「っ……え?」
「羽織、いい顔するようになったね」
「……え……そう、かな?」
「うん。とっても」
いいこいいこ、とまるであやすかのように頭を撫でられて葉月を見ると、優しい顔で小さくうなずいた。
いい顔、かぁ。
いったいそれがどんな顔なのかは私にはわからないけれど、でも、そう言われて嬉しいのは確か。
そのせいか、うなずくと同時に私にも笑顔が戻っていた。
「……あ」
「何してんだよ、お前らは」
「ごめんね。ちょっと休憩」
「……ったく」
大またで階段を上がってきたお兄ちゃんが、こっちを見てすぐに瞳を細めた。
すごい怖い顔。
他人だったら、間違いなく逃げてる。
……だけど、そんなお兄ちゃんに『お前な』と迫られてもまったく動じずにこにこしている葉月を見ていたら、小さく笑いが漏れた。
葉月も変わったんだ。
このお兄ちゃんと一緒にいることで、得たものがあるから。
……そして、お兄ちゃんもそう。
葉月といることで得たものがあるから、私が知らないことのほうが増えたんだ。
「ったく。男ふたりであんなプール行ったって、すんことねーだろ。馬鹿か!」
「もう、そう言わないの。ごめんね、もう1回行こう?」
「……ち」
お兄ちゃんの隣へ小走りで戻った葉月が、彼の背中に手を当てて顔を覗き込んだ。
私に見せている顔と同じはずなのに、イコールじゃない。
そこには、すごくすごく彼を好きだという気持ちが表れているからか、とっても女の子らしいかわいい顔になっていた。
「行けそう?」
「……あ。大丈夫です」
祐恭さんが目の前まで来てくれてから、顔を覗き込んできた。
優しい顔。
私を気遣ってくれている――……大事な人。
「っ……」
「……ごめんなさい。ありがとうございます」
手を差し出してもらったわけじゃない。
だけど、彼の手を取って立ち上がる。
「……えへへ」
無理矢理にだけど、繋いだ手が嬉しくて。
少しだけ力を込めてから彼を見上げると、小さく笑ってから同じように握り返してくれた。
……好き。
大好き。
とっても好きな、大切な人。
彼がどんな人であっても、それだけは決して変わらない、揺るぎない自分の正直な気持ち。
…………だから、信じる。
彼を好きになった自分を。
彼に好きになってもらえた私を。
「……わ。ここもいっぱい」
ひと通り一緒に回ってからお土産屋さんへ向かうと、そこも沢山の人で混雑していた。
ぬいぐるみ、ストラップ、お菓子からおつまみまで、いろんなものが所狭しと置かれている場所。
とてもじゃないけれど、カゴなんか使ったら邪魔だと怒られちゃいそう。
「ちょっとだけ見てもいいですか?」
「ん? もちろん」
手を繋いだまま眺めていたんだけれど、ちょっとだけどんなものがあるのか興味が湧いてきて。
彼を見上げると、うなずいてくれてから小さく手を振ってくれた。
「……あ、おいしそう」
お土産の定番なんだろうか。
彼から離れてすぐのところにあった棚には、かわいいイルカのイラストがプリントされているチョコクランチが山のように積まれていた。
でも、おいしいし値段も手ごろだから、ちょっと渡すにはいいんだよね。これ。
そういえばこの間もお母さんが誰かから貰ったらしく、同じイラストの缶がリビングに置いてあったっけ。
「……沢山……」
ありとあらゆる、と言ったらいいだろうか。
いろんな生き物のぬいぐるみのそばには、なぜか『海人』と書かれたTシャツまで売っていた。
……商売ってそういうモノなのかな。もしかしたら。
確かに海のある県ではあるけれど、どうなんだろう。
なんて、ちょっとだけ思ってしまった。
「え? っ……わ。……もー、びっくりするじゃないですか」
「ごめん」
とんとん、と肩を叩かれて振り返ると、いきなり目の前にイルカのぬいぐるみがアップで現れて、驚くと同時に頬が緩んだ。
片手で尻尾を握っている祐恭さんが、そんな私を見て小さく笑う。
……もぅ。
その顔ちょっとずるいです。……かわいくて。
思わず、持っていたお菓子を戻しながら彼に向き直ると、ぬいぐるみを同じように戻しながら笑った。
「よかった」
「……え?」
「一緒にいてその笑顔が見られないのは、寂しいかな」
「っ……」
少しだけ苦笑を浮かべられ、思わず目が丸くなった。
と同時に、申し訳なくなる。
……私、ずっと笑ってなかったもん。
祐恭さんにとっては、間違いなく『どうして』だったに違いない。
謝らせてしまった人。
…………彼は何も悪くないのに。
「……ごめんなさい」
「どうして?」
「だって、せっかく一緒にいられるのに、あんな顔ばっかり……してて」
ずっとずっと、彼は思っていたに違いない。
でも、何も言わないでいてくれた。
ただ……私を気遣ってくれる、優しい言葉ばかりで。
「……っ」
「もう、あんな顔してないでしょ?」
「……うん」
「だから、いいよ。謝らないで」
あんな顔ってほどでもないけどね。
葉月がしてくれたのと同じように、頭を優しく撫でてくれた彼が小さく笑った。
そのまま肩に手を回され、私を後ろ向きにして引き寄せる。
「……forever mine」
「っ……」
耳元で囁かれたセリフ。
途端、身体が小さく跳ねる。
「……Yes,sure」
もしかしたら、文法的には間違ってる答えかもしれない。
でも……私には、これ以外の言葉なんて考えられなくて。
「模範解答だね」
「そうですか?」
「……うん」
呟いてから彼を見上げると、ふっと笑って私を引き寄せる腕に力を込めた。
「……えへへ。嬉しい」
「そう?」
「とっても!」
顔が勝手に緩んでしまい、慌てて頬へ手を当てる。
けれど、やっぱりしばらくはおさまりそうになかった。
「だから。視界に入ンな! 鬱陶しい」
「ん? 俺は鬱陶しいと思わないけど」
「あァ?」
ぺたり、と身体を彼に預けたままでいたら、不意に後ろから低い声が聞こえた。
顔だけでそちらを見ると、相変わらず愛想のないお兄ちゃんと一緒に、小さなチョコのお土産を持っている葉月がくすくす笑っていて。
そんなふたりに向き直ると、祐恭さんが瞳を細めて笑った。
「葉月ちゃんに構われてるお前、なかなか面白い顔してるぞ」
「ッ……るせーな! 馬鹿!」
ふ、と彼がお兄ちゃんに笑った途端、ものすごく嫌そうな顔で口を曲げた。
でも、そんな彼ではなく葉月と目が合い、同じタイミングで笑ってしまう。
それを見て、お兄ちゃんは葉月に何かを言ってから、ぷいとそっぽを向いた。
「……いい顔してるよ?」
「あはは。葉月もね」
隣にきた葉月に、笑ってうなずく。
そんな私たちを見てお兄ちゃんは『ち』と舌打ちしたけれど、祐恭さんはしばらく笑っていた。
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