「祐恭さん、お風呂先に入ってください」
 あの家に羽織だけを残していくわけにはいかない。
 そんな使命感にかられるまでもなく、当然とばかりに羽織を伴って帰宅後、彼女はにこやかに俺を呼んだ。
 こうして見ているぶんにはいつもと変わりないのだが、今日の彼女はひと味違う。
 風呂の準備をしてくれていたのは、知っている。
 いつもの羽織なら疑問などちらりとも頭をもたげないのだが、今日は……さて、どうか。
 入るとも入らないとも言わず、ついあいまいな笑みを浮かべて洗面所へ向かってしまったのがマズかったのかもしれない。
 不思議そうな顔をした羽織があとをついてきてしまい、本日3度目となる悲鳴を間近で聞くことになった。
「もぉ……っもぉやだぁ……!」
 まさかの事態が起きてしまった今、本当はもっと違った言葉をかけてやらなきゃいけないんだろうが、さすがにかわいそうすぎて何も言えなかった。
 一度や二度なら、笑って済ませる。
 だが、彼女はその都度落ち込み、悩み、傷ついてきたんだ。
 自分で自分を信じられないことが、どれほどツラいか。
 そう――自身こそその想いをきっと誰よりも強く経験したと自負できるからこそ、目の端に涙を溜めた羽織を静かに抱き寄せていた。
「大丈夫だから」
「でも……でも……っ」
「お湯なら、もう一度溜めればいいだけだよ。お茶だって、何もこぼしたらマズい薬品じゃない。だから、大丈夫」
 これほどまでにいろいろなことがあったのだから、羽織はきちんと確認しただろう。
 なのに、肝心の栓が抜けていたせいで、お湯は跡形もなく消えていた。
 だが、すべて排水されど湯気だけが浴室には残っており、たった今まで湯が張られようとしていたのは事実。
 こまめに電気を消すとか、水を大切にするとか、何かと考えがんばっていたのを知っているからこそ、あれだけの量を無駄にしたと知っての落ち込みようは、半端じゃない。
 抱き寄せた肩が細かく震え、必死に声を漏らさないよう泣いている羽織の背中を、ただ撫でるしかできない自分がひどく情けなかった。
「……もぅやだ……私、帰ります……」
「え?」
「だって、祐恭さんに迷惑かけてばっかり……いつもそうだけど、今日は特に……本当にごめんなさい」
 すん、と小さく鼻を鳴らした彼女がようやく顔を上げたが、予想以上に傷ついた顔をしていて、たまらず眉が寄る。
 それこそ、このまま消えてしまいそうなほど儚い表情。
 何も彼女は悪くないのに、すべてを背負い込んでいる顔だ。
「これ以上一緒にいたら、私、もっととんでもないことしちゃうんじゃないかって、怖いんです」
 言い終える前に、ふたたび涙がにじむ。
 俺が怪我をしたときのことを、彼女は鮮明に覚えているだろう。
 そして、それからの長いながい日々のことも。
 だからこその言葉であり、不安なんだ。
 しかもそれが自分のせいでともなれば、立ち直れなくなるほどのショックを受けてしまうかもしれない。
「今帰られたら、そっちのほうがよっぽど迷惑だよ?」
「……え?」

「俺の気持ち、どうしてくれるの?」

「祐恭、さん……」
 小さくため息をついてから、そっと彼女の頬へ触れる。
 わずかに残っていた涙を拭うと、ほんの少しだけ驚いたように目を丸くした。
「こんな状態で帰したら、いつまでも引きずるだろ? 俺に対する申し訳なさを勝手に抱いて、いつまでも後悔しない?」
「っ……」
「羽織のせいじゃない。別に、何も悪いことはしてないんだから。ただ、運が悪かっただけ。何もしてない」
「でもっ……」
