もしかしたら、よくなるんじゃないか。
 そんなことを思って、毎日過ごしていた。
 ……そう。
 俺はただ、毎日を過ごしていただけだった。
 何も考えず、何かを変えようともせず。
 ただ、なあなあで。
 ……諦めとは違うモノを、ずっと最初からしてしまっていた。
 ――……あのときも、そう。
 彼女が去ったあとを、俺はただ眺めるしかできなかった。
 追うことはできない。
 なぜ?
 そんなモノは当然だ。
 ……俺には資格がないから。
 1度ならずつけた傷を、さらに深くえぐった。
 誤解だと声高に主張したところで、それがなんの意味を為すのか。
 彼女があのシーンを見て、傷つき、そして去った。
 だからこそ……俺に弁解の余地はない。
 絵里ちゃんや、葉月ちゃん。
 普段、彼女のそばにいるあの子たちにまで、間違いなく誤解されただろう。
 見限り、とでも言えばいいか。
 ……もう、恐らくほかには見つからないし、断たれたんだ。
 彼女へ繋がるための道は。
 これまでは、どこかで自惚れ、そして軽く考えていたんだと思う。

 彼女は、俺を好きでいる。

 そんなある意味絶対的シードからのスタートだったから、そこまで深く考えていなかった。
 ……だから、今。失って初めて気付く。
 俺がこれまでどれほど彼女という存在に、そしてその力に、救われていたのかということを。
 何もしていなくても、見せてくれた笑顔。
 何をしなくても、俺を想ってくれた彼女。
 ……そう。
 俺はこれまで、ずっと『被害者』ヅラして、何もせずに甘えていただけなんだ。
 本当は、俺こそが人一倍努力しなければならなかったのに。
 本当は……彼女のためにだからこそ、真剣にならなければいけなかったのに。
 なのに、してきたことはすべて逆。
 彼女に甘え、すべてをゆだね、ただただ受身の姿勢を崩さなかった。
 だから、彼女に対してあんな浅はかなことを言えたんだ。
 結果的に傷つけてしまうようなことばかり、やっていたんだ。
 ――……だから。また、彼女を泣かせた。
「…………」
 今、俺にできることには何があるだろう。
 今さらになってそんなことを考え始めたが……本当に、今さら。
 今始めたところで、何も変えられるハズないのに。
 彼女にあれほどの悪い印象を与えたんだ。
 アレこそ、彼女にしてみれば裏切りに違いないだろう。
 ……そうだよな。
 何を言ったところで、もう――……。
「瀬尋先生」
「っ……」
 そんなときだ。

 俺の前に、彼女が再び現れたのは。

「………………」
 すでに16時を回った夕方。
 そんな時間にもかかわらず、俺はひとり、自宅とはまったく違う方向へ車を走らせていた。
 なぜ、こんなことをしようと思ったのか。
 それは……正直言うと、俺にもよくわからない。
 ただ、ひとつだけ。
 彼女の、あの言葉が恐らくは俺を突き動かしたんだろうとは思う。

 『行動で示さなきゃ、大事なものをなくしちゃいますよ』

 どこかで聞いたことがあるような言葉。
 特別な単語など並んでもいない。
 ……なのだが……なぜか。
 その言葉で、目が覚めたような感じがあったから。
 だから今、俺にできることを……いや。
 自分が、したいと思うこと。
 それをするためにひとり、仕事を早く切りあげて車を走らせていた。
 向かうのは、1箇所なんかじゃない。
 もっと、沢山。
 ……できれば、明日までには帰りたいところだが……。
「…………」
 明日も当然、平日。
 普通に講義もあれば、まだ先まで続く実験もある。
 ……ただ、それでも。
 週末まで先延ばしにするようなわけにはいかないと思った。
 考えもしなかったし、何よりも……やはり、後悔するような気がしたから。
 これまでもそうだ。
 彼女を傷つけ、時に泣かせ。
 そのたびに、『どうしてこうなんだ』と思ってばかりだった。
 恐らく、以前までの自分ならそんなことはしなかったんだろう。
 それがわかるからこそ、どうしても……今の自分にできることを、したいと思った。
 それが彼女のためになるかもしれない。
 少なくとも今日のことは、間違いなく俺にとってのためには、必ずなるはずだから。
「………………」
 見えてきた看板で高速を降り、一般道を突き進むように車を走らせる。
 目的地までは、恐らくあと1時間弱。
 そこに行けばまた――……何かが、わかるはず。
 そんな期待をいつしか抱いていた自分に気付いたのは、それから少し経ってからだった。


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