「えっと……あ、ここですね」
レイトショーだけあって席が埋まってるのかと思いきや、このスクリーンはそうでもなかった。
ぽつぽつと席が埋まってはいるけれど、まだ2/3以上空いている。
というのは時間がそうさせるのか、それとも公開されてちょっと経ってる映画だからかなのかは、わからないけれど。
「どっちがいい?」
「え? っと……んー……じゃあ、こっちに座ります」
ちょうど真ん中の列の、真ん中の席。
奥か手前かで問われ、なんとなく手前を選んだ。
というのは、きっと私の前を彼が歩いてたからなんだろうけれど。
「映画、久しぶりです」
「そう?」
「はい」
なかなか、映画を見に来ることってないんだよね。
そういえば、絵里ともこないなぁ。
となると――……前にきたのは、もうずいぶん前。
彼と一緒に来て以来になる。
「……なんか、このシートゆったりしてますね」
「ああ、このスクリーンがそういう造りになってるんだって」
「へぇー」
そういえば、入り口もほかのスクリーンと違っていて、ちょっとだけゴージャスちっくだった気もする。
……でも、ホントに座り心地はいい。
これなら、3時間超の映画でも平気かもしれない。
「あ……」
アイスティーをドリンクホルダーに置いて肘を置いたら、その上に彼が手を重ねた。
心地よい重さと感触に、つい笑みが漏れる。
どうやらそれをばっちり見られたらしく、くすっと笑ったのがぼんやりとした明かりのお陰で見えた。
「……そういう顔されると、どうしたらいいかなって悩むんだけど」
「え?」
「いや……つい、手が出るっていうか……」
「っ……」
彼らしくないセリフに目を見張ると、くすくす笑いながら『かわいい反応してくれるから』と続ける。
……う。恥ずかしいんですけれど。
なんだか、今日は特にどきどきしっぱなしで、ちょっとだけ苦しい。
まるで、付き合い始めたばかりのころの……って、今もそれはそうなんだけれど、でも、なんかこう……。
「……あ」
「ん?」
重なった指が絡むように握られたとき、ふいに感じた冷たさで目が丸くなった。
彼の左手の薬指にある、プラチナのリング。
指輪。
知らないはずない。
だって……今の私の左手の薬指にあるのと同じ、ペアリングなんだから。
……そうなんだよね。
この指輪を、彼はずっと外さないでいてくれた。
だから――……今がある。
きっと、記憶を失った彼にとっては不要でしかないはずのものだったのに、それでも彼は外さずにいてくれた。
……何もかも、彼のお陰。
彼がこの指輪を外さずにいてくれたから、私は私でいることができた。
もう一度想いを伝えたいと踏ん切りがついたのも、そうだった。
何も言えずにただただ見つめたままでいたら、気づいたらしい彼も小さく声をあげた。
「……これだけは、触っちゃいけないような気がしたんだ」
「そうなんですか?」
「うん。指輪なんてまず、自分からするはずがないのに……そんな俺が自らはめていたから。大事なんだな、って思った」
わずかに手を離した彼が、親指で撫でるように指輪へ触れた。
眼差しがとても優しくて、また……どきりとする。
こんな顔をしてくれてるのは、ほかならぬ私のため。
彼の想いが溢れているようで、同じように指輪へ視線が落ちる。
「でも、間違いじゃなかった」
「っ……」
「これがあったから、こうしてまたそばにいられるんだから」
ね。
たったひとこと呟いた彼が、柔らかく微笑む。
その笑顔があまりにもあたたかくて、眩しくて、だけど……嬉しくて。
情けなくも唇が開き、噛みしめるようにこくこくと何度もうなずく。
子どもみたいな顔だったかもしれない。
でも、『嬉しい』とか『よかった』なんて言葉じゃ言い表せないほどの嬉しさだった。
「……寒くない?」
「あ……ちょっとだけ」
上映のアナウンスが響き、照明が落ちたとき。
ふいに、彼が少しだけ動いて耳元で囁いた。
外は暑い。
だから、ノースリーブで来ちゃったんだけど……間違いだったらしい。
かなり空調が効いていて、抱くように腕へ触れるとすっかり冷えてしまっていた。
「っ……」
「多少は違うかな」
肘置きを上げた彼が、ぐい、と左手で抱き寄せてくれた。
これまでなかったぬくもりと感触で、たまらず喉が鳴る。
「……かえって落ち着かないか」
「え! や、そんなことないですっ」
頭へ手のひらが触れ、本当にしっかり腕の中にいる状態。
今までされたことがなかったから、内心ものすごく嬉しかったのにそんなふうに言われて、慌てて否定する。
――……と、目が合った途端小さく笑われた。
「羽織じゃなくて、俺がだよ」
「っ……!」
2時間、何もしないでいられるかな。
まるで独り言のようなセリフで唇を結ぶと、髪をすくように動いた指の感触で、またどきどき鼓動が鳴り始めた。
|