「……ねぇ、たーくん」 「あ？」 「どこへ行くの？」 　シートに身体を預けたまま、小１時間。 　……って言ったら大げさだろうけれど、でも、体感時間ではそれ以上だった。 　お風呂に入って、あとは寝るだけ……ってとき急に『出かけるから支度しろ』なんて言われて、簡単な格好で出てきた現在。 　それを、我ながらちょっとだけ恨めしく思った。 　時間はもう、23時をとっくに回っていて、０時へ向かって着々と進んでいる。 　車内は暖かいけれど、それでもやっぱり季節柄かなんとなく寒い。 　……冬の夜中は、遊びに行く時間じゃないでしょう？ 　ヘッドライトだけが照らす暗闇を見つめながら、自然と眉が寄る。 「……まさかとは思うけど……こんな時間に、山へ行くの？」 「あのな。なんでこんな時間に、わざわざ山なんか行くんだよ」 「でも、そうでしょう？　外灯もないし、真っ暗だし……対向車もないし」 　……そう。 　彼は呆れるけれど、私はやっぱり不安だった。 　さっきまでは街中を走ってたから、当然のようにたくさんの灯りが道を照らしてくれていた。 　なのに、今は外灯ひとつない道。 　獣道じゃないだろうけど、でも、あんまり……いい感じはしない。 　対向車だって、これまで１台か２台だけ。 　ずっと上っているから恐らく山道で間違いないとは思うんだけど……やっぱり不安だ。 「…………」 「……なんだよ」 「大丈夫？　道間違えたりしてない？」 「るせーな。地元民が道間違えてどーすんだよ」 「……でも……」 「あーもー、いーからちったぁ黙ってろって！　ちゃんと通じてんから安心しろ！」 　前を向いたままの彼を見ていたら、ギアから離した手でハンドルを握った。 「…………」 「……しつけーぞ」 「信じてるからね？」 「わーってるよ」 　右手で窓枠へ頬杖をついた彼から視線を外し、シートに身体を預ける。 　今のたーくんには、きっと何を言ってもダメ。 　それに、まぁ……多分彼ならば道をわかっているはずだから。 　さっきまで散々『俺の庭』とか言ってたし、大丈夫だよね？ 　そこでもう１度彼に視線が向きそうになって、仕方なく同じように何も見えてこない正面へ向き直った。 「ほら。降りんぞ」 「……平気だよね？」 「は？　いーから、来いって」 「あっ……！」 　ぐいっと無理矢理に手を引かれて降ろされ、２、３歩よろけるようにしてから彼へもたれる。 　だけど、まったく気にしない様子で鍵をかけた彼は、また私の手を引いて歩き出した。 「……ねぇ、たーくん」 「なんだよ」 「ここ、大丈夫なの？」 「だから、何が」 「何がって……いろいろ……」 　ぼそぼそと呟きながら手を引かれるままに歩くものの、きょろきょろと視線は当然あちこちへ。 　だって、心配しちゃうでしょう？ 　『着いた』って言われても、灯りもなければ目立った建物もないんだから。 　道の途中で曲がった先にあったのが、さっき車を止めた少し広い場所。 　だけど、当然駐車場なんかに仕上がってはなくて、打ちっぱなしのコンクリートが敷かれているだけ。 「なんだよ。もしかして怖いのか？　お前」 「うん」 「……正直なヤツ」 　いたずらっぽく笑ったたーくんににすんなりうなずくと、まるで心底おかしそうに笑われた。 　でも、たーくんはどうやらここに来たのは初めてじゃないみたい。 　だって、灯りなんて全然ない真っ暗な道なのに、階段をしっかり見つけて、まるで道がわかるみたいに歩いてるから。 　……でも、私は当然初めてだから、遠くのほうでぼんやりと見える古ぼけた電話ボックスの灯りが、すごくすごーく不気味で怖かった。 「っ……あ」 「転ぶなよ？　足元悪いからな」 　階段が終わったことに気付かなくて１歩踏み出してしまい、危うくつまづくところだった。 　そんな私の手を引いて、彼が助けてくれたからよかったものの……。 　……でも、やっぱりたーくんは知ってる場所なんだ。 　躊躇せずに前を向いて歩いていくたーくんの横顔を見ながらも、繋いでくれた手だけが私にとって唯一の道しるべだった。