「ねぇ。鷹塚君に告っちゃえば?」
「ッ……!」
がたたた、とものすごい音を立てて瑞穂が椅子から立ち上がった。
……じゃない。
立ち上がろうとしたところで言ったから、斜めに椅子を動かして勢いあまってまた座った。
もー、なんでそんなにわかりやすいかな。
赤くなった顔を隠すように両手で頬を包んだけれど、その様子があまりにもかわいくてついつい口角が上がる。
「だって、今日もすっごいちょっかい出してたじゃん。アレ、絶対『もぉ鷹塚君ったらぁ。やめてよぉ』って言われたい証拠だよ?」
「そ、んなこと……」
「あるってば!」
瑞穂はいつだって、鷹塚君にちょっかい出されても苦笑するかスルーするかのどちらか。
私みたいに、あからさまなくらいのちゃんとした反応を取らない。
……ま、それだから余計に鷹塚君が手を出したがるんだろうけど。
『おもしろい』もんね。
ほかの女子とは明らかに違うから。
「……自信ないんだもん」
「もー。なんでそーかわいいことゆーかなー」
「かわいくないよ」
「かわいいってば」
くすくす笑いながら首を横に振った瑞穂を、ぴしゃりと否定。
バッグを肩にかけ、先に歩き始める。
6時間目の化学は、正直眠たかったんだよね。
ま、移動教室だったのもあって、ドクターと同じ班だったから多少は気が紛れたけど。
「ふたりきりになったとき、ぽろっと言っちゃえばいいのに」
「それはできないよ。周りにはいつも、たくさんの人がいるでしょ? だから……ふたりきりとか、無理だもん」
「あーらら。無理とか簡単に言っちゃいけないんだ」
「……だって」
「だって、じゃないの。成らぬは人の為さぬなりけり」
ピシャリとドアを閉め、放課後特有の緩んだ雰囲気が漂う廊下へ。
窓の外からは運動部の大きな声が、そして階上からは吹奏楽部の楽器音が聞こえてくる。
「じゃあ、私が聞いてあげよっか?」
「え?」
「瑞穂のこと好きでしょ? って」
「っ……それは、だめでしょ……」
「どうして?」
「だって……なんか…………それって、ずるい気がする」
「そお?」
「うん。それに……『まさか』って言われたら、なんか……ううん。立ち直れないから、聞きたくないかな」
私とは違い、両手でバッグの取っ手を両手で握りながら、瑞穂が首を横に振る。
なんでもできる子。
生徒会長まで務めあげた彼女に、きっと怖いものなんてない。
……なんて、きっとみんなは思ってるんだろうな。
もしかしたら、鷹塚君だってそう思ってるかもしれない。
葉山瑞穂は特別だ、なんてそんなことを口にする人は、生徒だけじゃなくて先生の中にもいるから。
……ほんと、笑っちゃうわよ。
何も知らない人間ほど、無責任なものはない。
瑞穂はなんでもできるわけじゃない。
できないことを極力減らそうと、毎日まいにち努力している子なんだから。
だからもちろん、怖いものがないわけでもない。
今だって……好きな人が自分をどう見ているか不安で、怖くて、たった1歩さえ踏み出せないんだから。
「わかった。じゃ、こうしない?」
ぽん、と手を打つ代わりにぴたりと足を止め、瑞穂を振り返る。
日はまだまだ高い位置。
時間は夕方だけど、9月はまだ夏に類する。
「私もドクターに告るから、一緒に告白しよ?」
ね、と首をかしげた瞬間、にっこりと満面の笑みが浮かんだ。
でも、どうやら瑞穂にとってはよっぽどの予想外だったらしい。
目を丸くしただけじゃなく、口元へ手を当てたほど。
「ほ……んとに?」
「うん。私も、いつか言わなきゃなーって思ってたけど、今までずるずる来ちゃったし。だから、ちょうどいいでしょ? あ、どうせならさー、一緒にデートしない? ほら、文化祭の参考にしたいからーとかなんとか言って、カフェめぐりみたいな」
『そうしよう』と決めた途端、あれよあれよといろいろな考えが頭の中に湧き始める。
これって、やっぱり『そうするべき』ってことだよね。
いい方向にしか頭が働かないのって、ある意味才能なのかも。
ポジティブどころの話じゃない。
こーゆーとこも、きっとドクターが私を毛嫌いする理由のひとつなんだろうな。
「……ね。やってみなきゃ、何事もわからないでしょ?」
そうは言いながらも、瑞穂とは違って私の勝率は1割あるかないか。
だって、ドクターが私に好意的だとは微塵も思ってないし、わかってるから。
でも……それでも、好きなんだもん。
しょうがないじゃない。こればっかりは。
ていうか、そもそもタイプが違いすぎるから好きになったんだろうし。
もしもドクターが私と似てるタイプ――……それこそ鷹塚君と同じような雰囲気で、性格で、考え方をする人だったら、間違いなく好きになってない。
ドクターはドクターだから、いい。
あの、石橋を叩いて叩いてそれこそ設計者、施工主、築年数、材料、その他もろもろすべてを調べ上げてからでないと渡らないような人だから、いいんだもん。
何も考えない人じゃないから、好きになったんだもん。
ていうか、彼を見たとき素直に思ったんだよね。
『あ、この人ならちゃんと私をセーブしてくれるな』って。
「ね。だから、それは私が誘ってもいいでしょ?」
小さいころから、いつだって“一緒”にやってきた。
だから、今回だって“一緒”に乗り越えたっていいよね。
……ってのはまぁ、私の単なる願望でしかない。
もちろん、これで瑞穂が断れば話は終わりになるし、それ以上の発展も望めない。
だけど――……これまでの十数年間、ずっと一緒にやってきた。
そばにいた。
ということは当然、そんな私を瑞穂は誰よりも近くでいちばんよく見てくれていたんだ。
「……ん。わかった」
言ってくれると思ったし、そうでなきゃって思った。
瑞穂らしい笑みでうなずいたのを見た瞬間、『よっしゃ』なんて小さくガッツポーズが出そうになったのも予想していたらしく、『もー』なんていつもみたいに止められることになった。
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