「ん……」
 いつもとは違う部屋、雰囲気、時間。
 何もかもがこれまでとはわずかに違い、それだけで妙な気分だ。
「! つめた……」
「っ……すまない」
「もぉ……温めてから触ってよね」
 そうは言いながらも、目の前で囁いた穂澄は笑っていた。
 ちゅ、と口づけのたびに聞こえる濡れた音が、いっそうこの時間を秘密めいて思わせる。
 事実、リビングで穂澄に手を出すのはこれまでなかった。
「は……ぅ、んん……」
 首筋から伝うように胸元へ唇で触れるたび、反応を返してくれる。
 こたつと俺との間に閉じ込められて当然窮屈ではあるだろうが、そんなことをおくびにもださず。
 煌々とついた電気の下で紡ぐ秘事は、やけに緊張にも似た感情を呼び起こした。
「っ……は……」
 ジジ……と小さく音を立ててジッパーを下ろし、さらに穂澄の先を求める。
 顔を寄せてすぐにふわりと甘い香りがし、それがいつもと同じ彼女の香りだと頭が理解したとき、ぞくりと身体が反応した。
「あ、あっ……ん……!」
 吸い付くように唇を当て、舌で撫でる。
 滑らかな肌。
 温かくて、心地よくて……うまい、と思うたび、自分はやはり男なのだなと実感する。
 穂澄と会うまでは、知らなかった。
 触れれば触れるほど、もっと欲しくなることを。
「っ……は……ぁ」
 指先で弄り、もう片方を含むと、身体がひくりと動いた。
 さまようように穂澄の指が身体を這い、頭へ触れる。
 撫でられ、髪を弄られ、そのたびに聞こえる甘い喘ぎ。
 誰かに触れられることをよしとしなかったし、それはたとえ肩であろうと“誰か”にされること自体が嫌いだった。
 なのに、穂澄にならばどんなことをされても……と思えるようになったのは、大きな変化だろう。
 それほど、愛しいと思える相手ができるとはな。
 我ながら、少し前までの自分が知ったら驚くような変わりようだ。
「ん……、り……ち」
「っ……」
「……すき」
「…………俺もだ」
 耳元へ唇を寄せた穂澄が、吐息を含んで囁いた言葉。
 いつだって、そうだ。
 心底嬉しくなる、特別なもの。
 人に愛され、必要とされ、特別に想われることがこれほど満たされることだとは、知らなかった。
 ……それは穂澄も同じなのか。
 こんな俺を、何年もずっと想ってくれていたのだから。
「ん、ん……っ」
 顎を取って口づけ、離しては再度舐めるように吸いつく。
 柔らかい唇の感触を楽しむたび、身体が大きく反応する。
 もちろんそれは、今聞こえているこの甘い声の影響も大きいのだろうが。
「ぁ、や……だ、つめた」
「……穂澄」
「ん、もぉ……もっ……あ、や……! へん、な感じ……っ」
 ショーツの中へ手を入れると、腰を浮かせてくれたお陰で指先が潤みへ触れた。
 これでもそれなりに温かくはなったはずの指先だが、よっぽどここのほうが熱いせいか、触れた瞬間穂澄が小さく声をあげた。
 その様は、当然だが普段の学校では決して見られないもので。
 眉根を寄せて上目遣いで見られ、つい笑みが漏れる。
「……ちょっとぉ……何、その顔」
「ん?」
「なんか……悔しい」
「何がだ?」
 途端、目ざとく見つけられたが、そう簡単に表情が戻るはずはない。
 肩口へ手を置いた穂澄が真正面から目を合わせ、唇を尖らせる。
「…………」
「……っ……ちょ、待て!」
「やだ」
「く……穂澄!」
「私だって触るもん」
「よせ!」
「よさない!」
 肩へ置いていた手をするりと下腹部へ落としたかと思いきや、躊躇なく下着の中へ入り込んできた。
 途端、俺とは違ってずいぶん温かい手のひらに直接包まれ、ぎくりと身体が強張る。
「っ……く……」
「……ん……おっき……」
「ッ……だから……!」
「だって! 里逸だって……触ってるじゃな、い……」
 眉を寄せると、珍しく視線を合わせようとせずに穂澄がもごもご口の中で呟いた。
 戸惑っている様子は、しっかりと伝わってくる。
 そして、同時に――……恥ずかしがっていることも。
「んっ!」
 秘所を撫でていた指を動かし、ナカへと挿し入れる。
 途端、しどけなく唇を開いて表情を変えた穂澄を真正面で見てしまい、ごくりと喉が鳴った。
「ぁ……あ、や……ぁん……」
「く……っ……穂澄……」
「ぁああ、……ん、んっ……んぁっ……! もぉ……っ」
 くちゅくちゅと濡れた音がテレビの音をかき消し、ダイレクトに耳へ届く。
 指を増やすとさらに音は卑猥に響き、自然に息も上がった。
 ……あたたかいな。
 当然といえば当然なのだが、指が潤みで満たされている現状では、穂澄の熱そのものをダイレクトに受け取っているわけで。
 このようなことを許されている、というのが何よりも優越感を際立たせてくれる。
 たまらない、満たされた時間だ。
「っ……ん、ん……ぅ」
 秘所に指を這わせたまま、なかばむりやりに口づけると、舌がすぐに合った。
 どちらのものとも判断のつかない濡れた音を響かせ、さらに身体を密着させる。
 ときおり、穂澄の手が震えるように動くと、当然自身が反応して。
 喉から漏れて聞こえる甘い声のせいもあるのか、少しだけ頭がくらりとする。
「はぁ……っ……も……ぁ、あ……そこ……だめったら……」
「……欲しい」
「んっ……」
「……穂澄……」
 息を荒げたまま耳元で囁き、白い首筋へ噛みつくように唇を這わせると、身をよじりながら小さく笑われた気がした。
 不思議に思って顔を覗くと――……頬を染めながらも、やはり口元に笑みを残している穂澄がいて。
「……どうした?」
「もぉ……しょうがないなぁ」
「何がだ」
「……えっち」
「っ……それは……」
「でも、好き」
 くすくす笑った穂澄が、瞳を細めて口づけた。
 ちゅ、と濡れた音がし、柔らかな唇の感触に目が閉じる。
「……いいよ」
「っ……しかし」
「いいの。……だめ?」
「……だめだろう」
「もぉ。堅いなぁ」
「堅い、堅くないの問題ではない。当然の義務だろう?」
 寝室へ取りに立ち上がろうとした途端、ぐっと肩口を押さえ込まれた。
 真正面から覗きこんでいる大きな瞳は、いつになく真剣で。
 まるで、俺の挙動を見極めているかのようにも見える。
「……いいの」
「だめだ」
「もー。できちゃったら、里逸に迷惑かからないようにちゃんと別れてあげるから」
「ッ……どうしてそうなる!」
「え? 違うの?」
「当たり前だろう!」
 さらりと言われたとんでもないセリフに目を見張ると、逆に穂澄も目を丸くした。
 価値観の相違どころの話ではない。
 何がどうなったら別れるという結論に至るのか、思考回路が理解できないのだが。
「だって、私が妊娠したら困るから、でしょ?」
「当然だろう」
「てゆーことは、妊娠したら堕ろすか手切れ金バイバイのどっちかかってことじゃないの?」
「だから、どうしてそういうことになるんだ」
 顎に人さし指を当てながら首を傾げたのを見て、改めてため息が漏れた。
 それとも、穂澄の考えが世間一般的なうんぬんというものなのか?
 だとしたら、俺はよほどずれた人間になるんだろうな。
「穂澄が妊娠したら、学生生活が送れなくなるだろう」
「……そっち?」
「当然だ。穂澄には未来がある。幼稚園教諭になりたいんだろう? だからこそ、順番が逆だ。その夢を叶えてからで、何も遅くない」
「………………」
「………………」
「………………」
「……なんだ?」
 眉を寄せて理由を説明したものの、穂澄はなぜか目を丸くしたまま何も言おうとしなかった。
 それどころか、まるで不思議なものでも見るかのような表情を崩そうとしない。
「それって……さ」
「なんだ」

