「っ……」
「……はー……あっちぃ」
 彼の部屋へ入った途端、ぐいっと片腕で引き寄せられた。
 いつもより煙草の匂いが強い。
 ……ううん。
 それだけじゃなくて――……お酒の匂いも。
「っ……あ……」
「ここ。……すげぇ気持ちよくなるツボらしいぜ」
「え……? っ……ん!」
 耳たぶの後ろ……とでも言えばいいのかな。
 つつ、と彼の中指が耳たぶをなぞり、少しへこんだ場所を押した。
 ……でも、あの……ね。
 ツボとかどうのっていうよりも、彼の声が耳元で聞こえているほうが、よっぽどヘンになってしまう要素を多く含んでいるけれど。
「……まぁもっとも、普段から感じやすいお前に使ったら――……どうなる?」
「や、あっ……たー、く……!」
「……いい声だ」
「ッ……」
 耳元で吐息交じりに囁かれ、ぺろりと耳たぶを舐められる。
 いつもと……全然違う。
 ぞくぞくして、身体から力が抜けそう。
「はー……ウマそ」
「や……だ、たーくん……っ」
「なんだよ。……俺を拒む気か? お前」
「っ……」
「……つーか、いっつもウマそうな匂いさせすぎなんだよ。お前は」
「は……や、ぁ……」
 ちゅ、と首筋へ彼の唇が滑り、身体を押そうとしていた手を簡単に掴んだ。
 ベッドへ膝から倒れるように押され、前のめりに崩れ――……る寸前で、彼が支えてくれる。
 ……支えて……くれてる……?
 …………ううん、違う。
 これは――……間違いなく、彼に……。
「ぁ……っ」
「……は……やらけぇ」
「やだ、も……ぅ」
 後ろからのしかかるように体重をかけた彼が、胸を手で包んだ。
 やわやわと手が動き、何かを探るように指先がさまよう。
 思わず両手をベッドへついて身体を支えるものの、彼の動きはやまない。
 もちろん、体重も……ううん。
 さらに、押さえつけるようにもたれられ、身動きが取れない。
「ひゃ……あ、ぁ……っ」
「……ここがイイんだろ……?」
 ボタンを外して直に手を忍ばされ、指先が輪郭をなぞるように胸を弄る。
 吐息が熱くて、お酒くさくて……もう、なんて人なんだろう。
 くっく、とときおり喉から笑う声が聞こえるたび、ああ、今は遊ばれてるんだな……と思ってしまうと、どうしようもない気持ちになるのに。
「っ……!」
「……葉月」
「や……だ、なに……?」
「気持ちいいだろ?」
「な……っ」
 自分の名前なのに、いつもは絶対に聞かないような呼ばれ方で、ぞくりと背中が粟立つ。
 ……まるで、心底から渇望されてるかのような囁き。
「っ……」
「……は……」
 短く笑った彼が、するりと撫でるようにズボンをショーツごとひき下ろした。
 両手と膝をベッドへついている格好。
 ちょ……っと待って。
 だって、こんな格好じゃ……!
「んっ……!」
「……えろい」
「や、だっ…………たー、く……がっ……」
 長い指先が、足を伝って秘所へ触れた。
 途端、くちゅりと濡れた音が響き、身体がわずかに震える。
「あ、……ぁ……っ」
 耳にかかる吐息が熱くて、今の彼が酔っていることが十分伝わってくる。
 なのに彼の指は明らかな意思を持って動いていて。
 ……もう……どうして今日は、いつもと違うの?