「俺のそばにいれば、いくらでもどうにかしてあげられるから。何か起きても、補えあえばいいだけだろ? なんのために俺がいると思ってるの?」
 ゆっくりと言葉を選び、あえて彼女にそっと触れる。
 頭から、頬、そして耳元……唇。
 指先を這わせてから各所へ唇を寄せると、離れてすぐ、ほんの少しだけ表情が緩んで見えた。
「一緒なら、何も心配ないよ。大丈夫だから。……ね」
「ふ……祐恭さぁん……」
「ほら。もうそんな顔しない」
 ぽんぽんと頭を撫でた途端、眉尻をさげてふたたび泣き出しそうな顔をした羽織を小さく笑うと、唇を噛んでからうなずいた。
 正直で、純粋で。
 何より――人を疑わないから、こんなにも自分を責めるんだ。
 何も悪くないのに。
 悪いのは優人であり……いや、孝之…………山中先生、でなく俺か。もしかして。
 あのチョコレートを見たとき、少しだけ引きはしたものの、どこかではよからぬ想像をしたのも確か。
 普段、これほど純粋でそんな欲のことなどまったく考えてなさそうな羽織が、もしもこれを食べて変貌したら……などと想像してしまい、あらぬ表情を勝手に思い浮かべたのは事実なので、責任の所在は俺かもしれないというか、俺ということにしたほうがいい。
 ……ごめん。なんか、アレだな。
 やっぱり、こういうことは想像したり期待しちゃいけないんだな。
 今、自分の身に起きているのに、なぜこんなことになっているのかまるでわかっていない彼女を見ながら、たまらず謝罪しそうになった。
 とはいえ、ここでうっかり『ごめん』なんて言ったら、すべてを吐かなければならないことにも繋がるわけで、だから……まあ、その。
「……とりあえず」
 あれこれ熟考していたせいか、不思議そうに俺を見上げている羽織に小さく咳払いでごまかし、ちらりと視線を向けるのは、オレンジ色の光が満ちている浴室。
 この時期なら、からっぽの湯船に湯が満ちるまで、さほどかからないだろう。
 ならば――せっかくこの場に揃っているんだから、実行しない理由はない。
「厄落としもかねて、一緒に入ろう」
「っ……」
 入ろうか? と聞かなかったのは、あえて。
 ああ、そういえば俺はこういうヤツだった。
 恣意的で故意的で、どんなヤツよりずるいんだ。
 まじまじと見つめたまま、決して腕を解かず羽織を見下ろしていたら、目を丸くした……ものの、視線を逸らしてからゆっくりと、そして小さくうなずいた。
 頬が赤く見えるのは、ライトのせいじゃない。
 彼女の気持ちと反応が顕著な証拠。
 ……だよね。
 頬に触れてからにっこり笑うと、白い喉が小さく動いた。

「えっと……あの、ですね……」
「いいよ、座ってて。洗ってあげるから」
「やっ、あのっ、それは自分でやりますっ!」
 浴槽の縁へ腰かけたまま目の前の白い背中へそっと手を伸ばすと、指先が触れた途端、ひくりと身体を震わせた。
 いつもと違い、羽織は先に髪を洗うと少しだけ高い位置にまとめた。
 そのせいか、羽織なのに羽織じゃないように見える。
 いや、きっと髪型云々じゃないな。
 こんなふうに一緒に風呂へ入るなど、想像のみで実現しないと思っていたのに、よもや自分の手で叶えさせるとは。
 想像できることは可能なこと、か。
 万人が昔からそうしてきたように、人としての能力を最大限……ってこんな方向に生かさなくてもいいんだろうが、持っているものはすべて使ってこそ、だろう。
 ……多分、顔赤くなってるだろうな。
 背を丸めて、胸を抱えるようにぎゅうっと腕を抱いた羽織を見ながら、ふと思った。
 いや、当然彼女はそうだろうが――俺も。
