「ね。冬服と夏服、どっちがいい?」
 教室じゃない。
 ここは、同じ階にある生徒会室。
 春まではここで“副会長”だった私も、今はもう離れて久しい。
 だから、こんなふうに昼休みの時間、ここにいるなんてこと自体『すっごい久しぶり』だ。
「どっちって……それ、アンケートとるの?」
「違うちがう。ほら、もうじき文化祭じゃん? それで“メイド喫茶”にするか“制服喫茶”にするかでもめてるじゃん。だから」
「えっと……だから、の意味がよくわからないんだけど」
「だからー。もしもセンセが言うように『高校生らしく』ふつーに制服にエプロンで喫茶店にするとしたら、どっちが萌えるかって話よ」
「……萌えは別にいらないんじゃないの?」
「もー。みぃは、わかってないなー」
 いちばん隅っこにある棚には、これまでの歴代資料がぎっちりつめられている。
 そのうちのひとつ、会計関係のバインダーを手にしたまま、瑞穂はくすくす笑った。
 相変わらず、生徒会を離れてもなお“現”生徒会執行部からは、絶大な信頼がある彼女。
 私とは違って面倒見がいいっていうのと、世話焼きってのもあってか、どうやらまた何か頼まれたらしい。
 ……ま、それがいいところっちゃいいところなんだけど。
 困った子をほうっておけない優しい性格があるから、彼女がたくさんの人に好かれているのもわかるし。
 とはいえ、朝っぱらからパンクして半泣きになってる男子の世話までやいてあげなくてもいいと思うけどね。
 どんだけよ、どんだけ。
 『うわぁあ、葉山ぁ! まじありがとうぉおおぅ!』なんて、校門前で何度もぺこぺこ頭下げられてる光景を見たときは、さすがにどうしようかと思ったわ。
「みぃだって、かわいいカッコで『いらっしゃいませ』とか言えたほうが楽しいでしょ?」
「それは別に……」
「あ、じゃあいっそのこと『みーくん』でもてなす?」
「っ……それは、ちょっと……」
「だよねー。後夜祭のお楽しみにとっとく」
「ちがっ……! ……もう。本当にやるの?」
「ったりまえでしょ! うちのガッコの男子よか、よっぽどイケメンだし!」
 毎年、後夜祭で行われるメインイベント『イケメン決定戦』。
 ミス・ミスターではなく、うちではイケメンのみを競うから、あとくされもなくていいんだよね。
 だって、女子が絡むとめんどくさいじゃん。ああいうのって。
 ただでさえいろんな意味で目立つ私なんか、よっぽど女子の嫌われ者だし。
「ってなわけで、いちばん最後に飛び入り参加よ? おっけー?」
「……もう。しょうがないなぁ」
「やーん! ありがと、みーくん!」
「っ……まだ、違うってば!」
 がばしっと抱きついて首に両腕を絡めると、瑞穂がバインダーを落としそうになって慌てた。
 この困ったような顔からは、とてもじゃないけれど想像つかないよね。
 あの、イケメン。
 そして、魅惑のボイス。
 ……はー。やっばい、たまんない。
 もしかしなくても、きっとこの学校イチのイケメンなんだから。
 当然、教員も含めてね。
 …………ん。
 教員…………?
「そういえば、次の時間の宿題はもう済んだの?」
「何が?」
「ほら。次って、リーディングだよね?」
「……ああ」
 どうやら目当ての明細書が見つかったらしく、ひらりと1枚を手にしてコピー機に向かったみぃの背中を見ながら、人知れず小さな声が漏れた。
 そういえば、そーでした。
 でも、ご安心あれ。
 私、基本的にノート提出しないから。
 ……イコール、宿題はしません。みたいな。
 だって、それこそ私が見つけた勝機。
 あの人を振り向かせるためには、これしかないってわかったから。
 追ってもダメなら、引いてみな……ってね。
 背中を向けたら追いかけてもらえたから、これ以外の方法はもはやない。
「へーきへーき。いつものとーりに」
「もう。いいの? そう言って、この間も授業のあとちょっとだけヘコんでたじゃない」
「……まぁね」
 くすくす笑われ、思わずつられるように苦笑が漏れた。
 そりゃ、ちょっとは傷つきますよ。私だって。
 大好きな人に『進歩がないな』とか言われた日には。
 でーもー、しょうがない。
 こればっかりは、譲らない。
 それこそ、私のポリシーみたいなものだもん。
「ん。もういいの?」
「うん。ありがとうね」
「いーえー」
 コピー機のプラグを抜いたのを見て、もたれていた机からぴょこんと立ち上がる。
 もう、昼休みも終わり。
 じきに、予鈴が響き渡るはず。
「じゃ、戻ろっか」
「うん」
 瑞穂より先にドアへ手をかけ、横に引く。
 カラカラと乾いた音が、重さに反してなんだか軽く聞こえて、ちょっとだけ不思議な感じがした。


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