「それじゃ、ご馳走さまでした」
「最初から歓迎されていないのに、こんなに長い間居座るなんて……本当に、とんだ客人ね」
「あら、褒めてもらえて光栄です」
「褒めてません!」
 靴を履いてから彼女へくるりと向き直りながら、にっこり笑みをスタンバイ。
 そのとき、悠衣さんの後ろにいたカナちゃんと響くんに目が行って手を振ったら、また彼女が『人の話を聞きなさい!』なんて叫んだ。
「ほずみちゃん、もうかえっちゃうの?」
「ごめんねー。でも、また遊びにくるね」
「ほんとっ?」
「うん!」
「ちょっと! 勝手にそんな約束を……というか、二度と来てくれなくていいわよ!」
「またまたー。悠衣さんってば、照れやさんなんだから。大丈夫ですって。また、ちょくちょく顔出しに来ますから」
「だから! それは必要ないと言っているの!」
 駐車場に停めてある白のアクセラの運転席には、もう里逸が乗っていた。
 だけじゃなく、まるで『早く来い』とアピールをするかのように、エンジンをかける。
「悠衣さん、今日は本当にありがとうございました」
「っ……べ、別に……あなたのためじゃないわよ」
「そう? でも、おいしい紅茶とクッキーと、さらにはこんなお土産までもらっちゃったし……」
「仕方ないでしょ! あなただけにあげないわけには、いかないんだから」
 右手に提げている小さな紙袋の中には、さっき悠衣さんが焼いてくれたばかりのマドレーヌと、ご近所からいただいたというみかんがたくさん入っている。
 やっぱり、なんだかんだ言って優しい人なんだよね。
 里逸も、有里さんも、悠衣さんも、みんな。
 だからきっと、あのお母さまも根は素直で……ちょっぴり臆病な人なんだと、勝手にふんでいる。
「それじゃ」
 ぺこり、と頭を下げてから車のフロントを回って助手席へ。
 ドアを引くと、CDを変えでもしたのかパガニーニのヴァイオリン協奏曲が流れていた。
「……まぁ」
「え?」
「どうしてもと言うなら、また……遊びにきてもいいけれど」
「……え」
「べ、別にあなたを認めたわけじゃないわ。ただ、カナと響があまりにも楽しそうだったから……子どもの相手は子どもがいいのかしら、と思っただけよ」
 腕を組んで斜めに私を見ている悠衣さんの頬が赤く見えたのは、ひょっとしたら夕焼けのせいかもしれない。
 でも、ひょっとしなくても――……今のセリフの裏にあるのは、デレ要素。
「んもー!」
「っ……え、な……きゃ!」
「悠衣さん、ちょーかわいいんだけど!」
「ちょ、やっ……やめなさい!」
「だってー! やだもー、なんで高鷲姉妹ってこんなにかわいいのー?」
 盛大なため息をついてから彼女の元へ駆け戻り、ぎゅうと抱きしめてさらに頭を撫でる。
 まさに、ざ・ぱーふぇくと。
 高鷲さんちの子女って、なんでこんなにかわいいの。
 そして共通事項が、ツンデレ。
 やっばい。
 これをネタにした何かが作れるかもしれない。
「ありがとー、悠衣お姉ちゃんっ」
「ッ……」
「えへへー。またくるね」
「う……し、仕方ないわね……来たいなら、来ればいいわ。でも、そのときは事前にきちんと連絡なさい! じゃないと、クッキーが焼けないわ」
「やーん、ちょー嬉しい! てか、ちょー優しい! 了解でーす」
 満面の笑みで顔を覗きこむと、里逸とそっくりの表情をした。
 やー、似てないと思ったけど、案外ふとした拍子に見せる顔は似てるものなのね。
 ずびし、と敬礼してから今度は助手席へ駆け戻り、乗り込んだあとフロントガラスに顔を寄せてさらに手を振る。
 すると、本当の本当に小さくだけど、彼女が指先で“バイバイ”をしてくれたのが見え、また笑みが漏れた。
「っわ!」
 ――……ものの。
 勢いよく車がバックし、反動で身体がシートへ思いきりぶつかった。
「もー……痛いでしょ? 怪我したらどうす――」
 いつもは、こんなに荒っぽく発進しないのに、何よ今日に限って。
 そんな文句のひとつやふたつみっつくらい言ってやろうと思いながら、後ろを確認していた里逸の横顔を見て、言葉が消えた。
 不機嫌そのものの表情。
 ……これは。
 これは、あの、もしかして…………あれ、そういえばなんか、先週も見たよね。この顔。
「……妬いてる?」
「違う」
 即答ですか。まさかの。
 ギアが“D”に入ってすぐアクセルが踏み込まれ、また身体がシートへ当たった。
 結局、里逸は有里さんを実家前に降ろして東名のインターに乗るまで、ずっとずーっとこんな顔のままだった。
 理由なんて、改めて言うまでもなく。
 ……仕方ないなぁなんて思いながらも頬が緩んでる私だって、まぁ、言うなればいい勝負よね。ある意味。
 高速に乗ってすぐに見えたPAの看板を指さしながら休憩をねだり、車から降りたところで里逸の腕にべったり絡みつくことには成功。
 そしてそのまま『ごめんね?』とあの顔を見せると、そこでようやく里逸はため息混じりに『まったく』なんて緩んだ顔を見せたから、まぁ……よしとしておこう。
 ……でも、改めて私が笑ったのは言うまでもない。

 これだから、高鷲さんちの子は……ってね。


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