大好きな人。
そんな人とずっと一緒に居られたら、どれだけ幸せになれるんだろう。
…ううん。
きっと、量なんてはかる事は出来ないんだ。
目に見えないけれど、とても大切な物。
だからきっと、『これからもずっと』って願う事だけが、唯一許されるんだろう。
神様、どうかお願いします。
これからもずっと、ずっと……こんな『幸せ』が続きますように。
…決して、壊れてしまいませんように。
――……もう、寂しい思いをするのは嫌だ。

大好きな人にぎゅっと抱きしめられたままで眠って、夢を見る。
眠ったフリをしている私に気付かずに、耳元でそっと『愛してる』って呟いてくれる。
次の日になると、いつの間にか左手の薬指には指輪がはめられていて…。
その時は、きっと彼が隣で眠っているんだ。
まるで子供みたいに、可愛い寝顔で。
…幸せって、そういう物なんだろうな。
大好きな人とする『結婚』って、きっと。
「…………」
何も音の無い部屋。
…と言うと少し語弊があるかもしれないけれど、でも、とっても静かだ。
大きな部屋に置かれた、少し大き目のベッド。
その上で独り、ころんっと横になる。
「…現実と幸せって、交わる事あるのかな…」
ぽふ、と抱きしめていた枕に顔を埋めると、そんな言葉が漏れた。
現実は、今、この時。
…それじゃあ、幸せは――……

「…何をぶつぶつ言ってるんだ?」

「あ」
指を折ってあれこれと考えていたら、頭に優しく掌が乗った。
「ごめんなさい、気付かなくて…。早いお帰りだったんですね」
「会議が早めに終わってね。お陰で、この時間に帰れたよ」
ネクタイを緩めた彼が、脱いだ上着をベッドの端に掛ける。
…その仕草は、いつもと一緒。
ふっと見せてくれた柔らかい笑みも、軽く頷いてベッドに座るところも。
……いつもと、一緒。
それは、こうして――…
「おかえりなさい、祐恭さん」
「ん。ただいま」
…必ずしてくれる触れるだけの口づけも、同じだった。
「着替えてくるよ」
「あ、はぁい」
上着を持って立ち上がった彼を見送ってから、改めて…ベッドに座り直す。
ぽつん、とまるで取り残されたかのような自分。
…だけど、今はもう独りじゃない。
今は、手を伸ばせばすぐ届く距離に――…彼が居るから。
「……………」
明かりが漏れるドアを見ながら、そっと唇に触れてみる。
さっきのは『ただいま』のキスであって、『愛してる』のキスとは違う。
…だって、彼とは兄妹でもなければ恋人同士でもないから。
でも、今私が居るここは彼の家。
いわゆる、居候ってヤツだ。
私の父は、『瀬尋グループ総帥の息子』の教育係だった。
母からは『昔は高校の先生だったのよ』なんて聞いた事もあったけれど、少なくとも私が知っている父の姿はずっと『教育係』で。
「……総帥…」
ぽつ、と呟くと、なんだか物凄く……すごい意味なんだろうけれど、あっけないようにも思える。
あ、いや、その……そんな意味じゃないんだけど。
…総帥って、すごいんだよね。
私は彼と一緒に住んでいるけれど、でも、普通の女子高生。
だから、そういう会社組織の事はちょっと分からない。
――…でも、彼は『教育係の娘』である私を…引き取ってくれた。
…あの時。
両親が揃って、海外へボランティアの一員として旅立ったあの時に。

「…君が羽織ちゃん?」

空港へ見送りを済ませて、独り家に戻ってきた時。
色鮮やかな車で乗り付けた彼は、玄関に入ろうとしていた私に声を掛けた。
…知らない人だった。
だけど、その時見せてくれた柔らかい笑みがあまりにも印象的で。
何となく、『悪い人じゃない』なんて思ってしまった。
……今思えば、あれから色んな事がそれまでとまるで変わってしまった。
それまでは、こんな風に男の人と二人で暮らすなんて事も無かったし、勿論……キス、するなんて事もなかった。
…なのに、どうだろう。
今では、『挨拶のキス』をする仲になって、彼が家に帰ってくるのを待つ身分。
……これって、何て言うんだろう。
やっぱり、『居候』のままなのかな。
…でも……それじゃあそんな間柄でも、キスってするものなの…?
初めてキスをされたのは、丁度一ヶ月位前の事。
――…そう。
初めて、ここに来た日の事だ。
勿論驚いたけれど、でも、私自身は彼に100%お世話になっている身で。
だからこそ、抵抗はしなかった。
…それ以来、彼とはさっきみたいにキスをする間柄だ。
ただ、キスと言っても本当に軽いモノ。
映画なんかで良く見かける、まさに『挨拶のキス』。
……でも、そんなキスを交わしたあの日から、祐恭さんは私を抱きしめて眠るようになっていた。


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