 漏れてしまう声をどうすることもできず、むしろ声が漏れるたびに彼が楽しそうに笑うような気がして、本当に“どうしよう”という想いしか浮かばない。
「んっ……!」
「……は……えろい」
「もぅ……っ……さっきから、そればっか、り……」
 きゅ、と指先で胸を弄った彼が、背中へべったりと胸を付ける格好で笑った。
 するりと脱がされたパジャマはすでにベッドの端へ放られていて、私は……何もつけていなくて。
 なのに、たーくんはネクタイこそ外したものの、帰ってきたときと同じ、ワイシャツにスラックスという格好。
 ……やだ、もう。
 これじゃあ、私ひとりだけが乱れてどうしようもなくなってしまっているみたいだ。
「祐恭より俺のほうが好きだろ?」
「え……?」
「……何かっつーと、祐恭祐恭って……俺をもっと大事にしろよ」
 ぎゅう、といきなり彼が私を抱きしめた。
 耳元で囁かれた言葉。
 それは――……いつも聞くことのできない、彼の本音……なんだろうか。
「……お前の好きなやつは誰だよ。……俺だろ? だったら……もっと俺を大事にしろ」
「たーくん……」
 いつも……ううん。
 お酒を飲んでないときには、絶対に彼から聞けないようなセリフ。
 ……だから……特別なの。
 飲んで帰ってきた彼をひとりじめできる、この時間が。
「ん……っ!?」
「……お前は、俺だけで感じてりゃイイ」
「ぁ、あっ……ん……! んんっ」
 中を探るように指が這入り、濡れた親指が花芽を撫でる。
 どうして、いつもと違ってこんなに言い方が……えっちなんだろう。
 それもやっぱり、お酒を飲んでるからなのかな。
 今までは、飲んで帰ってきてもこんなふうに私へ触れることはなかった。
 大抵、話すだけ話して眠ってしまう……それが、常だったのに。
「はー……もう無理」
「ん……え……?」
「這入る」
「……っ」
 指を引き抜いた彼が、身体から離れた。
 ベッドへ手を伸ばし、引き出しから包みを取り出す。
「そのままでいい」
「え……?」
「……今日は違うこと教えてやる」
「っ……」
 封を切った彼が、ベッドへ足を崩して座った私を見てから指を舐めた。
 ……その、顔。
 もう…………本当に、なんて顔するの。
 まっすぐに目を見てしまい、ぞくりと身体が震えて俯くしかできない。
「あ、え……っ……えっ?」
「そのまま前向いてろ」
 支度を終えたらしい彼が、私の背中に手を当てた。
 だけど――……するりと撫でた手は、私と先ほどまでと同じ格好に導いて。
 ……え……?
 だって、いつもと違う……よね。
 両手と膝をベッドへつくように促されている今、これじゃあ……さっきまでと同じ姿勢になってしまう。
「っ……え……!!」
「……いいな?」
「や、ちょっ……待って! たーくっ……」
「いいからそのままでいろ、って」
「え、えっ……んん!?」
 ぐい、と頭を下げるように首を押さえられ、必然的に腰が――……上がった途端、彼が一気に中へと這入ってきた。
「やぁあっ……あ、ん!」
「っは……キツ……」
 撫でるように背中へ這わせた手を腰へ当て、ゆっくりと……彼が動き始めた。
 ゆるゆると送られる律動は、いつもと違って、かなりきつい。
 なんていうか、もう……密着しすぎていて、ちょっと苦しいくらい。
 ……でも、ときおり聞こえる自分じゃない吐息に、小さく喉が動いた。
「……あー、すげ。……征服感がハンパねぇ」
「あ、ぁっ……ん……っ」
「お前、背中もキレイだな」
「やだ……もう、な、っ……ぁあ……」
 まるで、動物か何かみたいな格好の今、だからこそ恥ずかしさが強い。
 いくら部屋の中は真っ暗だとはいえ、外からの薄明かりが窓から差し込んできてはいて。
 ……それに……この、濡れた音。
 淫らな行為を嫌でも示していて、どうしようもなく自身が煽られていく。
「あぁっ……ひゃ……!」
「……は……相変わらず……イイな」
 指先で胸を弄った彼が、先ほどと同じように背中へもたれた。
 途端、角度がきつくなり、苦しさを覚える。
 だけど……聞こえるの。
 たーくんが、小さく笑う声が。
 それはそれは――……とてもやらしくて、だけどとても嬉しそうな声、が。

「恭介さんより俺の前で笑え」

「っえ……?」
 はぁ、と大きく息を吐いた彼が、ぼそりと呟いた。
 今の今まで喋っていた声とは、まるで違う。
 ……やだ。
 これはまるで、いつものたーくんみたいだ。
「お前は、恭介さんとべたべたしすぎなんだよ……」
「……私……?」
「そう」
 ……お父さん……?