 非日常的な状況すぎて、情けなくも鼓動は速いままだ。
「ていうか、むしろ先に祐恭さんを洗わせてくださいよぉ……」
「俺? なんで」
「だ、だって、今日……たくさん、濡れちゃったし……」
 ちらりと俺を振り返った羽織が、語尾をすぼめた。
 『私のせいで』と聞こえた気がするが、気のせいじゃないんだろう。
「大丈夫」
 さすがに、『もう洗った』とは言わないでおく。
 そんなこと言ったら、絶対怒るというより機嫌を損ねるであろうことは予測済みなので、黙っているにこしたことはない。
 結局、なかば強引に風呂へいざないはしたものの、羽織は慌てたように服を取ってくるという名目で、俺が入ってしばらくしてからあとを追ってきた。
 恥ずかしい気持ちはわかるが、いざ扉を前にしておろおろしている姿がなんとなく見えたので、ドアを開けたものの――服さえ脱がず、立ち尽くしているわけで。
 一緒に入ってしまったほうが、きっと恥ずかしさは少なかっただろうからこそ、これを後悔と言うんだろうななどと眺めていたら、服を脱ぎかけたところで髪に服の飾りが絡んでしまい、結局俺の手で脱がせてもらうことになるという、なかなかな展開が待ち受けていたわけで。
 恥ずかしい以上の気持ちをいっぱいに抱いたままの羽織を、なだめすかしてこの状況に持ち込むまで、かなりの時間を要した。
 でもま、お蔭でいろいろ楽しめたからいいんだけど。
 やっぱりこの子は、見ていて飽きないな。
 いつもの4割り増しくらいにおっちょこちょいなのは、チョコレートの影響だと俺は思っているが、本人はまったくわかっていないからこそ、始終『調子がよくなくて』とか『仏滅です』などと落ち込んではいたが、そのたびにころころと移り変わる表情を見ていると、本当に素直というか……まあ単純にかわいいんだよ。この子は。
 ああ、“この子”じゃないな。
 俺の彼女は。
「っ……え、あの!」
「ん?」
「やっ、自分で洗えま――っ……!!」
 苦笑しながらボディソープを手に取ると、気づいてか、すぐに顔を上げた。
 が、わかってはいたものの当然やめる選択肢はないからこそ、揉みこむようにすり合わせ、ふわりとした泡を作る。
 自分と違って、どこもかしこも柔らかな身体に触れるのは好きだよ、なんて言ったらどんな顔をしてくれるのやら。
「ッ……」
 泡立った手のひらを背中へ滑らせると、より一層身体へ力を入れてしまった。
 緊張っていうのは確かだろうな、まあ。
 こんなふうに一緒に入りたいなんて、俺の我侭以外の何ものでもないだろうし。
 そういえば服を脱がせながら『なんで楽しそうなんですか?』と聞かれ、咄嗟に『意地悪だからね』と答えたときの顔が、今考えてみるとすべてを物語っていたような気がしないでもないが。
「……?」
 今はまだ、浴槽の半分程度しか湯は溜まっていない。
 シャワーも出していないのでほかに音はないのだが……いや、だからこそ、目の前の彼女へいちいち反応してしまうものの、羽織は身を固くしたまま身じろぎすらしないでいた。
 ゆっくりと背中を撫で、泡を広げる。
 そのまま肩から首筋へ這わせ、腕を――触れようとしたところで、ようやく異変に気付いた。
 いや。
 異変というよりも、らしからぬ、としたほうがいいか。
「羽織?」
「っ……」
 小さく悲鳴が聞こえた気がして肩に手を置くと、何も言わずに首を横へ振るだけ。
 だが、耳まで赤くなっており、“いつも”と同じにはけっして見えない。
 なんでもないはずがないからこそ、顔を見たいと思うのは道理じゃないのか?
