこからか、携帯の着メロみたいな音が聞こえてきた。
「――…っぷぁ!…っ…こ……んの、馬鹿!!」
それと同時に勢い良く絵里が身体を押し、唇が離れる。
……が。
途端に、絵里がぐいっと胸倉を掴みかかってきた。
「馬鹿よ馬鹿!心底、馬鹿!!最ッ低!信じらんない!いっぺん、死んで来い!!」
「ちょ…っ…と待てよお前!はぁ!?何様のつもりだ!!」
「俺様も何様も知らないわよ!最低!馬鹿にも程がある!!」
「るっせぇな!さっきから聞いてりゃ、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿って!!誰が馬鹿だ!!」
「いきなり人の意思無視してキスなんかした、目の前の男に決まってんでしょ!!」
「何だと!?」
「何よ!!」
勢い良くまくし立てられ、先程まで抱いていた若干の罪悪感なんてモノは、どこかへ消えてしまった。
そりゃ、確かに卑怯だとは思う。
馬鹿だとも思う。
『好きな男が居る』と聞いていたにもかかわらず、こんな形で手を出したんだから。
……でも、だな。
何もそこまで言う事無いだろ?
確かに俺が悪いとは思うが、こいつにだって非があるんだから。
「…何て言えばいいと思ってんのよ」
「……え…?」
「………まだ、許して貰ってないのに」
ぎゅっと、一際強く服を握った絵里を見ると、俯いて――…いつもと様子が違っていた。
少しだけしおらしくなっていて、どこか、弱気で。
……ヤバい。
コイツをこんな状況に追い込んだのは、間違いなく俺。
まさかここまで歯止めが利かなくなると思わなかったからこそ、今頃になって申し訳なさが生まれた。
「……あー…その、何だ…。…えー……と」
彼女から手を離し、視線を宙へ飛ばす。
…マズい。
この妙な沈黙が、やけに気まずい。
何も言わずに服を掴んでいる絵里を見ていられず、気まずさだけが先に立つ。
「……認めて貰う前から手ぇ出すなんて、ホントに馬鹿」
「いや、だから…なんつーか、お前が……その…」
「…大体、まだ告ってもいないのに」
「でも、告るのはこれからなんだろ?だったら俺の事はまぁ、その……何だ。悪い夢だ――」
「だっから…アンタに言ってんでしょうが馬鹿!!」
「っ…は……はあ?」
わなわなと絵里の手が震えたかと思いきやいきなり掴みかかられ、眉が寄ると同時に情けなく口が開いた。
「折角、この時を楽しみにしてたのに!!」
「…ちょ、まっ…!は…?何?ワケが――」
「アラームまでセットしたのよ!?馬鹿みたいじゃない!コレじゃ私が!!」
「アラーム?……あー、さっきのアレお前だったのか」
「……そっ…んな呑気な返事はいらんわーー!!」
「ぐわ!?」
ふと思い出した事を口に出せば当然のように絵里が力を込める。
お陰でぐいぐいと襟元は閉まり、どんどんと息苦しく――…って、ダメだろ!
「っ…ちょ、待てっ……て…!」
「アンタのせいよ、アンタの!!返して!私の時間を返して!!」
「だっ……ちょ、待っ…!!」
「私の立てた理想プランをどーしてくれるのよ、馬鹿!!」
「……ッ…だ、から…!!」
「っきゃ!?」
「苦しいっつってんだろうが、お前は!!」
ぐいっと腕を取って肩を押すと、そのままベッドへ沈み込んだ。
「加減ってモンを知らねぇのか、馬鹿!」
「…っ…しょ…がないじゃない…」
「しょーがなくねぇだろ!っつーか、大体――」
…………はっ。
ここでようやく、気が付いた。
…何に、ってそりゃあ勿論――……絵里が頬を染めて俺を睨んでいる事に。
「…あー……いや、その……何だ」
「……重いわよ」
「は!?…あ。ワリ」
ぽそっと呟かれた言葉は物凄く小さな音だったのに、めちゃめちゃ大きく響いた。
…ヤバい。
過程はどうアレ、今現在……押し倒している事に変わりはないワケで。
「…………」
「…………」
まじまじと絵里を見ていたら、気まずい……それはもうかなり気まずい空気が間を漂うのが分かった。


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