「はよ」
翌朝。
いつものようにテーブルへ朝食の用意をしていると、リビングからたーくんが入って来た。
きちんとセットされた髪に、しっかり締められているネクタイ。
さすがの彼らしく、シャツとの色合いも絶妙だった。
「ふぁ……ん……おはよう」
「なんだよ、珍しいな。お前が寝不足なんて」
思わず、欠伸が先に出た。
情けないあいさつに、彼は意外そうな顔をしながらダイニングのテーブルにつくと、スープをひと口。
「…………」
「……ん?」
「……お前さ」
「え?」
「もしかして…………いや、なんでもない」
「なぁに?」
「……いや。多分…………あー、そうだよな。わかった。みなまで言うな」
「もう。どうしたの?」
欠伸をもう1度したところで彼を目が合い、しげしげ見つめられてから……なぜか首を振られた。
…………覚えてる、でしょう?
だって、私がこれだけ眠たいのは……たーくんのせいでもあるんだから。
「……いや……半分くらい夢かもとは思ったんだけどよ」
「夢?」
「そ。……でも…………あー、なるほど。どうりで」
「? なぁに?」
「だから、なんでもねぇって」
……なんでもないって顔じゃないけれどね?
とは思うものの、じぃっと見つめてみるだけで、もちろん口には出さない。
だって、あれは私だけの内緒の楽しみなんだから。
……んー……。
今回だけは、ちょっと“楽しみ”から逸脱してしまった気がしないでもないけれど。
「……あ。そういえば、たーくん」
「あ?」
「昨日、散々『クレモア』に連れてってくれるって言ってたけど……本当に行くの?」
「ごふっ!?」
お茶碗に盛ったご飯を彼の前に置くと、もう少しで飲んでいたスープを吹き出すところだった。
……もう。
シャツにシミができちゃうところだったでしょう?
せっかく替えたんだから、気をつけないと。
「……は!?」
にこにこ笑いながら、心の中でゆっくりたしなめる。
だけど彼は、まったくワケがわかってなさそうな顔で口をぽかんと開けた。
「なっ……おま、なんで? は? なんで知ってんの?」
「……ないしょ」
くすくす笑って人差し指を唇に当て、何事もなかったかのように、カウンターに置いておいたベーコンエッグを手に戻る。
まじまじと私を見つめているのは、いかにもってくらい、バツの悪そうな顔。
……それはそうだろう。
だって、『クレモア』っていうのは、私が散々『いらない』と言って反対した、菊池先生御用達の新しいホテルの名前なんだから。
……行ったことないのに、人にオススメできるくらいの情報を持ってしまった。
なんだか…………いけないことを吹き込まれた気分。
…………。
や、もちろんいけないことであるとは思う……けれど。
「ん?」
「……誰に聞いた」
「え? たーくんだけど?」
「っ……ンなワケあるか!」
「ホントだよ? 昨日の夜、教えてくれたじゃない」
「…………はァ!?」
一生懸命考えている彼を見て笑っちゃうっていうのは、やっぱり……イイ性格とは言えないよね。
でも、なんだかやっぱりかわいく見えて。
うーん。
もう少しかかりそうだなぁ。
……もしかしたら、思い出せないかもしれないけれど。
「ね。ごはんにしよう?」
腕を組んで椅子に思いきりもたれていた彼の前に座り、にっこり微笑む。
すると、やっぱり腑に落ちないように眉を寄せていたけれど、しばらくして、お箸を手に取った。
――……この日。
彼にたびたび『どこまで知ってるか』を聞かれたのは……言うまでもない。
私にとって、何よりも嬉しい、何よりも特別なもの。
それが、これ。
彼が私だけに持って帰って来てくれる、特別な……だけど、決して高いものじゃない、それでいて価値の高いもの。
ありきたりと言われるかもしれない。
ありふれてると言われるかもしれない。
……それでも、私にとっては特別。
彼だけに貰える、彼にしか貰えない、大切なお土産だから。
…………でも、こういう“特別”は、たまにでいいかな……。
彼にしてもらえるお話だけでも、私は十分すぎるほど楽しいし嬉しいから。
………………。
……えっと……あの、ね?
もちろん、ああいうふうに…………普段は見れないような彼に触れてもらえるのも、それはそれで嬉しいんだけれど。
2007/5/21
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