まどろむ、心地よい時間。
それを一緒に過ごしたあとで、ふたりだけの夕食を食べた。
他愛ない会話をして、だけど、沢山の感情がそこにはある。
笑い声も、笑顔も、そして……愛しい気持ちも。
一緒にいるから、得られる沢山のモノ。
そのことを私は誇りに思わなきゃいけなかった。
満足しなきゃいけなかった。
変えようだなんて――……思っちゃいけなかったんだ。
きっとそれは、人としての摂理に反すること。
だって、人ひとりの人格を変えるっていうことは、今後のその人の人生すべてを変えてしまうことになるんだから。
「…………」
深夜。
……多分、そうなんじゃないかという時間帯。
綜に『おやすみ』を言って、思ってもなかった『おやすみのキス』を貰って、一緒にベッドに入った。
最初は、繋いでいた右手。
だけど、今は随分と時間も経ったんだろう。
綜の左手は、彼の胸の上にあった。
どうしても寝付けなくて、何度も目が開いた。
そのたびに、真っ暗で何も浮かんでいない空間だけが目に入る。
……今は、何時頃になるんだろう。
何度もそう思ったけれど、手元には時計も携帯も置いてないから、ハッキリとしたモノはわからない。
……………でも。
「…………」
そっとベッドを下り、素足のままでぐるりと反対側まで歩く。
目の前にいるのは、静かに眠っている綜。
ベッドに手を付いてからしゃがんで、床に膝をつけると、ひんやりした冷たさが伝わってきて、、今の時間を現実だと言っていた。
……あのときと同じ。
今が何時かわからないけれど……昨日、こうやって同じように座ったときと。
「…………」
暗闇に慣れている目のお陰で、綜の表情がなんとなくわかる。
姿勢正しく仰向けのまま、安らかな寝息を立てている綜。
その顔は、今日1日見ていたものよりも、ずっと穏やかで優しかった。
「……綜……」
起こすつもりはない。
だからこそ、微かな声で囁く。
これからするのは、お願いでもおねだりでもなく、個人的な理由による懺悔。
できることなら――……ううん。
お願いだから、どうか絶対に……決して、彼の耳に入ったりはしませんように。
そして、願わくばどうか彼の記憶にも残りませんように。
今日という、ある意味特別な1日が。
……どうか。
どうか……お願いだから。
もう一度、私にチカラがあるならば――……どうか。
「……もういいから……もう……優しい綜は、やだよぉ……」
きゅっと唇を噛み、緩く首を振る。
昨日の夜に願ったこととは、まさに正反対。
だって、あのときほど『綜が優しくなるように』なんて願ったことなかったもん。
……でも、それこそが間違いだったんだ。
綜は、いつだって優しかったのに。
なのに、勝手に『優しくない』って決めつけてたのは、私。
だって……綜は私に対して何かを許さなかったことなんて、これまでなかったんだもん。
べったりと抱き付いていても、そう。
見た目が悪いごはんを出したときも、そう。
彼はいつもどんなときでさえも、ひとことだって文句を言わなかったのに。
「……そぉ……」
もういいの。
今日1日で、沢山沢山気付いたことがあったから。
だからもう、優しい綜はいらない。
……ううん。
何事に対しても、『すぎる』綜は。
「綜……明日はまた……いつもみたいに、起きて」
朝ごはんなんて作ってくれなくていい。
優しく微笑んでくれなくてもいい。
だから……、だから……っ。
「綜がいいよぉ……!」
涙が滲んだ瞳を閉じると、苦しい気持ちがこみあげてきた。
私のせいだ。
私のせいで、綜が……。
だからどうか、神様。彼を元に戻してください。
私には、特別な力なんてなくていい。
だから……明日また朝が来たら――……彼が、私の知っている彼でありますように。
「…………」
ベッドに両腕を乗せて綜を見つめると、昨日と同じ安らかな顔が見えた。
今日のこのことも、悪い夢でありますように。
彼にとっても――……私にとっても。
…………確かにまぁ……私にとっては、イイ夢だったと言える部分もあるけれど。
「……ぅ……」
ずきん、と足が痛んだ。
……痛い。
ということは、言わずもがな――……頭が起きてる証拠。
「……むぐっ……ぅ!」
身体を動かそうとすると、肩や背中が悲鳴をあげた。
……って、なんか……デジャヴかしら。
それとも、今日は――……。
「…………あれ?」
朝。
ちゅんちゅんと呑気な鳥のさえずりが聞こえてるから、間違いない。
朝だ。
………でも。
「…………」
この朝というのは果たして――……いったい、いつの朝なんだろうか。
「ん?」
格好といい、着てるパジャマといい……。
…………。
もしかして…………アレは、夢?
