「で、相変わらず一緒に寝てるんだ、その人と」
ぽきん、といい音を立てて美味しそうにポッキーを食べる、ショートカットの彼女。
この子は、クラスで一番仲のいい松本真姫ちゃん。
さっぱりしている性格で、初めて会った時、何だか出会うずっと前から知り合いだったみたいな気持ちになった程だった。
「…うん」
頬杖をつきながら呟いた彼女を、上目遣いで見ながら小さく頷き、両手を膝に乗せる。
…別に、怒られてるわけでも、問い詰められてるわけでもない。
なのに、何となくこんな格好になってしまった。
「…なんか、ね?あんまり、良く分からない関係なんだよね…その人と」
「……まぁね」
「でしょ?」
ぽきぽきとポッキーを食べ終えた彼女が、二本目を取り出す。
――…と。
そのまま、ぴっとポッキーで指された。
「でもさ、その人、よく理性が保つね。私のお兄ちゃんなんて一発でダメだよ」
「駄目?」
「この前、彼女と喧嘩したみたいなんだけど、自分の布団に彼女の匂いが付いたもんだから、夜中大変だって私にぼやいてたもん」
「……普通、ぼやくものなの…?」
はぁ、とため息をついた彼女に、つい苦笑が浮かんだ。
…でも、ちょっとだけ羨ましい気もする。
真姫ちゃんと彼女のお兄さんは、本当に仲がいい。
こうして話をしている時に聞く『お兄ちゃん』の話は、どれもこれも真姫ちゃんは楽しそうに話してくれる。
だから、そこから伺える兄妹の仲の良さが、私はちょっぴり羨ましかった。
「ほら、うちの兄貴馬鹿だからさ。悲しくなるよ、私は」
「そんな事言ってー。お兄ちゃんの事、真姫ちゃん好きでしょ?」
「さぁて?」
「あはは」
わざとらしく肩をすくめた彼女に笑うと、同じように真姫ちゃんも笑顔をくれた。
…彼女の笑顔は、すごく好きだ。
見ていて、とても元気になれる。
両親が揃って旅立ちを決意したあの日も、彼女は私の傍に居てくれた。
『なんで』ばかりを連呼して泣く私を、ちゃんと説得させられるだけの言葉で叱ってくれて。
……それから、一緒に泣いてくれた。
こんな友達、きっと他には居ないと思う。
だから、心底大好きで信頼出来るんだもん。
「…でもさ、真姫ちゃん」
「ん?」
「……普通、好きでも無い相手と……キスなんてしないよね?」
両手を机の上で組んでから、落としていた視線を彼女へ向ける。
…まじまじと見つめられる、この時間が何とも言えない緊張…するんだけど。
「……まぁ、普通はそうだけどね。……なに、キスでもされたの?」
「うぇ!?」
訝しげな彼女に思わず出た、大きな声。
心臓がばくばくして、きっと、顔も赤くなっているはず。
…な…なんて核心を突くお言葉…!?
「ち、違うの!そうじゃなくって、あの、あのね?…ふ…普通はどうなのかなーって思って」
あはは、と乾いた笑いと一緒に手と首を振りながら、精一杯彼女に弁解を図る。
……う。
その目で見られると……何もかもバレちゃうみたいで、恐いんだけど。
すると、やっぱり彼女はその表情を崩さないままに、瞳を細めた。
「普通もなにも、羽織だって普通の子じゃない」
「う。…うん…まぁ、そうなんだけど…」
「ま、羽織は例外か。頼もしいナイト様がついてるから、恋愛がわからないのも無理ないか…」
「…ナイト様?」
「そ。ナイト様」
聞きなれない単語に眉を寄せると、大きく頷いた彼女が意味ありげに笑みを見せた。
…ナイト様。
それって、祐恭さんの事…?
でも、祐恭さんはそんな風に思ってないと思うんだけどなぁ…。
「ま、せいぜい悩みなさい」
「えぇ?」
ぽんぽん、と肩を叩いてポッキーをつまんだままの真姫ちゃんは、昼休みのチャイムと同時に自分の席へ戻って行った。
…意味ありげな笑みを残したままで。
「………ナイト…」
ぽつりと呟いてみても、やっぱりしっくり来ない。
…だって、私達そんな関係じゃないんだよ?
ただ一緒に住んでいるだけで、でも、キス…もする……けれど。
………矛盾してるような気もする。
だけど、矛盾って言葉ともちょっと違うような気がする。
「…………」
でも、やっぱりキスは嫌いな人とはしないんだ。
…それじゃあ……祐恭さんは?
彼は、私の事が好き…なのかな。
ううん、そんなはずがない。
だって、私だよ?
おっちょこちょいで、勉強も出来なくて、運動だってあんまり…。
唯一得意なのは、お料理位だし。
…それに、何よりも私は年下だ。
彼より、ずっと…。
そんな子供みたいな子の事、彼が好きになるはずが無い。
ありえない。
それは、絶対に。
…それじゃあ、何だろう。
何か、他に理由があるのかな?
……私に、何かさせたい……とか。
「……………」
頬杖をつきながらそんな事を考えていると、庭に下りていたらしき鳩の群れが、広い広い空へと飛んで行くのが見えた。


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