「なんだ?」
「何、じゃなくて」
「っ……ちょ、待て!」
「だから、待たないってば!」
ぐ、と力を込めて引き下ろされそうになったところで慌てるも、穂澄は顔色を変えずに力をこめた。
とはいえ、さすがに力勝負となれば穂澄が俺に敵うはずはない。
ほんの小さく布が裂けるような音がしたところで穂澄が先に気づき、ようやく両手を離す。
「……もぉ。しょうがないなぁ」
「いったい何をするつも――……っ……!」
ふぅ、とため息をついた穂澄が膝で立ったかと思いきや、するりと躊躇なくズボンを下着ごと下ろしたのを見て、目を見張ることになった。
丈の長い上着を着ているとはいえ、ジッパーが開いてそれこそ胸が露わになっている状況なのだから、隠すような役目は持ち合わせておらず。
器用に両足を抜いて改めて俺に向き直ったのを見たまま、ごくりと喉が動く。
「……里逸も脱いで」
「しかし……」
穂澄の気持ちは、わかっているつもりだ。
何を考えて俺にそう言ってくれているのかも、恐らくは間違いないだろう。
それでも、当然抵抗は残る。
卒業まであと3ヶ月を切っているとはいえ、その後彼女は大学へ進むつもりでいるのだから。
「っ……」
「……へいき。……里逸、お願い」
「穂澄……」
「したいの……だめ?」
「っ……」
息を含んだセリフは、甘美に頭の芯を震わせる。
鼻先すぐで囁いた彼女がゆっくりと口づけ、再度ズボンへと両手が掛かったのはわかったのだが、今度は抵抗の言葉を飲み込んでいた。
「ふ……ぁ」
ちゅ、と穂澄が離れてすぐ、俺の上へまたがったままゆっくりと腰を下ろした。
座椅子へ思いきりもたれたまま、ゆっくりと息を吐く。
目の前の光景が、いやに非現実的で。
艶やかな表情をしている穂澄が、まるで数年後こうなっているであろう“大人”の彼女を髣髴とさせた。
「んんっ……!」
「……く……っ」
つぷ、と小さな音とともに自身が熱い胎内へ飲み込まれ、同時にきつく締められた。
なんともいえない熱と、柔らかさと、そしてこの密着感。
普段とは比べものにならないダイレクトな刺激に、思わず穂澄の腕を掴んだ手が力む。
「すごいな……」
ゆっくりと動くだけでも想像以上の心地よさに、意識が吹き飛びそうになる。
熱い。
だが、それ以上に快感と呼べる恐ろしい感覚が、まるで頭の奥を麻痺させるかのようだ。
「ぁ、あ……っ……! ん……すご……」
「……穂澄……」
「ふあ……あんっ! そ、こ……やぁ……! なんか、いつもとちが……っ」
ふるふると穂澄が首を振るたびに、柔らかな髪が肩に当たる。
甘い香りのせいもあるのか、まるで酔い始めたかのように息が上がり始めるが、この感じも悪くない。
まさに、彼女だけでいっぱいになっているのがよくわかる。
……今なら、依存してしまいたくなる気持ちがわかるな。
いつだったか、『彼女がいないと生きていけない』などと吐いていた友人のセリフが頭に蘇り、穂澄へ触れていた手に力がこもった。
「……り、ち……ぃ」
「っ……」
はぁ、と吐息を漏らした穂澄の顔を見た途端、目を見張っていた。
色っぽい、なんて言葉があまりにもチープだと思うほど、ひどく欲情的であまりにも扇情的な表情に、ぞくりとする。
「も……すごい……奥まで……」
「……く……」
「あ、あっ……! 動いたら、だめってば……ぁ」
ひくん、と胎内が震えるのが直でわかり、だからこそわずかな刺激さえも感じ取ってくれているのかと内心たまらない気になる。
当たり前の話だが、ほかの誰も知らない、決して見ることが許されない表情。
そして、ひどく甘く、耳に残る、麻薬のように“もっと”聞きたくなる声。
……たまらないな。
確かに――……俺はもう、穂澄がいなければ生きていけないだろう。
「穂澄……」
「んっ……! ぁ、あ……っ」
「……好きだ」
「っ……もぉ…………胸に顔埋めて言うことじゃなくない?」
「…………悪かった」
くしゃり、と穂澄が両手で頭を撫で、小さく笑った。
ゆっくりと顔を上げ、今は俺を見下ろしている穂澄に向き直る。
……いつもとは逆だな。
くすくす笑いながら顔を近づけたことで影が落ち、なんとも不思議な気分だ。