「…………あれ?」
ぽりぽりと頭を掻くと、少し離れた場所から、テレビの音が聞こえているのに気付いた。
……テレビ。
や、ちょっと待って。
なんか……そんな光景を、夢でも見たような……。
「…………」
ゆっくりと立ちあがり、寝室からリビングへと顔を出す。
――……と。
「……随分といい身分だな」
ものの3秒も経たないうちに、鋭い声がまっすぐ飛んできた。
「……え?」
「今何時だと思ってる。朝メシの支度もしない上に、ヘンな場所で寝やがって……。夢見の悪さはお前のせいか」
「…………綜」
腕を組み、冷たい顔で瞳を細めている彼。
その彼こそは、間違いなく――……。
「綜……ッ!!」
思いきり名を呼び、駆け寄る様に足を動かす。
すると、思いのほか早く目の前に彼が来た。
「綜っ! 綜、なんだよね?ホントに……!」
「……は?」
「っくぅ……!! これこれっ! コレよ、これー!!」
冷たい顔で、心底馬鹿にしたように眉を寄せる。
これぞまさに、芹沢スタイル。
申し分ないほどカンペキな、負の印象。
「うわーん!!」
「っ……!」
「よかったよぉ……っ……綜っ! 綜ーー!!」
「な……んだお前は……。……っく……重たいだろうが……!」
「だってだって! 綜がっ……綜が……ああもうっ! とにかく、ホントによかった!!」
がばしっと跳びつくように抱きつくと、バランスを崩した途端にソファへ倒れ込んだ。
でも、気にしない。
なんか、ちょっとだけ機嫌悪そうにひっぺがそうとされてるけれど、でも、尚も気にしない。
……だって、だって……!
これこそ、私が求めてた綜なんだもん!
あああああもうっ……!
もう、もう、ホントによかった!
やっぱり綜は、こうでなくちゃ。
あんな夢みたいに、にこにこ笑って自ら行動を起こすような人じゃないんだもの。
むしろ、少しくらい手を焼いたほうがいいってもんじゃない?
カンペキなんて、楽しくない。
「綜ーーっ!」
「っく……! 馬鹿、よせ!」
「いいじゃない、今だけなんだからっ!」
「しつこいぞ!」
ぐいっと身体を押されたけれど、でも、今だけは何も気にしないことにする。
とにかくもう、私のやりたいようにさせて。
綜はわからないから仕方ないとは思うんだけど……でも、今は黙ってお願いだからどうか。
「……はぁっ……やっぱり、現実がいちばんよね!」
無理矢理しがみついたまま大きく呟くと、満面の笑みが浮かぶ。
だって、仕方ないじゃない。
やっぱり私は、ありのままの彼が好きなんだから。
いつだって……なんだかんだ言いながら、結局は許してくれる……彼のことが。
……それにしても、夢って結構リアルにできてるのね。
でもまあ『自分に都合いい』っていうのは、確かに納得。
いろんな意味で、身をもって実感した気分だし。
――……なんて、綜にべったりとのしかかったままの私は呑気に思ってた。
『あれは夢だった』と、確かな証拠もないのに……確定して。
だから、ベッドの棚に朝日を受けて眩しいほどきらめくネックレスがあるなんてことには――……まったく気付きもしなかったのよ。
……ちなみに。
それを発見したのは夜、ベッドに入ったときだったことも付け加えておく。
2007/5/4
Celineさんに頂いた、1433341hitのお題
『優しくなった綜』の話でした(*´▽`*)ノ
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