「こっちだ」
「……あ。うん」
くいっと手を引かれて向きを変えられ、さくさくと足を進める。
……あれ?
何か、さっきまでと感触が違う……かな。
さっきまでは、階段というのもあって硬かったんだけれど、今歩いているのは――……多分、土。
草の感触もあるし、きっと広場みたいなところなんだろう。
「え?」
「上るんだよ。ここ」
悠長に観察していたら、ちょっと呆れたような声が少し上から聞こえた。
……また、階段?
だけど、さっきよりは段が小さくて、本当に『階段』っていう感じ。
でも、本当に何があるんだろう。
さっき車を停めたところには別の車も停まってたし、今も微かに人の話し声がする。
…………こんな場所に?
灯りも何もないのに、みんなはいったい何をしているんだろう。
なんだか、ちょっとアヤシイ秘密の集会みたいだ。
「ねぇ、たー……え?」
彼を呼ぼうと声をあげたら、しぃっと指を立てたのが見えた。
んー。静かにしなきゃいけない場所なの?
どこかにある光源のお陰でわずかに見える彼の顔も、『静かに』と言わんばかりの表情を浮かべていた。
「……? ねぇ、ここ――」
ぽそぽそと小さな声で囁き、たーくんの隣に並んだ、そのとき。
思いも寄らないモノが、目に飛び込んできた。
「っ……な……!」
光。
いくつもの、小さな――まさに“光”だった。
「す……ごい……!」
みるみるうちに、自分でも笑顔になっているのがわかった。
そして、同時になぜか瞳が潤むのも。
「どーだ? すげぇだろ。ここ、地元でも割と知らないヤツ多いんだよな」
少し誇らしげなたーくんの声がすぐ隣で聞こえて、ただただ首を縦に振る。
だってもう、本当にそれしかできない。
それくらい、衝撃的で、本当にきれいだった。
「……すごい……。こんなにきれいな夜景、あるんだね」
「冬瀬もなかなか捨てたモンじゃねーだろ?」
「とっても! 本当にすごいね……!」
ちかちかと瞬く星とは、また違う光。
地上の光と、遠くの空に広がっている星の煌きが対照的で、とてもきれいだった。
「……本当にきれい…」
どちらの光をも見つめたままで手すりに両手を乗せると、自分の手が熱くなっていたらしく、ひんやりと心地よく感じた。
「つーか、お前なんで泣いてんの?」
「……泣いてないもん」
「いやいやいや。泣いてんだろ。現に」
「泣いてないのっ」
ひょっこりと顔を覗かれて、拭う間もなくばっちり見られてしまった。
……もう。なんだか、まるで勝ち誇ったかのように笑ってるし。
不覚、としか言えない。
「だって、きれいなんだもん」
魅入られるって言葉は、もしかしたら今の私のようなことを言うのかもしれない。
『灯り』であるはずのそれが、『光』になって輝く。
とても遠く離れてるはずなのに……ひとつひとつがはっきりと見えていて。
「……すごいね……。魔法みたい」
「大層な感想が出たな、また」
「本当にそう思ってるよ?」
「ンなことくれー、わかるっつーの」
おかしそうに笑って首を振った彼の言葉に、つい苦笑が浮かんだ。
私が何を言うか、もしかしたらわかってるのかな。
それはそれで、ちょっと困りもするし――……でも、嬉しいけれど。
「…………」
眼下の国道には、ずらりと並んでいる車のヘッドライトと逆車線のテールランプが見えた。
こんな時間だというのに明かりのついているビルと、それぞれのお家。
そして、鉄塔なんかに付けられている点滅する光や、お馴染みの信号。
ごくごくありふれて見慣れているはずのものが、まったく違うものに見えるから本当に不思議だ。
「大規模なデコレーションみたいだね」
「なんじゃそりゃ」
「ほら、あるでしょう? クリスマスとか、ニューイヤーのときの」
少し呆れたようなたーくんを振り返ってみると、やっぱり呆れたような顔をしていた。
……馬鹿か、って言われちゃうかな。
最近になって、彼の言いたいことが表情だけでわかるようになってきたので自信がある。