 いや。ここでそんなこと言ったら、羽織は間違いなく『意地悪』と言うだろうが、どうしたって……気になる対象で。
 見たい欲求は強い。
 そして、それに抗うだけの強さはきっと俺は持ち合わせてない。
「っや……もぅ……恥ずかしい」
 すい、と反射的に手を掴んだのは正解だったろう。
 顔を覗いた瞬間、目を丸くした彼女がふいと顔をそむけたが、そうしていたお陰で逃さずに済む。
 ……というか、反則だろう。いろんな意味で。
 表情といい、反応といい、すべてが予想以上でごくりと喉が動いた。
「っ……!」
「……かわいい」
「や……祐恭、さ……」
「そういう顔されると、もっとしたくなる」
 声が掠れていたのは気のせいじゃない。
 心底欲しい、と思った。
 頬を染め、しどけなく唇を開き、潤んだ瞳でゆるく首を振る姿を前に、手を出さないで済むはずないだろう。
 頬へ口づけてから耳元へ唇を寄せると、ひくりと身体を震わせる。
 束ねられている髪がくすぐったいが、普段隠れているうなじが見えているのは好都合。
 もたれるように肩へ腕を乗せ、目の前のうなじへゆっくり唇を落とす。
「ひゃっ……!」
「そういう反応されると、止まらなくなるよ?」
「や……ぁ、だめ……っ」
「だめじゃないだろ? ……欲しいって顔してる」
「っぁ、ん!」
 両肩を撫でるようにしてから、腕、そして――胸元へと手のひらを這わせると、明らかに声が変わった。
 反響し、いつもよりずっと卑猥に聞こえるんだから、これは浴室の利点か。
 たまにはいいんじゃないか。
 こういう、いかにも“秘密”めいた場所も。
「んんっ!」
 泡の残る手を前へ回すと、すでにぴんと上を向いて主張する胸にいきあたった。
 往復するように撫で、つまむように指で弄ると、身体と一緒に首を横に振る。
 だめです。
 微かにそう聞こえたが、そんな反応されて本当に嫌がっているわけじゃないのはわかっているので、やめたりはしない。
 もっと欲しい。
 そう伝えたら果たして、羽織はどんな顔を見せてくれるのか。
「んあ、あっ……や、だめぇ……」
「気持ちいいのに?」
「ふぁ、あっ……ひ、ぁ……だ、って……だってぇ……!」
「……すごい反応いいね。そんなに欲しかった?」
「ちが、の……っ……なんかっ……やぁあ」
 慌てたように口元へ手を当てようとしたが、当然そんなことさせてやるはずがない。
 片手で手首をまとめ、少しだけ高い位置に上げれば、これでもう何に阻まれることもなく自由に悦は与えられるんだから。
「あぁあっ、あ、んぁっ……!」
「いい声」
「祐恭さ、ぁっ……や、もぉ……もぉ、いつもとちが……っ」
 泡のお陰で摩擦ゼロの今、彼女の身体を支配するのは明らかな悦。
 だが――いつもより確かに、反応がいい。
 ずっとそれは、普段と違う環境だからだと思っていたのだが、もしかして……アレか? と、今になって思うことがひとつ。

 チョコレートは、媚薬じゃなかったか。

 怪しげな名前のモノということは、それなりにいわくつきなモノであろう。
 ということは、いわゆる感度を上げる云々のモノが含まれていないともいえない。
 そう考えてみて納得した。
 普段なら、きっと触れただけであんな顔をしないであろう羽織が、今にもとろけてしまいそうなほどの悦を感じ、ひくひくと身体を震わせている“今”を。
「ひゃあん!」
 胸から、するりと下腹部へ手のひらを滑らせると、ひときわ高い声が漏れた。
 そういう反応されると……ね。
 さすがに本人も驚いたらしく、束ねていた手を解き、慌てたように口元へ手を当てた。
 が、今さらそんなことをしてもどうにもならないことは、きっとわかっているはず。
 現に――俺が止まれるはずがない。
「や、ぁっ……!」
「嫌じゃないよね?」
「あ、あっ……だって……だって……んぁぁっ」
「……欲しい、って言ってもいいんだよ?」
 首筋へ噛みつくように口づけ、舌を這わせるたびにすぐここで甘い声を聞かせてくれる。
 太ももを伝い、そっと秘所をまさぐるように指先を沈めると、緩く腕を掴まれはしたが、拒絶まではされなかった。
 それは、今の俺のセリフがあったから?