「……だいすき」
「…………愛してる」
「……………………もぉ」
「っ……」
一瞬表情が変わったのと同時に、穂澄の身体が反応を示した。
きつく締めつけられ、迂闊にも声が漏れそうになる。
「……んん……!」
「はぁ……っ」
口づけたままで動き始めると、たちまち濡れた音が響いた。
当然、比例するかのような快感も身体を満たし始める。
……まずいな。
このままでは、本当に――……。
「っ……く……穂澄……」
「あぁっ……あ、あっ……ん! も……やぁ……っ」
「ッ……」
「だめ……ぇ……っ……! ん、んんっ……いっちゃ……ぁ」
声がひときわ高くなり、ぎゅう、と穂澄が首へ腕を回した。
吐息が耳元へかかり、甘く、喉を締めたような切なげな声が絶え間なく届く。
だからこそ、自身がさらに反応するのもわかった。
あまりにも強い快感と、普段にはないシチュエーション。
煌々とついている明かりの下、喘ぎながら切なげに声を漏らす穂澄は、何よりもたまらなくきれいで。
「ッ……く……ほ、ずみ……っ」
「あ、あっ……!! だめっ……そこ、っ……あぁあっ……!」
ぐい、と両手で腰をつかんだまま引き寄せ、きつく密着させて律動を送る。
卑猥な音が部屋を満たし、同じように穂澄の声も溢れた。
もう少し。
あと少しだけ……。
荒く息をつきながら目を閉じると、全身が強く脈打っているのがよくわかった。
「あぁっ! も、……ぅあ、あっ……! イク……!!」
「ッ……だめだ……!」
きゅう、と思いきり自身が締めつけられ、それこそすべてを飲み込まれそうになる強さがあった。
だからこそ瞬間的に自身を引き抜き、穂澄との距離を――……!
「んっ!」
「ッ……!!」
勢いよく穂澄の胸元へ飛び散ったものを見て、『あ』と思ったのは少し経ってからのこと。
「…………」
「…………」
はだけた胸元に付いた白い跡が何よりもこれまでの蜜事を露わにしていて、だからこそ言いようのない気持ちでいっぱいになる。
というか――……その顔つきはなんだ。
あまりにも色気がありすぎて、見ているこっちが恥ずかしいどころか、おかしくなりそうだ。
「ッ……!!」
「……今、なんて言った?」
「よせ……っ」
「ねぇ。なんて言ったの?」
「穂澄……っ……頼むから、やめ……」
ずい、と顔を近づけた彼女が、なんの前触れもなく指先で自身に触れた。
先端を弄るようにされ、迂闊にも声が漏れそうになる…………いや、実際小さく出たのだろう。
口角を上げてそれはそれはひどく艶やかな表情をした穂澄は、楽しそうにしか見えない。
「っ……もぉ……正直すぎじゃない?」
「……仕方ないだろう? 目の前で……こんな色っぽい彼女が、あまりにも淫らな雰囲気でいるんだから」
「……そお?」
「ああ。……とりあえず、それを取ってくれ」
頼むから。
穂澄の手の届く場所にあったティッシュボックスを指さすも、なぜか満足げな表情をしたまま人さし指を顎に当て、首をかしげた。
途端、これまでの付き合いから“何かいけないこと”をしようとしているか、はたまた言い出しそうだと直感的にわかる。
だが、穂澄は俺を試すかのように笑うと――……案の定、とんでもないことを口にした。
「舐めてきれいにしたら、嬉しい?」
驚きすぎると、人というのは声も出ないものなんだな。
いつも思うのだが、いったいこういう間違った知識をどこから仕入れてくるんだ。
そんな話、ソウからでさえ聞いたことはないというのに。
「……穂澄」
「なに?」
「頼むから……ティッシュを取ってくれ」
「ちぇー。もっと反応してくれてもいいのに」
「しない」
おおかた、俺がいつものように怒ることでも予想していたのか、ため息をついたところで『あれ?』なんて声が聞こえた。
だからこそ、あえて何も言ってはやらない。
そのせいか、きれいにしてやり終わるまでの間、穂澄は『ねぇねぇ』だとか『なんで? だめなの?』などと、いつもとは違う戸惑ったような表情で俺の反応をいちいち訊ね続けた。
「んー……もぉだめ……眠たい」
「寝ればいいだろう?」
「だからぁ……里逸は冷たいんだってば」
「っ……なぜそうなる」
