「さっきは、ごめんなさい。……“祐恭さん”って、言わなくて」
 彼の髪をすきながら呟くと、意外そうに目を丸くしてから小さく笑った。
 ……やっぱり。
 彼は本気であんなこと言ったわけじゃないんだよね。
 ただ単に……試したかったとか、そんな感じなのかな。
 それとも、紗那さん曰く『気を引きたいのよ』かもしれない。
「…………」
 私にもお兄ちゃんがいるから、ふたりの話を聞いていて、そういえば……って身に覚えのあることが多かった。
 もしかしなくても、あのお兄ちゃんはお兄ちゃんで、ガマンしたことも沢山あったんだろうなぁ、って。
 ……そして、私はそれを知ることなく過ごしてきたんだろうなぁ、って。
 祐恭さんとお兄ちゃんとは全然タイプが違うけれど、それでも、同じ“兄”で。
 妹である紗那さんの言葉を聞きながら、ちょっとだけそんなお兄ちゃんに感謝にも似た想いが芽生えたりした。
「……じゃあ、にんじんと俺。どっちが好き?」
「え?」
 唐突な質問に目を丸くするものの、じぃっとまっすぐ見つめられ、まばたきを何度か。
 ……本気の質問?
 思わず首をかしげそうになりながらも、当然の答えを出す。
「もちろん、祐恭さんですよ?」
「じゃあ、プリンと俺は?」
「……祐恭さん、です」
「それじゃ、テレビを見てるのと俺とは――……」
「もぅ。どうしてそんな質問ばかりなんですか?」
 明らかに、ふざけて……というよりは、答えがわかりきっている質問に思わず笑うと、いきなり、表情を変えた彼が目を合わせて口を開いた。

「もっと俺をかまってよ」

「っ……」
「俺を見て。……俺ばっかり考えて、俺だけでいっぱいになって」
 身体を起こした彼が、ひたり、と目の高さを合わせながら頬に手を這わせた。
 鼻先が付く距離。
 吐息と一緒に熱が伝わってきそうで、鼓動が速くなる。
「……ずるい、です」
「何が?」
「そんなふうに言われたら……うん、ってしか言えないじゃないですか」
 つい唇をとがらせながら眉を寄せると、それはそれは楽しそうな顔を見せた。
 頬から髪へと動いた手が、さらりと髪をすくう。
「そう言わせたいんだから、しょうがないだろ?」
「……もぉ」
 くすくす笑った彼が瞳を細め、ゆっくりと唇を合わせた。
 軽く吸われ、舌先で舐められる。
 目を閉じ、なかば口づけに翻弄され始めていると、背中に手を回した彼が、今度は私を床へと横たえた。
 さっきまでとは違い、彼が光を背負う形。
 眼鏡がないせいか、彼の表情がいつもと違うように見える。
 笑っているのか、それともいたずらっぽく何かを考えているのか。
 はっきりとしたラインが引けず、だからこそ次に彼がどう動くのかわからなくて、余計にどきどきする。
「羽織」
「っ……」
「俺のこと、好き?」
「な……っ」
 いつもとは全然違う声で名前を呼ばれただけでもどきどきして苦しいのに、目を合わせてそんなことを言われ、思わず口をつぐむ。
 どう、言われたいんだろう。
 ……好きですって言えば、満足……じゃないんだよね。きっと。
 床に手をついて私を見下ろす彼に思わず手を伸ばしてしまい、どこを触れていいか一瞬悩んで――……彼と同じように頬へ触れる。
 指先が頬に触れた瞬間、温かさと滑らかさに、つい笑みが浮かんだ。
「……すべすべですね」
「それは言っちゃいけないセリフなんだけど、知らなかった?」
「え? そうでした?」
「そうだろ。……ったく。負の記憶が蘇る」
「負? ……あ。学祭の――」
「黙ったほうがいいんじゃないかな」
「っ……ごめんなさい」
 ものすごく嫌そうな顔をした彼が、親指を唇へ当ててきた。
 そこで初めて、踏んではいけないモノを踏んだんだと思い知る。
「っ!」
 くい、と音も立てずに顎をとられ、口づけられた。
 彼の頬から離れた手がさまよい、肩にたどりつく。
 いつもなら、シャツの感触が心地いいのに、今はそうもいかない。
 入りこんだ舌が口内を撫で、角度を変えて何度も口づけられる。
 聞こえるのは、布がこすれる音と、自分の喉から漏れる……情けない声。
 ……そして、濡れた音。
「っ……はぁ」
 ようやく解放されて彼を見ると、すぐここで満足げに笑った。
 惚けた顔をしている自分が、彼に丸わかりなのは間違いない。
 口角を上げ、もう1度今度は唇を合わせるだけのキスをした彼を見て、思わず眉が寄る。
「……もぉ」
「何?」
「苦しいです」
「何が?」
「……胸が」
「ふぅん?」
 自分じゃなくて、彼の胸の真ん中へ手のひらを当てると、くすくす笑いながら彼も手を重ねてきた。
 とくん、とくん、と伝わる鼓動。
 ほかに音のない部屋のせいか、なんだかすごく特別なことをしているように感じる。
「……? なんですか?」
 はぁ、とやっとの思いで息を吐いた私を見ながら、彼が意味ありげに笑った。
 『いや』と軽く首を振るものの、絶対に何か考えてるに違いない。
 ……うぅ。
 この体勢、なんとかならないだろうか。
 ハタから見たら、きっと『昼間から何を!』と言われてしまうに違いない。

「俺でいっぱいになった羽織を見てるのは、楽しいよ」

「っ……な……!」
 ふ、と目の前で笑われ、かぁっと頬が一層熱くなった。
 目を丸くした私を見て、さらにおかしそうに笑う。
 ……うぅ。なんだか、とっても悔しい気分。
 だけど――……そんな彼を見ていると、つい、先ほど紗那さんと涼さんに言われた言葉が蘇って、自然と笑みが漏れていた。
「……もぉ」

『お兄ちゃんはね、羽織ちゃんのことが、大好きすぎてどうしようもないんだよ』

 私と彼のふたりを知っている人にそう言ってもらえることが、私にとって何よりも大きな自信になる。
 くすくす笑いながら、また、私の髪を撫でてくれた彼の頬へ手を伸ばすと、指先が触れた途端彼が柔らかく微笑んだ。


2012/2/16

Happy Birthday あさふんさん!!
ステキなお誕生日をお過ごしくださいませ♪
そして、どうかこの1年もまた、ステキな年でありますように!
おめでとうございます(*´∀`*)
あー。
なんかこう、かなりリハビリになりました(笑
そして、押しつけてごめんなさい……(ノД`)
おかしいな。なんか、予想より祐恭がおとなしい……!
ひぃ! 申し訳ないっ!

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