「おいしーねー」
無邪気な子どもの声は、どうしてこんなに温かいんだろう。
ていうか、空気を読まないからこその良さって、やっぱりあるんだよね。
どうやって食べたらそうなるのかわからないほど口の周りをクリームでべたべたにしたカナちゃんは、有里さんにぬぐってもらいながら、嬉しそうに笑った。
「…………」
一方の響くんは……ものすごく空気読みすぎだから。ホントに。
ソファに浅く座って両膝をぴったりとくっ付けたまま、背を伸ばして上手にケーキを食べている。
とてもじゃないけれど、そんじょそこらの年長さんとは比べものにならない。
や、ていうか甥っ子のユータが並んだら、同い年には絶対見えないわ。
「……っ」
あ。
今の今まで本当に上手に食べていたのに、スポンジのかけらがぽろりとお皿からこぼれた。
ラグに落ちたそれは、隣に座っていた悠衣さんのスリッパのすぐ先へ。
途端、響くんが『どうしよう』と言わんばかりの、泣きそうな顔になった。
慌ててお皿を置き、立ち上がって――……。
「っ……え……」
「ほら。クリームが付いてるわよ」
「ママ……?」
紅茶のカップを置いた悠衣さんが、ティッシュを取って響くんの口元を拭った。
そのまま足元のかけらを拾い、ゴミ箱へ。
……でも、ね?
さすがに『んもー、仕方ないんだからぁ』なんて笑顔じゃなかったけれど、彼女はまっすぐに響くんを見ながら一連の動作をしてみせたのだ。
呆気に取られたのは、響くんだけじゃない。
恐らく、そんな彼女を見るのが初めてだったとおぼしき有里さんと里逸までもが、ケーキを落っことしそうな勢いで目を丸くしていた。
「……さっきのパガニーニ。上手だったわよ」
「…………え……」
「ただ、もう少しメリハリをつけられるようになれば、文句なしね」
ほかの誰でもなく、響くんだけをまっすぐに見つめての言葉には、端々に愛情がしっかりと感じられた。
……なんだ、心配して損した。
悠衣さんも、やっぱり高鷲家の子女なんだ。
里逸も有里さんも不器用だけど、悠衣さんもそれなりに不器用らしい。
「まぁ……兄さんのピアノも、悪くはなかったけど」
「別に俺のことはどうでも――」
「……悠衣さんって、もしかしてブラコン?」
「ッな……!?」
「ぶっ……!!」
カップに口づけた悠衣さんと里逸が噴き出したのは、ほぼ同時だった。
ごほごほと盛大にむせ、赤い顔をして私を睨みつける。
だけど、里逸と悠衣さんそれぞれの顔つきは、まるで相反してたけど。
「だ、だだっ、誰が! こんなお兄ちゃんなんかを!!」
「っ……こんな、とはなんだ! 失礼だろう!」
「だって本当のことじゃないの! 30にもなって女子高生に手を出すなんて、ありえないわ!!」
「そ……れは、だから、結果として相手が女子高生だったというだけだ! そういう提議の仕方はないだろう!」
「だけど! 一般的に考えたら、不純極まりないものでしょう!? それこそ、テレビを騒がせる高校教師の醜態と一緒じゃないの!」
「一般論で俺を見るんじゃない!」
突如として始まってしまった、兄妹喧嘩っぽいもの。
だけど、まったくそこに関与するそぶりも見せずに紅茶を飲んでいる有里さんは、改めて器がデカすぎだと思った。
「……ね。有里さんもそう思わない?」
「まぁ、そうね。悠衣は昔から、なんでもデキる里逸のことを自慢にしてたから」
「お姉ちゃん!!」
そちらをまったく見ずに呟いた有里さんの言葉で、思わず噴き出す。
しかも、悠衣さんがいいタイミングで入ってくるし、なんかもー、なんなの?
高鷲家の人たちって、純すぎて弄りがいありすぎだから。
「……てか、『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』って呼ぶ悠衣さんが、めちゃくちゃかわいいんですけど」
「っ……!」
「ね。ふたりだって、ママがいっつもかわいいほうがいいよね?」
ほんの少し呆気にとられながらも楽しそうに笑う響くんと、再び口の周りをベタベタにしているカナちゃんの顔をのぞきこむようにすると、これまで見たこともないような、やったらかわいく困っている悠衣さんを見て、うんうんと何度もうなずきながら笑った。
さすがは、子どもたち。
反応がよすぎて、本っ当に素直。
「……だって。ママ」
くす、と笑った瞬間、ついうっかりいつものクセで、どうしてもいたずらっぽい顔になっていた。
だけど、真正面からそれを見た悠衣さんは、口を開いてから……改めて眉を寄せた。
「ッ……私はあなたのママじゃありません!!」
かぁっと顔を赤くした悠衣さんでわかったけど、高鷲家の人々は、やっぱり予想以上に素直でかわいい人たちらしい。
ていうか、そのセリフ、ちょっと前にお母さまからも聞いたような気がするんだけど、気のせいかな。
……あーもー、やっばい。ちょー楽しい。
『わー、ママが怒ったー』なんて言いながらソファを立つと、スイッチが入ったらしいカナちゃんまでもがきゃーきゃー言い始めて、これまでにない盛り上がりを見せた。
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