「わ。結構人がいるんですね」
一歩入ってすぐ、館内の暗さでわずかに目がくらむ。
ここは、よく買い物にも行くショッピングモールの1番奥にある映画館。
徐々に目が慣れてくると、ざわついてる館内にはスタッフじゃない人たちが割と多くいた。
一緒にお昼を食べ終えたあと、いつもみたいに彼はスカパーの映画チャンネルで番組チェックを始めた。
最初は音だけで拾っていたみたいなんだけど、片付けを終えて隣に座ると、食い入るように見つめていて。
……でも、あのときは素直に驚いた。
彼の態度が、じゃない。
たまたまやっていた映画が、去年彼と一緒に見に行ったものだったからだ。
何も言わずに一緒に見ていたら、ついついあのときのことを思い出しちゃったけど……。
見たのは、テレビじゃなくて映画館。
だけど彼はこの映画を覚えていない。
それもあってか、スタッフロールが流れるまできちんと見終えたあとで『この映画、知ってる?』と――……それこそ、私を映画に誘ってくれたときとまったく同じセリフを口にされ、一瞬うまく言葉を選べなかった。
「でも、よかった? 急に誘ったりして……」
「もちろんですよー! だって、続編をやってるって言ったのは私ですもん」
おもしろかったな、なんて口にしたのを聞いたから、黙ってなんていられなかった。
私も『見れたらいいな』って思ってたし、だからこそ嬉しくて。
ネットで上映時間を調べたあと簡単な夕食をとりがてら、こうしてモールまでやってくることになった。
……えへへ。
映画デートって、久しぶりなんだよね。
だからこそ、とっても嬉しい。
「まぁ、レイトショーだからね。会社帰りだったりとか……まぁ、あえてこの時間を狙ってくるヤツもいるみたいだけど」
「そうなんですか?」
「うん。……まぁ、俺もそうだから何も言えないけどね」
「っ……」
「ん?」
耳元で聞こえた声色で振り返ると、彼はにっこり笑みを浮かべていた。
え、と……今、何か聞こえた気がするんですけれど。
それこそ、いたずらっぽい声じゃなかったし、どちらかというと本気めいた声だった気はする。
でも、内容が……その……。
「祐恭さんもこの時間、好きなんですか?」
「まぁ……ひとりならいつでもいいんだけどね。せっかく一緒にいるんだし……だったらやっぱり、この時間かな、って」
「……それって……」
どういう意味なのか判断できずに唇を噛むと、小さく笑ってから『大人だし』なんて付け加えた。
その顔が、これまで見たどの顔とも違って、どきどきする。
せめてもの救いは、この暗さで顔が赤くなってることを気づかれちゃわないことだろう。
「…………」
もしかして、わざとそういう言い方をしたのかな。
……だとしたら、やっぱり嬉しい。
これまでと違う態度を見せてもらえるってことは、気を許してもらえてるってことだろうから。
「もぉ……」
離れてしまった手を掴み、驚いたように振り返った彼に笑う。
「……大人扱いしてもらえるなんて、嬉しいです」
「それはよかった」
ところどころの言葉は、前までの彼と同じ響きで身体に入る。
それは嬉しいけれど、なんだか懐かしいような気もして、ちょっとだけ不思議。
……でもね。最近わかったの。
それだけじゃないんだ、って。
やっぱり――……彼には彼なりの時間が、きちんと流れてるんだって。
「じゃあ、これからはもう少しだけ大人の対応していい?」
「え?」
「…………」
「…………」
「…………」
「……っ……」
にや、と笑われたわけじゃない。
けれど……いつもみたいな、にっこりした笑いでもなくて。
まじまじ見つめられたままでいたら、意味がようやくわかってまた視線が落ちた。
……うぅ。なんか、照れちゃうんですけれど。
「っ……」
「……かわいい子」
「うぅ……」
はたして、褒められてるのかどうなのかわからないけれど、くすくす笑いながら抱き寄せられるのは嬉しいから何も言わない。
すぐ近くで感じる、彼。
声も、吐息も、体温も、感触も……何もかもが、少しずつ許されていく。
“もっといいよ”
彼が触れてくれるたび、そう言われてるような気になる。
……嬉しいんだよね。だからもう、本当に。
映画のチケットを受け取りながら笑うと、彼もまた同じように表情を緩めた。
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