いつも通り、滞りなく授業が終わったあと。
俺は必ず、室内をぐるっと1周するクセがついていた。
……というのも、誰かしらかならず『忘れ物』をする生徒がいるから。
ノートや筆記用具なら問題ないかもしれないが、たまに貴重品を持ち込む生徒がいるのだ。
特に、化学が4時限目だと――……その確率がぐっと上がる。
なぜなら、この化学室からすぐのところに、購買があるから。
俺は普段、何もなければ大抵5分前に授業を終える。
それは、自分が生徒だったときの担任である瀬那雄介教諭が、彼の科目の英語のときに必ずそうしてくれたから。
たとえ5分でも、早く授業が終わることほど生徒にとって嬉しいものはなくて。
だから、教師という職に就いたとき、俺もそうしようと決めたのだ。
自分がされて、嬉しかったから。
だから、同じようにしたいと素直に思った。
……まぁ、そんなことを言うと『きっちり授業をやってください』なんて文句がどこからか飛んでくるやも知れないが。
「……あれ?」
1番後ろのテーブルを回って、黒板へ向き直ったとき。
見覚えのある席のちょうど棚になっている部分に、折り畳まれた紙のような物が置かれていた。
……ほらな?
正直なところ、俺がこうして見回りを始めたのは、すべて彼女が原因。
あの、彼女が落としたうさぎの根付を見つけてから――……だ。
「……ったく」
毎度毎度丁寧に持ちものの確認をしている割に、忘れるんだな。
思わず漏れた苦笑をそのままに紙を取り、なんの躊躇もなく開いて見る。
……このとき。
俺はもっと、いろいろ考えればよかったんだ。
『プライバシー』とか、『個人情報』とかなんとかってことを。
なんせこのあとすぐ、間違いなく俺は後悔することになったんだから。
いつも通りの放課後。
当然の如く、室内には沢山の化学部部員が席に着いていた。
ある者は友人と話し込み、ある者は真面目に実験を続け、そしてある者は宿題を始めている。
……平和だな。
ノートパソコンを開いたまま頬杖をつき、そんな光景をなんとも思わずに見つめてみる。
――……と、そのとき。
「……? どうしたんですか?」
「は!? ……あ、え? ……何?」
いきなり聞こえた拍子抜けするような声に、思わずオーバーなリアクションが出た。
それを見て、肩を叩いた手を彼女が慌てて引っ込める。
……いや、違うんだ。
別に、羽織ちゃんが悪いわけじゃ……。
心配そうな、不安そうな。
そんな顔をして俺を見つめた彼女に、自然と眉が寄る。
……けど、正直なところ……困ってるのはむしろ俺のほう。
彼女に対して、どんなリアクションを取っていいものか悩んでしまう。
「……先生、どうかしたんですか?」
「いや? ……何もないけど?」
「……でも……」
「大丈夫だから。ホント……別に、何も」
ははは、と乾いた笑いを返してから首を振り、彼女に席へ戻るよう促す。
「……本当に大丈夫ですか?」
「うん。平気」
「……それなら、いいんですけど……」
軽く首をかしげた彼女が、ゆっくりとこちらをあとにして席へ戻った。
が、やはり気になるのか、何度もこちらを怪訝そうに振り返りながら……ではあったが。
「…………はぁ」
大きくため息をついて、瞳を閉じる。
……なんでこんなモン見たんだか。
重たい腕を動かして白衣のポケットに手を入れれば、すぐに指先へ当たるモノ。
それは確認しなくても内容がわかっているからこそ、入れたときと何も変わらずしっかり自己主張していた。
「…………」
視線を落としたままでそれをつまみ、そっと引き抜く。
誰もこちらを気にしている様子はないが、どうにもこうにも気になるワケで、ついあたりを見回してしまった。
……あーもー、ホント最悪。
なんて思いながらも、ついつい確かめてしまうんだから……俺自身どうしようもない。
何度見返しても、内容が変わるワケないのに。
最初に見たときと、何もかも。
「…………」
折りたたまれていた紙は、1枚のルーズリーフだった。
しかしながら、書かれている文字はいかにも彼女のモノ。
大した量じゃないが、それを判別するには十分すぎる文字量だ。
……ここに書かれているモノ。
それは、俺にとってものすごく……それはもう、これでもかってくらい衝撃的だった。
「…………」
やっぱ、何度見ても同じだよな。
つーか、なんでこんなこと書いたんだよ……。
恐らく授業中のモノだと思われるこの紙切れには、たった数行、彼女の文字でこうしっかりと書かれていた。
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