「……今年も終わりだな」
壁に掛かっているカレンダーを見ながらひとりごち、人知れず小さなため息をつく。
無事に今年の仕事を納めきり、恒例になっている仕出屋の弁当も食べた。
何も変わらない、いつもと同じ年末の休み。
出勤時と同じ時間に起床しはしたが、特別な何かをするでもなく、“慣例”めいた自分なりの掃除を済ませる程度しか予定はない。
好きなだけ時間があるとはいえ、普段仕事をしている人間が皆一様に休みなのだから、当然株式市場も動いておらず、することもない。
さしたる趣味もない人間はこういうとき本当にすることがないのだな、と年に一度痛感せざるをえないのも、この年末年始。
それもあって、大掃除と銘打った片付けくらいは大晦日にしてもいいだろうと思ったので、素直にそうしている。
まぁ、普段から無駄なものを身の回りに置いたりすることもなく、それこそ必要最低限で済む生活をしているからか、片付けねばならないような場所などないのだが。
――……俺は。
「…………」
ふと窓の外へ目をやると、白い息を漏らしながらせっせと動いている穂澄が見えた。
……外は雪なのに、だ。
天気がまったくよくない上に、当然ながら気温はかなり低い。
室内でさえかなり冷え込むのだから、外などもってのほかだろうが、それでも『やると決めたことはやる』と、穂澄は窓掃除を決行した。
朝方から降り始めた雪を見てそれはそれは嬉しそうに言ったのだから、当然把握はしているのだろう。
が、何もこんな天気の日にやらなくてもいいだろう……とは思うのだが。
『大掃除といえば窓ふきでしょ』と言い出してすぐ行動に移すあたりはさすがだなと思うが、一方で根っからの生真面目なんだなと改めて思う。
『宮崎』と呼んでいたあのころには知らなかった、彼女の性格。
まったく真面目とは程遠い存在としか思っていなかったが、それは彼女をまったく知らなかったから……それこそ、見た目で判断していたから、なんだな。
「……ん?」
「片付いた?」
「何がだ?」
「何がってことはないでしょ、もー」
カラ、と音を立てて窓を開けた穂澄が、眉を寄せた。
彼女の視線は俺の手元へ。
そこには、鞄から出したクリアファイルに今まで入っていたプリントの束がある。
ついつい1枚ずつ整理することなく、学期末ごとに整理するクセがついてしまったせいで、かなりの厚さにまで膨らんでいた。
「終わったのか?」
「うん」
窓の鍵を閉めた穂澄が、バケツと汚れた雑巾に新聞紙を持って戻ってきた。
俺よりもずっと若いのに、『窓拭きは雑巾より新聞紙のほうがきれいになるから』なんて、よく知ってるもんだと感心はしたが、まさか能率もいいとはな。
それでも、わずかな時間とはいえすっかり身体は冷えてしまったらしく、両手を合わせながら『うー、さむーい』と息を吐きかけた。
「…………」
「……? なんだ?」
「何じゃなくて。ほらー、私見てる時間があったら、片付けちゃってね」
「…………わかった」
否定しようかとも思ったが、逡巡しうなずく。
こんなところで否定しても、穂澄が言葉を改めるはずはない。
何より、穂澄はたしかに働いているんだ。朝からずっと。
今日の穂澄を見ていると、こたつに入ったまま『もーやだ』といつまでもごろごろテレビを見ているあの姿は、とてもじゃないが結びつかない。
うなずいたのを見て満足してくれたようで、穂澄はキッチンへと向かうと後ろ手でドアを閉めた。
訪れる静寂とともに、つい身体から力が抜ける。
だが、このままプリントの海を作っていていいわけもない。
……床に物が散乱している状態は、ストレスだな。
やはり普段の習慣があるからか、この惨状を見たまま適当に片付けてしまうという選択は自分には訪れないらしかった。
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