 突然の人物に、身体が反応する。
 だけど、当然彼もすぐに気づいたらしく、小さな舌打ちが聞こえたような気がした。
「っ……!」
「……俺の前じゃこんなえろいクセに」
「や、だっ……たーくん……!」
「恭介さんは何も知らねぇんだぞ? ……大事な大事なお前が、こんなことされてるとか……」
「た、く……っ……ん、んんっ!」
「ここが弱いとか……っ」
「やぁ、あっ……は、ぁっ……ん!」
「……よがってるとか……ッ」
「あぁ、ああっ……たぁく……んっ」
 ぐい、と突き上げるように腰を動かされ、勝手に自身が彼を締め付ける。
 それでも、たーくんは苦しげに息をつきながら、いつもの彼からは聞けないようなセリフを零し続けた。
「ん……っ」
「恭介さんといるときのお前は、なんか……ズルいんだよ」
「え……ずる、い……?」
「……すっげぇ嬉しそうで、幸せそうで…………俺だってお前を幸せにできる」
「っ…………た……くん……」
 いつもの彼からは聞けないような、お父さんに対する言葉。
 口調が、いつもの酔ったときの彼とは違っているからこそ、酔いが醒めたかのようでどきりとする。
 だって……だって。
 こんな嬉しいこと、直接言ってもらえるなんて思わなかったんだもん。
「今度は俺の番だろ……? 恭介さんにはできないこと、俺がしてやるから」
「……っ……」
「……お前にこうして触れるのは、俺だけだ。……ほかの誰でもない」
「ん! ぁ、あっ……」
「祐恭でも、恭介さんでもない…………俺だけだ」
「……たーくん……」
「…………もっと」
「え?」
「もっと俺を欲しがれ」
「っ……!」
「俺じゃなきゃダメだって……俺だけが欲しいって…………そう言えよ」
 ――……葉月。
 両手で胸を包んだ彼が、ひどく愛しげに名前を呼んだ。
 ……私の名前。
 お父さんとも違う、独特の呼び方。
 そう。少しだけ、イントネーションが違うっていうか……吐息が含まれてるから、なのかな。
 耳にするだけで、顔が少しだけ赤くなりそうになる。
 ……だって、本当に優しい呼び方なんだもん。
 ひどく愛しむかのような声音に、いつだって胸の奥が震える。
「お前の1番は俺にしろ。じゃなきゃ……俺の1番もやらねぇからな」
「っ……」
「……わかったら返事」
「あ…………ん、わかった……」
「よし」
「っ……!」
 満足げに笑った彼が、再度両手を腰に当てた。
 つかむように身体を固定し、そのまま――……深くまで律動を送り始める。
 途端、響く淫逸な音。
 それに伴う――……自分の嬌声。
 だけど、たーくんは『もっと』と続けた。
 ときおり笑いを含んだような、甘い声で。
 そして…………普段は聞かないようなセリフを。
「あ、あっ……あぁ、や……ぁん!」
「っは……まだイクな……」
「だ、って……ひぁ、あん……っふ、あ……」
「……まだだ。も少し……ッ……は」
「あん、んっ……ふぁ…………ぁあ」
 きゅ、と花芽を指でつまむようにされ、びくんと身体が勝手に震える。
 息が上がって苦しいのに、身体に注ぎ込まれる快感は……もっと欲しくて。
 ……ああもう、私……本当にえっちになってしまったのかもしれない。
 その原因はもちろん――……たーくん、に違いない。
「ああ、あっ……や……も、だめ……っ」
「っく……まだ、あとちょっと……」
「だって……ぁ、ああっ……だ、てぇ……っあん!」
「……っは……イイ声……」
 律動が早まり、濡れた音がさらに大きくなる。
 それでも彼は力を弱めることなく、まさにぴったりと身体を密着させたまま荒く息をついた。
「やぁ、ああっ……ああ!」