結局、身支度を整えてからふたたびこたつへ戻ったときには、もう0時半を過ぎていた。
どうりで、遠くから着信音が鳴り響いていたわけだ。
洗面所に置きっぱなしだったらしいスマフォを手にしている穂澄は、眠たいと言いながらも律儀に友人らへメッセージを送っているらしく、俺にもたれたままずっと操作している。
「……去年とはぜんぜん違う」
「そうか?」
「そーだよ。だって、去年はみんなみたいに0時きっかりに連絡したもん」
ようやくすべての返信が済んだようで、スマフォをテーブルに置いてから伸びをした。
当然、そのまま俺にべたりともたれかかり、首を曲げていつものように見上げてくる。
「カレシとえっちしてたから、遅くなっちゃった。ごめーん、って打っといた」
「ッ……な……!」
「――……ほうがよかった?」
にまにま、と人の悪そうな顔をした穂澄を見たまま、口が開く。
……この子はいったい、俺の何を楽しみたいんだ。
くすくす笑いながら、再度『ねむい』を口にしたのを見て、ため息が漏れる。
「……早く寝てくれ」
「もー……さっきから、そればっかり」
「当然だろう? 何も無理をしてまで起きて――」
「そーゆーときは、『一緒に寝よう』って言うもんじゃないの?」
「…………」
「……なによ」
「そう……なのか?」
「そーなの!」
くりん、と再び俺を見上げた穂澄が、身体ごとこちらに向き直った。
足の間で正座をされ、なんとも妙な気分だ。
「じゃあ、たとえば私が外にいるとき寒いって言ったらどうする?」
「どう……と言われてもだな。服を着ろ、としか……」
「はー……。ばかじゃないの?」
「っ……」
少し前までは、このセリフを口にするとき必ずといっていいほど、冷めた目をしていた。
大人だから、高校生だから、の枠をぶち破られるような、力強さもあった。
……なのに今はどうだ。
眉こそ寄せてはいるが、穂澄のまなざしは明らかに柔らかい。
「そーゆーときは、何も言わずに抱きしめてよね」
「…………そういうことか」
「そ。わかった?」
「ああ。理解した」
なるほど、と思わず漏れ、首を傾げた穂澄を見たまま再度うなずく。
欲しかった答え、なのかもしれない。
うなずいた俺を見て、穂澄はまるで子どものようにあどけなく笑った。
「……あ」
「どうした?」
テレビとこたつを消し、立ち上がろうとしたところで穂澄が上着を引いた。
彼女はまだ、正座を崩していない。
それどころか、『ちゃんと座って』と俺にまでそれを強要した。
「なんだ?」
「なんだ、じゃなくて。新年あけましておめでとうございます」
きれいな長い指先をラグへ当てたかと思いきや、深々と頭を下げられ、思わず目を見張る。
さらりと落ちた長い髪が艶やかで、ふたたび目が合ったとき、つい喉が動く。
「今年もよろしくね」
律儀だとは思っていたが、まさかこういうところでもそれを実感させられるとはな。
本当に、少し前までの俺は穂澄のことを何も知らなかった。
「あけましておめでとう。今年もよろしく頼む」
「……堅いなぁ、もー」
「仕方ないだろう。ほかに……言いようがない」
くすくす笑われて小さく咳払いでごまかし、改めて彼女に手を伸ばす。
あたたかな頬――……ではなく、今したが目に入った、長い髪へ。
「いい年にしよう」
伝うように頭を撫でると、目を丸くした穂澄も嬉しそうに笑った。
――……が。
途端にいつも俺をからかうときのような顔をされ、『う』と手が止まる。
「いい年の始まりだと思わない?」
「それは……まぁ、思いはするが……」
「でしょ? なんてったって、姫納めと姫始めいっぺんにできちゃったもんね?」
「ッ……穂澄!」
年始ぐらいはしないでおこうと思ったのに、瞬間的に声が荒くなった。
年始早々これとは。
……先が思いやられる、とはこのことか。
くすくす笑いながら『だってー』とふところに入りこむ穂澄へため息をつきながらも、いつしか自分まで頬が緩んでいるのに気づいたのは、寝室へ入ってからのことだった。
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