 だとすれば、嬉しい以外のなにものでもない。
「んああっ……!」
 くちゅり、と泡でも水でもないやけに濡れた音がたち、どくりと自身が反応する。
 なかば、もたれるように背へ全身を預けているので、羽織も感じてはいるだろう。
 だからこそ、もっと欲しがってほしいとも思う。
 直接的に訴えてほしいというのは、わがままか。
「すごいな……もう、こんな?」
「やぁ、言っちゃ……やだぁ……!」
「でも、ほら。……正直だと思うよ?」
「ん、んっ……祐恭、さ……!」
 指先を秘所へ沈め、ゆっくりと奥まで探る。
 そのまま親指の腹で花芽を弄ると、高い声をあげて彼女が首を振った。
 ダメ、なのか。いや、なのか。
 甘い声を聞かせてくれている以上は、やめてやらない。
 片手で胸を揉みしだきながら指を増やすと、ひくひく身体のみならずナカも震わせた。
「……してほしいって言って?」
 思ってもなかったセリフが出たことに、自分でも驚く。
 だが、これこそが本音。
 今の俺は、どうしても羽織に“ねだって”もらいたいらしい。
 きゅうっと身体を縮こませてふるふると首を振る彼女に、“もっと”と言ってほしい。
 今の俺がそうであるように、彼女にも俺を渇望してもらいたい。
 ここで。今。
 あのまなざしで欲しいと言われた瞬間を考えただけで、ぞくりと身体の奥から震える。
 ……ああ、よほど俺はおかしなヤツだろう。
 焦らすように指を動かすと、切なげな甘い声がすぐ近くで聞こえ、つい口角が上がる。
「……羽織」
「ふぁ、あ……っ」
「ねえ。欲しいって言って」
 ナカから指を抜き取ると、くたりと身体を預けた。
 心なしか声が低くなったのは、今の自分が限りなく素に近いからだろう。
 先端ぎりぎりの縁を爪先でなぞるように刺激し、そっと胸を持ち上げる。
 ぴんと自己を主張するそこは、まだ白い泡が残っていてやたらに卑猥さが強調されている。
 こういうのを惜しげもなく見せられ続けていて、理性が保てるはずがないのは、わかってる……んだろうな。多分。
 唇を噛んで俺を見上げた羽織は、どこか困ったように眉を寄せる。
「もぅ……だめ、なんです……」
「何が?」
「そ、の……祐恭さんじゃなくちゃ……」
 視線を外したかと思いきや、一気に声が小さくなった。
 恥ずかしいだろうことはわかるが、だからこそ言ってほしい欲もある。
 俺じゃなきゃ、ね。
 そう言ってくれるのは素直に嬉しいけれど、欲しいのはもう少し先。
 どうやら思ったことが顔に出ていたらしく、小さく『ぅ』とうめきが聞こえた。
「このままでもいいの?」
「やっ……! あ、えっと……それは……」
「ん?」
 す、と彼女から手を離してしまうと、慌てたように俺を振り返った。
 うん。その顔、見れただけで満足しそうになる――けど、しない。
 顔を緩めそうになったのを、寸でで耐えられた“理性”に拍手。
 頬を染めて一度だけ視線を落としたものの、まっすぐに俺を見つめた羽織が白い喉を動かす。
「……祐恭さんに、最後までしてほしいです」
 小さいながらもはっきり耳へ届いた言葉に、目が丸くなる。
 確かに、言わせたのは俺だ。
 が、まさか――そんなことを言ってくれるとは、ね。
 嬉しい予想外に、たまらず笑みが漏れた。
「ん、あっ……!?」
「……ちゃんと最後までしてあげる」
 逃がすつもりはないが、逃れられては困る。
 腕を回して封じてから、胸を撫で、なぞるのは茂みの奥。
 泡とは違う、くちゅりと濡れた泉に指を突き立てると、キツく締めあげた。
「あ、あっ……!」
 ぐっと最奥へ中指をくわえこませながら花芽を探ると、たちまち声が変わる。
 彼女同様に、こちらとて息は上がっている。
 ……ああ、なるほど。
 羽織に許してほしかったのは、俺のほうか。
 よっぽど、彼女より俺のほうが切羽詰ってるどころか、欲しくてたまらないらしい。
「い、あっ、あぁっ……! そこ、も……だめっ……」
「いいよ、イって。……宣言してくれてもいいけど?」
 こすりあげるように指の腹で刺激し、荒くなる吐息をまじえて耳たぶを甘噛む。
 俺らしからぬ声が漏れているのを、気づいているのか。
 欲しがって、俺だけを。もっとくれと、ねだって。
 そして――どうか、俺に与えてほしい。
 羽織自身を、あますことなく。
「やっ、んあ、っ、あぁああっ……! や、ぁ……だめっ……だめぇ……!」
 ふるふると首を振った彼女が、腕をつかんだ。
 きゅう、と力がこめられたのは、寸前の証か。
 往復をわずかに早めたことでさらに彼女の息が上がり、最後に最後に聞きたかった言葉そのものが小さく聞こえた。


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