「っく……イっていいぞ……!」
「ん、んぅ……っ……あ、……い、く……っ……いっちゃ……!」
「…………っは……えろい……」
「やぁ、も……っあぁ、あああっ……!」
 決定的だったのは、彼の声。
 苦しげに息をつかれ、身体の奥が震えた。
 びくびくと秘所がひくつき、彼を強く締め付ける。
 だけど、それと同じくらい身体の中で果てを迎えた彼自身が乱れているのがわかり、ぞくぞくと言いようのない嬉しさのような感情もこみ上げた。
「は……ぁ……」
 ず、と音を立てて身体を離された途端、崩れるようにベッドへ両手を付く。
 ……熱い……だけじゃない。
 苦しくて、だけど……嬉しくて、顔が緩む。
 …………もう。
 こんな夜になるなんて、思わなかったのに。
「…………」
「……あ?」
 はぁ、と肩で息をしてからゆっくり身体を起こし、ちらりと彼を見てみる。
 すると、手早く処理したあとで、なぜかもうひとつ目の封を切ったのが見えた。
「……え……?」
「何が」
「な、にって……」
 ごくり。
 まだまだ静かになりそうにない鼓動が耳について離れないのに、平然とした顔のたーくんは、自身に纏わせてから……なぜか私に手を伸ばした。
 反射的に後ずさり、緩く首を振る。
 だけど、すぐにベッドの棚へ背中が当たり、ひんやりと冷たい感触が伝わってきた。
「っ……!」
 たーくんが何も言わずに両手をベッドへつき、ぎし、とベッドが軋んだ。
 すぐ、目の前。
 ここで小さく笑われ、こくん、と喉が動く。
「……今日はもう1回シてぇ気分だ。……付き合えよ」
「や、えっ……えぇ……!?」
 思わず口元を手で覆うものの、彼の目が笑ってないのを見てしまい、いきなり不安になった。
 え、あの……たーくん、今って酔ってるの? それとも酔ってないの?
 さまよっていた腕が簡単に捕らえられ、ごくりと喉が鳴った。
「っきゃ……!」
「クレモアってホテルにはな、大人のためのグッズがやたら多いらしいぜ」
「……えぇ……っ?」
「しかも、フツーは販売メインなのに、そこは部屋ごとに“サンプル”があるんだとよ」
 くく、と喉で笑った彼が、今度は私を組み敷くように上へきた。
 目の前がかげり、両手首を押さえつけたまま、しゅるりと音を立てて頭の上へと纏め上げられる。
「や……っ」
「……ヤバいくらい濡れるクリームもあるって話だ」
「やだ……たーくん……」
「ヤダ、じゃねぇだろ? ……いつだって俺には『うん』って言えよ」
「っ……たー……くん……?」
「……今度試しに行こうぜ」
「ッ……!」
「ま、ただでさえ濡れやすいお前が使ったら……相当ヤバいことになンだろーけどな」
「ひゃ……あん!」
 つつ、と中指で首筋から鎖骨、胸……そして秘所へと触れた彼が、最後に顔を近づけて笑った。
「んっ……!」
 かと思いきや、顎を捉えられたまま口づけられる。
 いつもより強い煙草の匂いと、お酒特有の香り。
「んん、ん……ふぁ……んっ……ぅ」
 なぶるように口づけられ、これだけで酔ってしまいそうだった。
「…………は……ぁ」
 ちゅ、と音を立てて離れた唇。
 だけど、目の前できれいに笑った彼は――……そのまま口角を上げた。
 それだけじゃない。
 まるで『いいか?』と言わんばかりに、少しだけ首もかしげる。

「教えてやる」

「っ……」
「だから、最後まで付いてこい」
 ――……俺に。
 ぼそりと耳元で呟かれた言葉は、どうしようもないくらい彼の色香を纏っていた。


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