「いったいどういうつもりなの!?」
 リビングのソファへ腰かけてすぐ、悠衣さんは両手を腰にあてて私を見下ろすと人さし指までつきつけた。
 ああ、こんなふうにされるの久しぶり。
 そういえば、小さいころはうちのママもいっつもこんなふうに怒ってたっけ。
「ん。おいしいですねー。このお紅茶。ダージリンですか?」
「っ……話をすりかえないでちょうだい!」
「すりかえてないですよ?」
 真っ白いティーセットは、いわゆるブランドもの。
 見た目よりずっと軽いのに手に馴染むあたり、それなりにお高いものとみた。
 ちなみに、悠衣さんはこんなふうに人を客扱いしていないように見えるけれど、実はそうじゃなくて。
 ああだこうだと言いながらも、3人分の紅茶を淹れておもてなしをしてくれている。
 だから、大きなソファには私を真ん中にして、有里さんと里逸がそれぞれ座っていて。
 ……まぁ、態度はまちまちだけどね。
 悠衣さんと話しているのは私だけで、里逸は経済新聞を読んじゃってるし、有里さんは奏子(かなこ)ちゃんが持ってきた童話を読んであげている。
「だって、先日ご実家にお邪魔したとき、悠衣さんいらっしゃらなかったじゃないですか」
「っ……それは、仕方ないでしょう? カナの具合がよくなくて……」
「ですよねー。そう伺っていたので、お見舞いをかねて参りました」
 まだ勧められてないけれど、お皿には先ほどからバターの香りを漂わせているクッキーがあって。
 ついついお土産にケーキを買ってきたことも忘れて、手が伸びていた。
「ん。おいしいー! これ、もしかして手作りですか?」
「……そうだけど」
「うっそ、すごーい! おいしいですねー!」
「そっ……そんなふうに言っても、何も騙されません」
「やだなー、そんな。私、別に悠衣さんをどうこうしようなんて思ってませんよ?」
 サクサクと歯ざわりのいいクッキーのあとで紅茶を飲むと、ダージリンの爽やかな香りが抜けて一層『おいしい』と感じた。
 んー、なかなかいい趣味してる人だ。
 ていうか、手作りクッキーなんてすんごい久しぶりに食べた。
「母から聞いたわ。あなた、高校生なんですって? しかも、兄をたぶらかしているとか……」
「ぶ! たぶらかすって……やだー。私、そんな悪女に見えます?」
「……そうね。まぁ見えないこともないけれど」
「あはは。だって、聞いた?」
「……子どもの前でする話じゃないわね」
 里逸と有里さんそれぞれの顔を見ると、里逸は反応しなかったけれど、有里さんが小さく笑ってくれた。
 なんか、ホントに似たようなことを言う姉妹だなぁ。
 やっぱり、お母さまの影響なんだろうか。
「っ……姉さんも姉さんよ!! どうして嘘なんてついたの!?」
「あら。嘘じゃないわよ? ずっとふたりに会ってなかったし、顔を見たいなと思ったの」
「ほんと? ほんとっ? えへへ。カナもー!」
「あら。ありがとう」
 べたり、と有里さんに抱きついたカナちゃんは、それはそれは嬉しそうにぴょこぴょこジャンプした。
 そのたびにツインテールが揺れて、かわいらしいピンクのリボンも一緒に跳ねる。
 ……ツインテールかぁ。
 つい先日、自分もそういえば同じような髪型をしたんだよねーなんて思いから里逸を見ると、わざとカナちゃんを見ないように身体ごとあちらを向いて新聞の続きを読んでいた。
「えっと。(ひびき)くんは?」
「あ、にぃにあっちー」
「ありがとねー」
「っ……ちょっと! まだ話は終わってません!」
「いいじゃないですかー。わ、すごーい。響くん、車いっぱい持ってるんだねー」
「えっ?」
 出迎えてくれてからずっと姿が見えなかった彼の名前を口にすると、有里さんにくっついていたカナちゃんが、小走りで隣の部屋に案内してくれた。
 引き戸タイプの間仕切りを開くと、そこは畳の部屋になっていて。
 戸口のすぐそばで、彼はミニカーとおもちゃをたくさん並べて町並みを作っていた。
「車、好きなの?」
「うん。これね、パパがもらってきてくれたの。おみやげなんだよ」
「へぇー! パパすごいなぁ」
 整然と並べられているおもちゃの町は、かなりよくできていた。
 道路に対して建物がきちんとまっすぐに並んでいて、ミニチュアの都市さながらのでき。
 手作りの標識があちらこちらに立っているけれど、どれもきちんと定規で引いたような線ばかりだった。
「これ、かっこいいねー。なんていう車なの?」
「あ、それはね、出たばかりの新車で――」
「さあ、響! ピアノの練習の時間よ!」
 手近にあった真っ赤なスポーツカーを手にした途端、悠衣さんがパンパンと手を叩いて響くんに声をかけた。
 だけど、もしかしたら彼にも唐突な意見だったのかもしれない。
 ちらりと壁にかかっている時計を見てすぐ、『まだ15時じゃないのに』なんて呟きが聞こえた。
「ちょっと待ってください。まだ話をして……」
「あなたには関係ないでしょう? さ、響。練習してきなさい」
「……はぁい」
 母である悠衣さんに、わからないはずない。
 寂しそうな横顔も、不服そうな返事も。
 全身で彼は『なんで』と疑問を抱いて発信しているんだから、見過ごしていいはずないのに。
 ……それもこれも、『母だから』で済まされるものなのかな。
 里逸と有里さんが座るソファの後ろに置かれているアップライトのピアノに駆けていった後ろ姿を見ながら、どうしたって疑問は疑問のままだった。


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