「…………」
自分の行動が、正しかったのかどうか。
それを考えるよりも先に、言いようのない不快感でいっぱいだった。
ひどく気持ちが悪い。
胸やけとは違う、何か別のもの。
だが、不快という点では酷似している。
山内さんに貰った封筒には、彼が言った通り結婚式場のパンフレットが入っていた。
やや硬めの紙で作られている、しっかりした物。
しかしながら――……中身を見てものすごく驚いた。
そこに、自分が居た……からだ。
しかもどうだ?
あの子と一緒に写っているだけでなく、その、仕草も。
何もかもが今の自分からは想像できず、むしろ嫌悪感すら抱く。
「…………」
怖いもの見たさ、とは違う。
今、そんな負の感情しか抱いていないのにもかかわらず、こうして映像を流し続けているにはワケがある。
どちらかというと……義務のような。
何ひとつ掴めていない『俺』の、第三者的立場での確かな証拠が欲しかった。
これまでもらった情報はすべて、孝之や家族、そして――……あの子。
どれもこれも、俺の周りにいる身近な人間からだけ。
確かかもしれないとは思う。
だが、あまりにもできすぎてるような気がして、作り上げたものをみんなで口裏でも合わせているんじゃないかとも思える。
……心底、嫌な人間だな。
自分が、ここまで疑り深いイヤなヤツだったとは思わなかった。
だが……。
「………………」
愛想のよすぎる、恐ろしいくらいに世渡りが巧そうな男。
いそいそと自分から着たりしないであろうハレの服を纏い、隣には純白のドレスを身に付けた彼女を迎えて。
唇を、重ねる。
なんの躊躇も見えないほど、鮮やかに。
笑顔で手を振る。
彼女を抱き上げる。
そこにはすべて、笑顔が張り付いていた。
嫌ってほど目に付く、クドいような笑顔。
……ありえない。
見ているとどんどん瞳が細まって、徐々に嫌気がさしてさえくる。
何よりも目が行くのは、当然、その表情。
今の自分からは、とてもじゃないが滲んでこないようなオーラさえ見える。
……違う。
それこそ、明白に。
「……はぁ」
そればかりが目に付いて、いつしか、この映像すらも否定してかかっている自分がいた。
あまりにも、普段の自分とはかけ離れすぎている。
……なぜ、そんなに優しい目をしている?
まるで、ヌルさしかないダメなヤツのようで、吐き気すら覚える。
…………俺は、こんなだったのか……?
なんともいえない悔しさがこみ上げて、拳を握り締めていた。
「っ……」
恐ろしいくらい、少し前までの『俺』がわからない。
いつしか首を横に振っていたのも、そのせい。
これじゃ、あまりにも……違いすぎるじゃないか。
まるで、自分の人生にまで拒絶されたみたいだ。
鈍く痛む頭に手を当てながら、言いようのない倦怠感に見舞われ、いつしか俯いたまま重たく息を吐き出す。
怖いと思った。
素直に実感した。
……自分で自分のことがわからない。
そして、自分じゃない自分を受諾するのが、恐ろしい。
否定的な目でしか見れないコレを、受け入れなきゃいけないのか?
うなずける場所などひとつもなく、まるごと否定しかしてないのに。
手がかりには、ならなかった。
それどころか、余計反発している。
――……違う。
俺が、こんなことを喜んでするハズがない。
……あり得ない、と。
そればかりしか、もう、浮かんで来なかった。
「…………」
ひと通り見終わったところで、たまらず電源を落とす。
何も映らない、黒い画面。
そこに自分の姿が反射して、ものすごくほっとした。
……あれは俺じゃない。
俺であるはずがない。
――……なのになぜだ?
どうして周りは、あんなヤツに戻れと言う?
思い出すことが、果たして本当にいいことなのか?
……決して、そうじゃないだろう。
少なくとも、昔の片鱗を見た自分は、あんなふうに戻りたいとは思わない。
ああなりたいとも、思えない。
ここまで自分自身を否定しているヤツに、記憶なんかが戻るはずないよな。
…………当然だ。
俺が強くそう望む以上、無意識の状態であろうと脳が都合よく働くはずがないから。
「………………」
ソファの縁に頭をもたげ、身体の奥底からため息を吐く。
こんな思いをしてまで、誰かのために生きる必要があるのか……?
俺は、俺なのに。
過去をどう歩んできていようと、だからといってわざわざ無理に合わせる必要はないのに。
……これじゃまるで、まったく知らない他人の人生を無理矢理歩けと言われているようなモンじゃないか。
そんな必要、どこにある?
無理して繕ったところで、メッキが剥がれないはずないのに。
所詮、偽物は偽物。
純なモノに、勝ったりなどしない。
嘘をついて、仮面をかぶってまで、平穏な毎日を送りたいとは思わない。
……別に……誰かが傷付いたところ今さら、何も変えられないじゃないか。
俺は、俺なんだから。
これまでの俺とは――……もう、違うんだから。
「…………」
戻りたくても、戻れない。
……いや。
むしろ俺はもう、戻りたいと思えない。
あんな自分が『俺』だったなんて、知って愕然とした。
だから、拒否する。
俺が俺であることを。
これまでのように何ひとつ波を荒立てることなくすごしてきたような、そんな生ヌルい人生を。
「……御免だ」
小さく悪態をつくと同時に、自然と舌打ちしていた。
これ以上の詮索は、必要ない。
そう決め、写真も何もかもすべてに目を通さないことを決めた。
必要ない。
今の俺にはもう……これからの俺には、一切いらない情報でしかないから。
過去を振り返って、何になる?
我が身を反省しろとでも?
はたまた、それを参考にならえとでも?
……は。
そんなのは、無意味だ。
先を追い求めず、これまでばかりを振り返り、浸ることでいったい何になる?
もう一度、俺に笑えと……?
あんなふうに、情けない顔でひたすら彼女のために?
……愛しい、彼女のために……?
「…………」
確かに、あの子にとっては裏切りになるかもしれない。
……それでも、期待に添えられないんだ。仕方ないだろう?
過去は変えられない。
だが、未来は変わってしまった。
……それで、いいじゃないか。
もう、俺のことは――……。
「………………」
ふと、またあのときの彼女の顔が蘇った。
大粒の涙を溜め、裏切られたような傷ついた眼差しのあの子を。
……悪いが……俺には、どうやら無理だったようだ。
同じ人間かもしれない。
だが、人格は少なくともまるで違う。
一緒じゃない。
だから――……。
「……くそ」
言いようのない、ジレンマ。
……もう一度、あの子があんな顔をする。
それがわかるからこそ、どうしても口にはできない言葉。
…………それでも。
俺はやはり、彼女に応えることなどできない。
少なくとも――……今のままの、俺はそこまで器用じゃない。
嘘で塗り固めて、どうにかできることでもない。
ならばいっそ……すべて告げたほうが彼女のためでもあるのに。
そうは思うが、どうしても……と、二の足を踏む自分もいる。
……まるで、それこそが本当の自分かのように。
「………………」
握り締めた拳が、いつのまにか鈍い音を立てていたことすら、このときの俺は気づいていなかった。
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