「…………あ……れ?」
 なんの前触れもなく、ふいに瞳が開いた。
 ここ……どこだ?
 数回瞬きをして身体を起こすと、目に入ってくるのは見慣れた部屋の景色。
 そこは、今は通うことのない弓道場でもなければ孝之の家でもない、自宅のリビングだった。
 どうやらソファで眠ってしまっていたらしく、起き上がるとすぐに肩が若干痛む。
 瞬間に目が覚めたからか、頭は異様にすっきりしていたが。
 反射的に時計を見ると、まだ15時前。
 ……あれ?
 今の……夢か?
「…………」
 ソファにもたれてから思わず口元を押さえるも、そこに残っているのはあの柔らかさ。
 夢だとしたら、やけにリアルだった。
 彼女のぬくもりも、唇の柔らかさも、香水の香りも……すべてがはっきりとしている。
 今が夢なんじゃないのか。
 そう思えるほど、よくできていた。
 高校時代の自分も再現されていたし、彼女も……恐らく24になればあんな感じだろう。
 ……え? ホントに夢なのか?
 寝ぼけているのかと思い、新聞を見る。
 だが、まさに朝読んだときと何も変わらぬ日付けがあるだけ。
「……んー……」
 思わず眉を寄せていると、パタパタと小さな足音が響いてきた。
 音の方向からして、恐らくは洗面所。
 ということは…………。
「あ、起きました?」
 顔だけをそちらへ向けると、夢の中の彼女と同じ声で同じ雰囲気をまとった子がいた。
 服装もどこか似ていて、淡いピンクのふんわりとしたワンピース姿。
「……俺、寝てた?」
「うん。お昼食べて、すぐに」
 くすっとおかしそうに笑った彼女が、隣へ腰をおろす。
 ……本物だよな。
 あれ?
 でも、なんか……。
「どうしたんですか?」
「いや……」
 じいっと見たままでいたからか、不思議そうにまばたいた羽織ちゃんがふいに手を伸ばした。
 ひたり、と当てられた手のひらが、肩を滑る。
 今が現実で間違いない。
 だが、あまりにもリアルな夢を見ていたから、どうやらハッキリしてると思っていた頭はまだ混同しているらしい。
「なんか……変な夢見たんだけど」
「夢ですか?」
「うん。羽織ちゃんが24で、俺が18で……英語の先生として、羽織ちゃんが冬瀬に赴任して来た」
「……私が?」
「しかも、葉月ちゃんは現国の先生として、孝之のこと教えてた」
「あはは、おもしろい」
 目を丸くしてから笑い出した彼女にうなずくと、興味を惹かれたらしく身を乗り出した。
 ……続きを聞きたい、か。
 それはそれで、まぁ、いろいろ面白いことにはなりそうだけど。
「それで?」
「羽織先生が部室で俺に抱きついてきたから、キスしてそのまま押し倒して……いただきますってところで目が覚めた」
「っ……な……! もぅ! なんですか、その夢は!」
「いや、俺に怒られても。しょうがないだろ? 夢なんだから」
「……う……それは……、そう、ですけど……」
 こういうとき『夢だから』ってのは便利だな。
 事実かどうか確かめようもないし、だからこそありえないようなことであろうとぺらぺら口にできる。
 ……ま、今回のは嘘じゃないけど。
 俺だって、見たくて見た夢じゃないし。
「ホント、リアルな夢だったな……」
 困ったように眉を寄せる彼女を笑ってから抱きしめ、髪を撫でる。
 腕にしっくり収まる身体。
 夢の中と同じで、何ひとつ変わらない。
 ……あ、いや、逆か。
 夢の中の彼女が、今の彼女と何ひとつ変わらなかったんだよな。
「24歳の羽織ちゃんも、かわいかったよ」
「……でも、夢でしょ?」
「うん。俺のこと『祐恭君』って呼んでた」
 耳に残っているのは、彼女のあの声。
 普段決して呼ばれることのない呼称だが、だからこそ印象は強いらしい。
「祐恭君?」
「…………」
「えへへ。なんか、ちょっとだけ年上になった気分ですね」
「………………」
 まじまじと目を見て何を言うのかと思いきや、いきなり夢と同じ調子で名前を呼ばれた。
 それだけじゃない。
 ぽつりぽつりと噛みしめるようにされたせいか、夢とは違って、どくんと身体が強く反応する。
「……? 先生? どうし――っきゃぁ!?」
「夢の続きをしようか」
「やっ……な、なっ……!? ちょっと待ってください!」
「いいじゃない別に。……ね? 先生」
「やぁ、んっ……! せ、先生じゃないですってばっ! 先生は先生でしょ!」
「んー? 先生の言うことがよくわからないんですけれど」
「……や、ぁっ……! 離して……」
「断る」
「もぅっ! 先生ってば!」
 祐恭君、と呼ばれて思わず夢の続きがしたくなった。
 ……というよりも、身体が先に動いた。
 実際に“君”づけで呼ばれると、結構くるな……。
 などと馬鹿なことを考えながら、ワンピースの細い肩紐を、手を滑らせて落とす。
「……うん」
「うん、じゃないですってば!」
「いいから」
「……っ……ん」
 夢と同じ滑らかな柔らかい肌に触れながら、首筋に唇を寄せる。
 すると、やはり夢の中の彼女と同じように甘い声で誘ってくれた。
 24歳の彼女もいいけれど、もちろん18歳の彼女がいいわけで。
 あれは夢で見るだけでいいや。
 そんなことを考えながらも、いつかあの夢の続きを見ることができるのを密かに願っていたりもする。
 ……もちろん、それは彼女に内緒にしておくが。


2005/4/16


ひとつ戻る  目次へ