「結婚してから、ってこと?」

 ぽつりぽつりと呟かれた言葉に、改めて瞳が細くなった。
 この子は、賢いのかそうでないのかよくわからないな。

「それ以外になにがあるんだ」

 当然だろう。
 さらに言葉を続けると、穂澄は開いた唇を閉じてから、なぜかため息をついて視線を逸らした。
「……? どうした」
「どうした、じゃないでしょ……もぉ」
 はーあ、と大げさにため息をつき、瞳を伏せる。
 相変わらず、化粧をしていなくてもまつげは長いんだな、なんてことに感心していたら、まるで拗ねるかのような表情を見せた。

「プロポーズって言わない? そーゆーの」

「………………」
「………………」
「……そうなのか?」
「そーでしょ」
 唇を尖らせたままぶつぶつと何かまだ文句を言っているようだったが、俺には反対に『そうだろうか?』という腑に落ちなさだけが残る。
 プロポーズらしき言葉は何も口にしていない。
 ということは、穂澄が考えるようなものからはかなりかけ離れているはずなのだが。
「もーさー、なんか……里逸ってホントに賢いのかなんなのかよくわかんないよね」
「……それは……」
 つい先ほど、俺が考えたことだ。
 とはさすがに口が裂けても言えず、ずい、と顔を近づけた穂澄を見つめたまま、まばたきをするしかなかった。
「もう一度、ちゃんとしたときに言ってよね」
「……? 何をだ?」
「っ……だから! プロポーズ!!」
「ッ……」
 何もそんなに大きな声を出さなくてもいいだろう……!
 しかも、なぜ怒っているような顔をしているのかも気にはなる。
 だが、小さく息を吐いた穂澄が両手を腰に当てると、なぜかそのまま俺のズボンへと手をかけ直した。
 

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