「……だから、どうしてここにお前がいるんだ」
「あら。ずいぶんな口を利くようになったのね。それは穂澄の影響?」
「もー。有里さん、なんてこと言うの? 私、そんな口利かないよー?」
土曜日の朝。
10時を少し過ぎた現在、私たち3人は見慣れないお家の前にいた。
今はやりの“西欧風”らしいレンガ調の外壁は、ぱっと見ると確かにかわいい。
庭も丁寧に手入れがされていて、凝った表札にはクローバーなんかもちりばめられている。
周りの家とは明らかに違う、“こだわり”を感じる家。
だからこそ、きっと住んでいる人は――……これまで以上にこだわりを持っている人なんだろうな、って思った。
……まぁ、あのお母さまから生まれた人だもん、手こずらないはずないよね。
話によると、彼女は小さいころからピアノがかなりおできになったこともあって、今は近くでピアノの先生をしているらしい。
未だかつて、顔を見たことも声を聞いたこともない、名前しか知らない人。
里逸の妹の、悠衣さん。
だけど、ここに来るまでの間で、里逸と有里さんがいろいろ教えてくれたから、だいたいのことはわかってしまった。
身内って、すごいね。
旦那さまは、県内の自動車メーカーに勤めるサラリーマンで、お子さんは現在ふたり。
だけど、この旦那さまとの結婚の段階でお母さまとは揉めたらしく、以来、親交も少ないらしい。
年長さんと年少さんの兄妹らしく、昔自分たちが通った幼稚園に通ってるんだって。
……でもね、この幼稚園っていうのもそんじょそこらの幼稚園なんかじゃなくて、まるで小さな専門学校みたいな勢い。
体験学習は、ピアノにお習字、それからスイミングと乗馬まで。
さらに、知的学習では計算に英語と漢字もやっているらしい。
……恐るべし幼稚園。
まさに詰め込み教育……じゃなかった、英才教育。
まぁ、幼少期は大切だって言うし、別に否定するつもりは毛頭ないけれど、そういう幼稚園が実際にあるんだなーと思うと、ちょっと驚くよね。
どうしたって、自分のものさししか持ってないから。
ああ、ちなみにその幼稚園では、年長さんになると“自分だけの机”が用意されるらしく、まるで小学校さながらのスタイルになるらしい。
なんでも、慣れって大切だしね。確かに。
「それじゃ、ピンポンしてもいい?」
有里さんとまだ何か言い合っていた里逸を振り返ると、さらに文句でも言おうとしたのか口を開いたままの状態で目が合った。
でも、一文字に結んでうなずいたから、にっこり笑うだけにしておく。
ピンポンというよりは、まるで何か違う音でも鳴るんじゃないの? って思うような形のインターフォンに指を伸ばし、ぐっと押し込む。
今日、お邪魔することは当然言っていない。
……あ、でもそれは“私と里逸が”って意味であって、有里さんはお邪魔する約束を取りつけてくれていた。
さすが、もつべきものは姉。
里逸のお姉さんだけど、もはや有里さんは私のお姉ちゃんのひとりみたいなものだ。
「っ……なぁに?」
「いいから。有里さんは、ここ」
2階を眺めていた有里さんの腕を取り、カメラの前にずいっと引っ張る。
だって、有里さんじゃないってわかったら、何かの訪問販売とかに間違われる可能性もあるし。
ていうか、玄関を開けてもらう前の段階で感づかれてしまうと、元も子もない。
『はい。……あ、ちょっと待ってね』
「こんにちは」
特有の電子音とともに聞こえた声は、初めて聞くもの。
だけど、有里さんとも里逸とも似てなくて、どちらかというとお母さまに似ているように思えた。
「どうしたの? 久しぶりじゃ――」
「こんにちは」
「…………え?」
ガチャリ、と鍵が開いた音でドアノブに手をかけ、にっこり微笑む。
私よりも少しだけ視線の低い女性。
ボブの髪がわずかに揺れて、まばたきをしてから私の後ろにいる有里さんを見つめた。
「初めまして。里逸さんとお付き合いさせていただいております、宮崎穂澄です」
「な……え、…………えっ……!?」
ぺこりと頭を下げ、困惑している悠衣さん越しに玄関を覗くと、リビングとおぼしきドアから男の子と女の子がひょっこり顔を出していた。
これはチャンス。
ううん、絶対的なタイミング。
「こんにちはー」
「こ……こんにちは」
「なっ……! ちょっとあなた! 勝手に――」
「じゃーん。ケーキ買ってきたんだけど、食べたい人いるかなー?」
「えっ!」
「ケーキだって!」
「たべたい!」
「カナちゃんもたべる!」
にっこり笑って大げさに手を振ると、ふたりは少しだけ驚いたような顔をしながらも、きちんとあいさつしてくれた。
これはこれは、きちんとした躾をなさっている証拠ですこと。
だけど、悠衣さんはかなり慌てたらしく、私をまったく止めずに静観している里逸と有里さんに向かって『ちょっと! ふたりともどういうつもり!?』なんて声を荒げていた。
「よーし。じゃあ、みんなでおてて洗いに行こっか!」
「カナちゃんがいちばんー!」
「あ! ぼくがさき!」
「お邪魔しまーす」
「あっ!? ちょっと! ちょっ……待ちなさい!!」
するりと悠衣さんの横をすり抜け、ドアから中へと侵入成功。
きっちり靴を脱いで揃えてからふたりのあとについていくと、これまたかわいらしい小物が所狭しと飾られている洗面所に通してくれた。
当然、玄関のほうからはずっと怒声が響いている。
……でも、しーらないっと。
あとはふたりがなんとかしてくれるでしょ。
しばらくしてからドアが閉まった音がしたけれど、そのあとすぐに悠衣さんが鬼みたいな形相で洗面所に入ってきて、『ふたりは向こうに行っていなさい!!』と子どもたちを怒鳴って散らした。
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