「……はふ」
 土曜の昼下がり。
 私は、自宅ではなくいつものように祐恭さんの家にいた。
 ……えへへ。
 こうして、毎週末一緒に過ごせるようになったことは、特別でも当たり前でもなく、素直に嬉しい。
 ようやく昨日ですべての前期試験が終わり、無事に試験勉強から解放された。
 祐恭さんが私のために……って持ってきてくれたプリントは、まさにどんぴしゃで。
 解答しながら、ただただ感謝の気持ちでいっぱいだった。
 しかも、そのことを彼に伝えたら、『よかった』と嬉しそうに笑ってくれて。
 ……えへへ。
 最近、祐恭さんが優しく笑うところしか見てないなぁなんて思って、改めて贅沢だけど幸せモノだなぁと思う。
「……よし、っと……」
 今日のお昼は、きのこの和風パスタとサラダ。
 サラダほうれんそうの上にカリカリのベーコンとゆでたまごを乗せたんだけど、これだけですごくおいしそうになったから不思議。
 料理って、ひと手間が大事なんだと改めて思う。
 今日はまだ、彼から『帰る』の連絡がないから、午後までお仕事かもしれない。
 ううん、もしかしたら夕方までかかるかもしれない。
 だけど、用意する食事はふたりぶん。
 いつ彼が帰ってきてもいいように、準備だけはしておきたかった。
「んーと……。あ」
 下ごしらえを終えてからソファに座り、テレビを付ける。
 今の時間はあまりおもしろいものもやってないけれど、情報番組はやっているから、暇つぶしにはなるかななんて思いながらチャンネルを変えたら、ちょうど今の時期公開されている映画の特集が映った。
 映画、かぁ。
 そういえば、少し前までは彼と見に行ったりもしたけれど、最近は――……っていうか、あれから……行ってないな。
 去年一緒に見た映画の続編が先日公開されたという情報を見てしまい、ほんの少しだけ胸が苦しくなる。
 私と彼の中には、時間がイコールで流れていない。
 でも、“今”は一緒。
 彼と過ごせるようになったからこそ、今は少しずつダブることが増えていく。
「……あ!」
 彼にだけ設定してある着うたが流れ、慌ててテーブルに置きっぱなしだった携帯に手を伸ばす。
 どうしたって笑みが浮かぶのは、仕方ないよね。
 だって、すごく大切で……大好きな人だから。
「えへへ」
 彼からのメールはいつも、たったひとことだけ。
 今日もやっぱり一緒だったけれど、当然嬉しいことに変わりはない。

 『これから帰るけど、家にいるかな?』

 まるで、彼の声が聞こえるかのような言葉に、にんまりしながら返事を打つ。
 早く帰ってきてくれるといいな。
 早く、おかえりなさいって言いたいな。
 『待ってますね』と最後にハート付きでメッセージを打ち終えてから立ち上がり、キッチンに向かう。
 今日のお昼も、彼と一緒に食べることができる。
 1度沸騰させたお湯を再度沸かしながら笑みが浮かび、パスタを手にしつつひとり、怪しい子になりさがっていたのに気づいた。
 でも、しょうがないよね。
 だって……えへへ。
 もっとずっと、この幸せが続きますように。
 どうか――……どうか。
 神様と、それ以外の誰にお願いしたらいいのかな。
 ……祐恭さん本人?
 うーん。それもどうなんだろう。
「っわ!」
 パスタを握りしめたままでいたら、お湯が沸騰してお鍋の中が渦巻いていた。
 慌てて塩を入れ、パスタを放射状に投入。
 あとは……炒めることも考慮して、茹でる時間はマイナス2分ってところかな?
 パスタの袋を確認しながらタイマーをセットしてから、サラダをトレイに乗せる。
 彼が帰ってくるまで、あと10分かからないはず。
「えへへ」
 ひとりでにまた頬が緩んでしまい、最近こんな自分ばかりだなぁとちょっとだけ嬉しくなった。

「ごちそうさま」
「はぁい」
 きれいに平らげてくれたお皿を片そうと手を伸ばしたら、彼が立ち上がって先にお皿を手にした。
「あ……」
「これくらいは、やらないとね」
「え、そんな! 別にあの、私……」
「いや。あの孝之でさえ、食べたあと食器を片付けるだろ? なのに俺がしないんじゃ……ちょっとね」
 自分でそう思っただけなんだけど。
 苦笑しながらキッチンへ向かった彼が、シンクにお皿とグラスを置く。
 ……そんなふうに思ってたなんて、知らなかった。
 でも、目が合ってすぐ笑った彼を見て、こっちにも笑みが移る。
「ありがとうございます」
「いや、それはこっちのセリフ。いつも、ありがとう」
「っ……」
 きっと、彼にとっては何気ない言葉だったに違いない。
 でも、私には……とっても嬉しい言葉。
 ……ありがとう、なんて感謝されて嬉しくない人はいないだろうけれどね。もちろん。
「あ……」
 にまにましながらシンクにお皿を置いて、スポンジに手を伸ばそうとしたとき。
 ふいに、後ろから腕が回った。
 耳元で感じる吐息がくすぐったくて、思わず身をよじる。
 ――……ものの、背中が彼の胸に当たって距離が先ほどよりも狭まった。
「落ち着く」
「っ……」
 ぼそり、と呟かれた言葉は、聞いたことがあるような気がするのに、まるで初めて聞いたみたいな気分。
 思わずまばたいておずおず振り返ると、目が合った途端、彼が小さく笑った。
「……らしくない?」
「え、ううんっ。そんなこと……ないです」
 もしかして、そんな顔しちゃったのかな。
 苦笑してすぐ腕が離れ、『あ』と素直に残念な気分。
「邪魔しちゃ悪いから、またあとでね」
「そ、れは……」
 じゃあ、あとで。
 思わずそう口にしてしまいそうになり、慌てて苦笑でごまかす。
 ……どこまで口にしていいのかな、って最近考えるようになったんだよね。
 えっと……つまり、その…………どこまで欲しがっていいのかな、っていうか……。
「っ……」
 かぁ、と顔が赤くなると同時に食器がぶつかって音を立て、さらに慌てるハメになった。


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