って、そのセリフはちょっと寂しいけれど。
「お前はどこの田舎モンだ」
「……え?」
「なんだよ」
「あ……ううん。別に」
新しいパターンが来ると思わなかった。
なんて言ったら、どんな顔するかな。
でも、もちろん言ったりはしない。
「お前は、生粋の帰国子女だろ? しかもオーストラリア」
「国は関係ないでしょう?」
「いや、でもな。少なくとも、こんな半端な街よかずっと都会だろ」
「んー……どうだろう。規模が違うから、なんとも言えないんじゃないかな」
「……あ、そ」
まばたきをしてから顎に触れ、ふと向こうの景色を頭に思い描く。
私が思い出すのは、大抵真っ青に晴れた広い空だった。
高く高く抜けるような色で、本当に『空』って感じがして。
……ただ、紫外線が強すぎるのが難点だけど。
でも、建物自体はそんなに――……。
「っ……え……!」
「さみーな」
カツン、と小さな金属の音がして我に返ると、急に背中が温かくなった。
「え、っ……たーく……!」
「お前、相変わらず薄着だな」
「そ……かな」
「そーだろ。つーか、アレだ。お前、ちっこいな」
「……もう。そんなに小さくないでしょう?」
「いや、事実だし」
手すりに置いた自分の手の横に、ジッポを握ったたーくんの大きな手が並ぶ。
それだけでも思わずどきりとするのに、たーくんは背中ごしにもたれてきたのだ。
当然、距離が縮まるから……すぐここに彼がいて。
「っ……」
「……あー……ラク」
「ん……重たい」
「がんばれ」
「もう……」
頭に顎を乗せられても、不満を言ってみるくらいしか私にはできなかった。
……近いんだもん。
ぴったりと背中が彼の胸と重なって、穏やかな鼓動が伝わってくる。
そして、温もりも。
たーくんが言うように元々薄着な私としては、どれもこれもがダイレクトに伝わってきて、本当に困ってしまう。
「あったけーな」
「重たいよ?」
「さみーよか、いいだろ?」
「……うん」
あ、れ?
そこで、さっきまでとたーくんの声の位置が違うのに気付いた。
さっきまでは頭の上から聞こえていたのに、今は――本当に、顔のすぐ横。
わずかでも右を向けば、へたしたら唇が触れてしまうような距離じゃないだろうか。
「っ……あ……」
「すげ。俺の着れんじゃねーの? このまま」
「もう。さすがに無理でしょう?」
「いや、案外イケるぞ? これ」
ぎゅうっと、まるで抱きしめるかのようにたーくんの腕が身体の前へ回り、一層彼に触れる面積が増える。
イコール、私の鼓動も早くなるわけで。
「うー……」
「なんだよ」
「……なんか……ねぇ、困る……」
「困る? 何が」
「だって、こんな……」
いつもと同じ様子のたーくんに対して、私はしどろもどろにしか言葉が出てこなかった。
こうしてたーくんから触れてもらえる“今”は、本当に本当に嬉しいし、願ってもない状況。
だけど、同時にとてもどきどきする。
顔を見れない状況だからいいけれど、こんなとき――……いったいどんな顔をすればいいか、わからない。
「……誰も見ちゃいねぇよ」
ぼそりと少しだけぶっきらぼうに呟かれた言葉で、思わずそちらへ顔が向いた。
やっぱり。
たーくんが前を向いてくれているからいいけれど、私を見ていたら、間違いなく……唇が触れてしまう距離しか残っていない。
「ここにいる連中は、どいつもこいつも自分らの世界しか持っちゃいねーって」
「……そうなの?」
「そりゃそーだろ。なんでわざわざ、ふつーの知り合いと夜景なんぞふたりっきりで見にくンだよ」
訝しげに眉を寄せたのを見て、思わず納得。
……確かに、こんな時間にこんな場所までわざわざ来ないよね。
「…………」
どうりで、たーくんが『静かに』って囁くのかわかった。
……場違い、だもんね。
この雰囲気で、普通の声を出したりしたら。
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