「…ね、どうする?」
「いつも意地悪されてるし、ちょっと位なら…」
まだ日の高い頃。
瀬那家のリビングでは、何やら二人の少女がひそひそと声を潜めて話し合っていた。
そんな彼女らの手には、それぞれ別々の物が握られている。
一方には、可愛らしい玩具のような物が。
そして、もう一方には黒のマジックが。
これらが一体何に使われるのかは定かではないが、会話からしても正しい使い道をされるとは考えにくい。
そう。
この後二人が起こす事件も、この後二人に起きる事件も、この時は誰も知る由が無かった。

「………ぅ」
開かない目を何とかこじ開けると、ぼんやりとした物の輪郭が目に入ってきた。
ここがリビングだと言う事は分かる。
そして、俺が今までソファで寝ていた事も。
大きく伸びをして、テーブルに放ったままの携帯を手にする。
……13時。
そう言えば昼飯を食べてなかったのを、今頃思い出した。
っつーか、飯の時くらい起こしてくれてもいいだろ。
半端に寝たせいでダルい身体を動かしながら立ち上がり、そのままキッチンへ。
すると、こちらを見て驚いたような葉月の姿があった。
「…何だよ」
「ふぇ!?あ、う、ううん。別に…」
別に、とか言う割には、物凄く動きが不自然。
いや、動きだけじゃなくて、言動も怪しい。
全くこちらを見ようとしていないし、何よりも声が上ずっている。
…なんなんだ?
訝しげに彼女を見るが、皿を棚に戻すのに一生懸命らしく、再びこちらを見るような事は無かった。
……っつーか、さ。
「…あ」
「お前な。届かないクセに、ンな高い所へ皿を入れようと思うな」
つま先立ちして精一杯腕を伸ばしていた彼女に近寄り、後ろから皿を取って代わりに戻してやる。
どれだけ控え目に見たって、あれは届く範囲じゃない。
「……ありがと」
「おー。…っつーか、俺の飯は?」
「あ、うん。ちょっと待ってね」
冷蔵庫を開けながらニンジンジュースのペットボトルを手に、彼女へ声を掛ける。
すると、二つ返事で準備をしてくれた。
そんな姿を見ながら、椅子に座る。
………相変わらず、人の事を見ようとしねぇな。
何だ?俺が何かしたのか?
そんな事を考えながらボトルからそれを飲んでいると、リビングの方から物音が聞こえた。
「…何してんだ、お前は」
「お……お兄ちゃん、起きたの…?」
「何だよ。起きちゃ悪いのか?え?」
「…そ…そうじゃないけど、さ」
ひきつったような笑みを浮かべた羽織が、何やら距離を開けながら葉月の横へと小走りで近寄って行く。
ちょっと待て。
お前ら二人して、何なんだよ。
しかも、人の方をちらちら見ながら内緒話しやがって…。
「おい」
「っ!!」
人が声を掛けてこれだけ大きく反応されると、物凄く気分悪いんだが。
っつーか、二人して同じような反応すんな。ちくしょう。
「お前ら二人して、何なんだよ。あ?言いたい事あんなら、言えばいいだろ!」
「…そういうわけじゃ…ないけど…」
「じゃあ、どういう訳だ?胸クソ悪い」
椅子に背を預けながら足を組み、二人を睨みつける。
すると、まるで親にでも怒られてるみたいな顔を見せた。
ったく。
そんな顔するなら、とっとと理由を話せ。
「たーくん…さぁ」
「…何だよ」
恐る恐るこちらを伺いながら言った葉月に顔を向けると、一瞬口をつぐんでから再び開いた。
「……何か、感じない?」
「…は…?」
「あの、だからね?いつもと違った感じ、無い?」
何なんだ、その問いは。
いつもと違った感じ?
別に……。
少し頭がシャキッとしてないような気もするが、それはまぁ寝起きだからだろう。
「別に。ってぇか、どうしてそんな事思うんだ?」
「うぇ!?」
葉月に言ったのに、羽織が妙な返事をしやがった。
揃いも揃って、何なんだよ。
「お前らな…いー加減にしろよ?さっきから人の顔じろじろ見やがって。何なんだよ!え!?」
「だ、だから、その…」
「言いたい事があるなら、はっきり言えばいいだろ!?」
椅子から立ち上がり、二人に歩み寄る。
タダでさえ身長差があるのに二人が僅かにかがんでいるせいで、まるで子供でも相手にしてるような気がしてきた。
ま、実際6つも下なら子供と変わんねーけどな。
…とか言ったら、葉月にあれこれ言われそうだが。
「あ、えっと…私…そ、そう!あの、私っ、先生に電話しなくちゃっ!」
「えぇー!羽織!?」
「葉月、あとはお願いっ」
「そんなぁ!!」
ぱたぱたっとリビングを抜けて階段を上がっていく彼女に、手を伸ばしたままの葉月。
…あーあ。
ま、どっちでもいーけど。
「で?」
「…ぅ」
シンクに手をついて挟み込むように見下ろすと、小さく声を漏らしてから上目遣いにこちらを見上げた。


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