「でさー、こないだあそこのプリン買いに行ったんだけどー。もうね、やばいよ? すっごいおいしかった!」
「そうなんだ。じゃあ、私も今度行ってみようかな」
「行っておいでよー! てか、一緒に行かない? 私も、もっかい食べたいし」
「うん。行こうよ」
「じゃあ決まりねー」
 どこまでも果てしなく続きそうな廊下は、やけに明るかった。
 確かに、まだ季節は秋じゃない。
 夏休みが明けたばかりだから、正直今長袖を着るなんてとてもじゃないけど考えられないくらいの気温。
 とはいえ、お陰さまでうちの学校は私立。
 廊下にもほんのりと空調が利いているから、何もしてなくても汗だらだらなんてことにはならない。
 そのへんはいいよね。
 ってまぁ、そのための施設管理費ってやつなんだろうけど。
「……ん?」
 ちょうど、私たちの真正面。
 向こうから、私たちと同じふたりの男子が揃って歩いてきた。
 でも、なんか……なんか、すごい違和感がある。
 見慣れない顔、っていうのももしかしたらあるかもしれない。
 でもそれは、うちみたいなマンモス校ならではなんだから、いちいち気になんてしてられない……んだけど。
 だけど。
 ちょっと待って。
 なんか、あれって――……。
「……え? みぃ?」
 ほかの生徒が彼らの前を通るから、ちゃんとこっちを向いた顔が見れてないのもあって『全然知らない』のかもしれない。
 でも、なぜか隣を歩いていた瑞穂が足を止め、振り返った私を見て首を横に振る。
 ……えっと、なに? その顔。
 ほっぺた赤くしちゃって、困ったように唇を結んで。
 …………んっと。
 あれ、ちょっと待って。
 この子のこの顔って、つい最近どこかで――……。
「だーれだ」
「っ……な!」
 瑞穂を見てたら、いきなり目の前が真っ暗になった。
 どころか、明らかに手のひらの感触が目元に当たり、たちまち不愉快になる。
「ちょっと! やめ――……ッ……な……!」
 ばっ、と片手で払うようにしてから振り返ると、途端に目が丸くなった。
 だって。
 や、だってさ。
 すぐここにいた人が、実はそれはそれはとても心当たりのある人だったんだもん。
「鷹塚先生!?」
 びしぃっと指さしたままぱくぱくと口を動かすと、どうやら私に目隠しを施していたらしい彼がひらひらと両手を振ってから、なぜか盛大に笑い出した。
 お腹を抱えて、それはそれは豪快に。
「なんだよ、ほずみんー。『先生』っておかしくね?」
「え!? いや、だって! おかしくないでしょ! 先生は先生だし! ねぇ、みぃ!? っ……みぃ?」
 けらけら笑って『ウケる』なんて言い出した鷹塚先生に眉を寄せてから瑞穂を振り返ると、ほっぺた赤くしたままの瑞穂さえも不思議そうな顔をしている始末。
 ていうか、むしろどこか心配そうに見られ、こっちがよっぽど頭パニックだ。
「え、ちょ……まっ……。……え? ってか、あれ!?」
 わけがわからず、自分でもどうしていいのかわからない状況で、改めて鷹塚先生を見てみて……驚いた。
 や、驚いたどころの話じゃない。
 だってだって、鷹塚先生ってばなぜかウチのガッコの制服ばっちし着ちゃってるんだもん!
「え、ちょお! なんで!? なんで先生が制服着てるの!?」
「なんでって、ちょ。待てよ。えー? どーした? ほずみん。どっか打った?」
 ゆるーい感じにワイシャツのボタンを外している彼は、それこそウチのクラスの男子と寸分たがわぬ格好そのもの。
 はだけたシャツの隙間から黒いTシャツも見えていて、いかにもってくらい“男子”でしかない。
 ……え、ちょ……待って。
 あれ?
 え、だって、鷹塚先生は鷹塚先生で……っていうか、あの……確か大人で……。
「……まったく。何を言ってるんだ」
「っ……!」
 両腕を組んだまま俯いてぶつぶつ言ってたら、いきなり頭上からやたら聞き覚えのある低いひくーい声が聞こえた。
 たちまち、弾かれるように顔が上がり、ついでに意識もそちらへと完全に引っ張られる。
「ッ……な……!!」
 だけど、だけど。
 目に入った光景はやっぱりすぐに飲み込めそうにないもので。
「え、ちょ……里逸!?」
 鷹塚先生と同じようにウチのガッコの制服を着ている彼が目に入って、びっくりどころかホントに息が止まるかと思った。
 ……だけど。
 どうやらふたりにとってはよっぽど予想外とやらだったらしく、鷹塚先生はお腹を抱えて大爆笑を始め、張本人の里逸はみるみるうちに嫌そうな顔をした。

「宮崎。お前は、いつから俺を名前で呼ぶようになった」

 そう言い放った里逸は、それこそちょっと前までの……ううん。
 まさしく、付き合い始めるちょっと前と同じ調子で言い放った。


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