わがままばかりなのが、俺。
 自意識過剰より、タチが悪い。
 なんせ、被害者意識丸出しだったんだから。
 俺は何もわかってなかった。
 羽織は……ちゃんと俺を見てくれていたのに。
 愛してくれていたのに。
「……ごめん。何も知らずにあんなこと言って、ごめん」
「っ……祐恭さん……」
「実は、短冊を……見たんだ」
 かき抱くように回した腕をほんの少しだけ緩め、見上げてくれた頬へそっと触れる。
 柔らかくて、温かくて、何よりも心地いい感触。
 すべるように動く指が、なんとも言えないほど正直だと思う。
「羽織の願いごとはきっと、記憶が戻るようにとか……そういうのだと思ったんだ。でも、違った。ちゃんと俺を……見てくれていたのに」
「や……っ、違う、違うんです! だって私……ちゃんと言わなかったから。私が伝えなかったから……っ、祐恭さんを不安にさせたのは、私だから」
「っ……」
「ごめんなさい……祐恭さんのせいじゃないの……!」
 今の今まで、戸惑ったように俺を見上げていた瞳が、潤んだ瞬間を目の当たりにした。
 じわりと滴が部屋の明かりを反射し、きらりと光る。
 だから、当然のように拭うべく指が動いた。
「私……祐恭さんに言われるまで、忘れてたんです。いちばんツラいのは、祐恭さんだったのに。それなのに……自分だけ、みたいに思ってて。……前までの祐恭さんと、今の……祐恭さんと、比べてるつもりなんてなかったけど、でも、きっと無意識の内にしてたんですよね」
 まばたきされるたび、温かな涙が伝う。
 でも、決して流させはしない。
 受け止めるのは、俺の役目なんだから。
「私の中にある祐恭さんを、重ねて見てたんですよね……ごめんなさい。ごめんなさい、祐恭さん……っ……」
 こう言ってくれたことで、ほんの少しだけ俺の中にあったわだかまりが溶けた気がした。
 ……ああ、俺は単純だな。
 彼女にムリヤリ認めさせることで満足するなんて、人としてどうかとは思う。
 それでも、わかってもらえたことが素直に嬉しかったんだ。
 “俺”でない、目の前の俺をちゃんと見てくれたことがわかったから。
「嫌なことは……教えてください。全部、直すから……っ」
 いつだって明るくて、快活で、優しくて。
 俺に見せてくれる表情はどれも穏やかで。
 なのに、そんな彼女をまた泣かせたのは俺だった。
 ……それでも、今とあのころとは違う。
 泣いている彼女に手を伸ばすことを、躊躇していた俺はいない。
 今はもう、何もためらうことなく彼女のために動く許しをもらえた。
「……わかった。じゃあ、嬉しいことはその倍言うようにするから」
 両手で頬を包み、口づけてから耳元へと唇を移す。
 その瞬間の顔を見れた俺は、その時点で……心のどこかで“勝った”と思ったんだろうな。
 これだけかわいい顔を見たのは、俺だ。
 そして、ここまで欲しがってもらえたのも。
 “俺”じゃない。
「だから、羽織も教えて。俺にされて嬉しいことと……嫌なこと。ね?」
「っ……ん」
 ちゅ、と頬へ口づけてから改めて唇を重ねると、何よりも安心する柔らかな温もりに直接触れて、力が入っていた心が静かに緩み始めた。
 ああ、なるほど。
 人っていうのは、精神のほうが肉体に勝るんだな。
 離れてすぐ目が合ったとき、くすぐったように笑われて、反射的に笑みが漏れた。
「……正直、あの願いごと見たときは、嬉しかった」
 両手を組んで背中に回し、もたれさせるように抱き寄せる。
 すると、胸元へ手を当てながら、彼女が俺をまっすぐに見つめた。
「偉そうかもしれないけど……でも、無理に思い出さないほうがいいんじゃないかって、思ったんです。だって……私にとっては、祐恭さんと一緒にいられるのが、一番大切なんですもん」
 今まで泣いていたせいかまだ赤みを残した目元ながらも、そこには彼女らしい強さと真摯さがあった。
「わかったんです、私。あの病室で会ったとき、何が一番恐かったのか」
 もう、あれから何ヶ月もの月日が経ってはいる。
 とはいえ、俺も彼女も忘れることはないだろう。
 少なくともあの場こそが、“初めて”に違いないんだから。
「祐恭さんに否定されて……拒絶されたことが、すごく恐かったの。もうこれまでみたいに側にいられなくなるっていうのが、何よりも」
 あのときの彼女は、飲み込めない現実に潰されそうになっていた。
 ……いや。
 正確には、俺が潰そうとしていたんだ。
 なのに――……こうしてまた、機会をくれた。
 何よりのチャンス。
 俺という人間を、ちゃんと導いて……ひとりぼっちにしないでくれたのは、彼女だけなんだから。
「……いいの? このままの俺で」
「っ……当たり前じゃないですか!!」
 少し……いや、かなり意地が悪い質問だったらしい。
 目を見張ってすぐ怒られ、さすがに申し訳なさしかなかった。
 小さくため息をついた彼女が笑ってくれたおかげで、内心何よりもほっとしたのは言うまでもない。
「確かに、去年1年間でたくさんの思い出はできたけど、でも、それはまた作れるじゃないですか。……一緒にいることができて、すごく嬉しいんですもん」
「それは……俺も、そうだよ?」
「えへへ。一緒にいることができれば、どんなことでもできるから……一緒にいられることが、私の願いなんです」
 まさに、満面の笑みだった。
 にっこり、と音が聞こえそうなほど鮮やかに微笑まれ、面食らうよりも、少しだけ照れが先に立つ。
 ……まいったな。
 彼女という存在は、俺という人間をより一層小さく見せる力があるらしい。
「俺の願いごと、見た?」
「え? ううん、見てないです」
「どうして?」
「え、と……だって、こっそり書いてたじゃないですか」
 くすくす笑われ、ああそうかと気づく。
 そういえばあのとき、彼女に見られないように……書いたんだったな。
 子どもか、俺は。
 情けないというより、ここまでくると正直恥ずかしい。
「……ん」
 ぎゅ、と力を少しだけこめて彼女を抱き寄せ、改めて耳元へ唇を寄せる。

「FORVER MINE」

「っ……」
「ずっと。……ずっと、俺だけのものでいて」
 息を含むように囁いたのは、クセのようなものだったんだろう。
 俺は俺だ。
 ほかに、ない。
「……も……」
「ん?」
「祐恭さんも……っ」
「ッ……」
 せっかく、今の今まであんなにかわいく微笑んでくれるまでになったのに、またもや泣きそうになられ、慌てるのと驚くのとが同時だった。
 本当に、素直な子なんだな。
 俺にはない、澄んだ部分をきちんと持っている。
「もぉ……ずるい」
「どうして?」
「だって……だって…………もぅ……泣きそうです」
「それは困ったな。泣かないでもらいたいんだけど」
「……もぉ」
 彼女の涙は苦手だ。
 というよりも、やはり笑顔のほうが好きだし、そちらを好むからこそ、比率として多ければ多いほど嬉しい。
 それでも――……俺に対する反応であることは、どちらも同じ。
 そうわかったからこそ、今は……笑って受け止めることもできる。
「……羽織」
 改めて彼女を抱きしめ、大切な名前を口にする。
 どうか、ずっとそばに彼女がいてくれますように。
 ガラにもないことだが、神とやらに彼女と同じ願いをしてもいいとさえ思えた。


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