「……穂澄、大丈夫?」
「ん。なんとなく、理解してきた」
大丈夫。
ここは教室。そして、私の席。
ちょうど授業開始のチャイムと同時にリーディングの先生が入ってきて、みんなで起立礼着席。
大丈夫。これもいつもと一緒。
……ただひとつ。
いつもと違うことこそ――……。
「…………」
「……なんだ」
「え、別に」
じぃいいっと、それこそ穴が開けばいいくらいの勢いで隣に座る彼を見ていたら、心底嫌そうな顔をされた。
あー、はいはい。どうせ授業中は静かにしろ、でしょ?
それくらいわかってるし。
いっつも言われてることだもんね。
……って、そっか。
そういえば、いつも言われてるんだったね。ドクターには。
『宮崎。お前はうるさい』って真顔で言うもんね、そういえば。
なんで忘れちゃってたんだろう。
そんでもって、なんでいきなり呼び捨てしたりしちゃったんだろう。
……やばいやばい。
危うく、自分の気持ちすべてもバレるところだった。
「…………」
ちらりと隣を盗み見ると、先生の話を真剣に聞きながらノートをまとめているのが見えた。
なんでこんなに真剣なんだろう。
っていうか、どの教科のときも決して表情を崩したりしない。
それがこの、高鷲里逸。
……そういや、友達と喋ってるときも『馬鹿だなー』とか言いながら笑ってるところって見たことないんだよね。
ざ・鉄仮面みたいな?
きっと、一番仲がいいであろう鷹塚君と喋ってても噴きだしたりするようなことはないんだろう。
「…………」
そんなことを考えながら左斜め後ろへ目をやると、頬杖ついたままシャーペンをくるくる回してる彼が目に入る。
そんな鷹塚君のすぐ前は、瑞穂。
私とは違い、どちらかというとドクターと同じくきちんとした授業態度で臨んでいるから、とりあえず邪魔はしないでおく。
そういえば、鷹塚君も数学の時間以外興味なさそうなんだよね。
いっつも、あんなふうにシャーペン回してたり、瑞穂にちょっかい出してたり。
……くふふ。
ま、気持ちはわかるけどね。
てか、瑞穂は瑞穂でとっとと告白しちゃえばいいのに。
誰にってそりゃもちろん、鷹塚君に、よ。
だって、絶対鷹塚君も瑞穂のこと好きだと思うんだよねー。
サッカー部のキャプテンってだけあってやたら目立つし、当然運動神経抜群で、頭だって悪くないうえにこのカッコよさでしょ?
ふっつーはモテまくりフラグ立ちまくりのはずなのに、彼は今のところ浮いた話が聞こえてこない。
休み時間に喋ってるのも、男子一色だし。
……なのに、瑞穂にはちょっかい出すんだよ?
これって絶対、気がある証拠でしょ。
なのに、瑞穂は瑞穂で鷹塚君のことを好きすぎて顔も見れないんだよね。
ちょっかい出されてても、黙ってるか気づかないフリしてるかで。
……あ、ほら。
勢いよくシャーペンを瑞穂の足元へ落っことした鷹塚君が、2時間目と同じように瑞穂の背中へ手を伸ばした。
指先で、とんとん。
途端、瑞穂があからさまに肩を震わせたかと思いきや、慌てた様子でシャーペンを拾ってあげた。
……こんだけ意識しまくってるってのもまぁ、絶対鷹塚君にはバレてると思うんだけど。
噴きだしそうな勢いで肩を震わせながら笑いを堪えてる彼が目に入り、赤い顔でそっとシャーペンを机に置く瑞穂とのあまりの差にこっちがもやもやする。
「ん?」
なんてちらちらそっちを見てたら、ふいに右腕をつつかれた。
振り返ってすぐ目に入る、不機嫌そうな顔。
……んー。
ドクターってば、いつになったら眉間の皺が取れるんだろう。
「何?」
「何、じゃない。指名されただろう」
「え、そうなの? どこから?」
「……まったく。6行目の“Where”からだ」
「ん。ありがとー」
ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がり、ドクターへにっこり笑みひとつ。
……だけじゃなくて、ついでにいつもの私らしさをプラス。
「高鷲君、ほんっと頼りになるよねー」
小さな声で囁くように言うと、いつものように目を見張ってから咳払いして俯いた。
とはいえ。
ほっぺたがちょっとだけ赤くなってるように見えるのは、絶対気のせいなんかじゃない。
……あとちょっと、かな。
きっと、さっきみたいに彼を『里逸』と名前で呼ぶ日もそう遠くないとみた。
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