「新年、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げてから、満面の笑みを添えて顔を上げると、目の前の彼女もにこりと微笑んだ。
所変われば品変わる。
本日わたくし宮崎穂澄は、高すぎる敷居をまたごうとしていた。
性懲りもない、とか言わないでよね。
私だって、これでも年を越す前からいろいろ考えてはいたんだから。
アパートとはまるで違う、広々した玄関。
無垢の柱と磨かれている廊下との調和は、いかんとも言い表しがたい。
いかにもってくらいの日本家屋だからこそ、なんだか妙にほっとするんだよね。
すぐそこにある生け花は誰の手によるものかはわからないけれど、前回同様ぱっと目につくあたり、さすがだなと思う。
松と南天が、大ぶりの花器に鎮座ましまし。
こんな玄関、冬瀬じゃどこかの社長宅以外には見られない。
「相変わらず律儀ね、穂澄は。年賀状を送ったくせにあいさつにもくるなんて、殊勝だわ」
「ホントにそう思ってくれてるー? なんか、どっちかっていうと『おめでたいわね』って言われてる気分なんだけど」
「あら。そんなふうに聞こえる? だとしたら、穂澄の心の問題ね」
「ちょ! なんかひどい!」
まったく違う家の匂いをかぐのは、わりと好き。
妙に落ち着くというよりは、『わーなんか知らないとこにきたー、やっほー』みたいな気分になるから。
とはいえ、この家はやっぱり思いが違うんだよね。
なんといっても、カレシの生家。
自分と同じ高校生のころまではここで青春ってやつを謳歌してたのかーって思うと、なんだかちょっぴりわくわくする。
っていうのはきっと、新年早々に見た初夢の影響がくすぶってるんだろうけど。
ちなみに、里逸は初夢も学校で仕事している夢だったらしく、なんだかなーと思うと同時に、ほんっと遊びを許さない根っからの生真面目人間なんだなとある意味で感心した。
「あ、そだ。有里さん、お土産持ってきたんだけど」
「あら、それはご丁寧にどうも。それじゃあご先祖さまにまずあいさつしてらっしゃい」
「はーい」
もしかしたら、高鷲家ではお正月ともなると晴れ着とやらを着てるんじゃないかと内心わくわくしてたんだけど、残念ながらそこまで伝統を重んじてはいないらしい。
それでも、黒いタートルネックにワインレッドのプリーツスカートという、シンプルながらも身体のラインがはっきりわかるいでたちで、仏間を案内されながらこっそりにやにやが止まらなかった。
「それじゃあここに置いてもら――っひゃ……!?」
「やーん、有里さんってばちょーかわいいんですけどー」
「な、ななっ……ッ……穂澄! 何をするの!」
「だってだってー。なんかもーそんな反応されちゃうと、正直やばいから。かわいすぎだし!」
「ッ……里逸! この子をどうにかしてちょうだい!」
「あ、里逸トイレって言ってたよ」
にやにやにや。
細くくびれた腰に抱きつきながら上目遣いで見上げるも、みるみるうちに頬を染めた彼女が唇を噛んだ。
ひとつひとつの仕草が、どうにもこうにもえろくてヤバい……ううん、ヤヴァイんですけど、どうしたらいいのもう!
これが、年を重ねた大人の女性の色香なのか。
はたまた、この短期間でいろんなことを覚えちゃった女の艶やかさなのか、どちらかは私にもわからない。
それでも、有里さんと同じ年になったら私にも少しは出るのかなー。
こういう、ごくりと生唾を飲み込んじゃうような妙な色っぽさってやつが。
「……何をしているんだ」
ふすまの開いた音がしてすぐ、呆れた低い声が聞こえた。
振り返るまでもなく表情はわかるので、おっけー。
すりすりと有里さんに擦り寄っていわゆる『お姉さんのいい匂い』を堪能していたのに、後ろから肩を掴まれてあっさりと離された。
「ね。里逸も思わない? 最近の有里さん、すっごいキレイになったでしょ? てか、色気っていうか? ハンパないと思わない?」
くりん、と上目遣いで見上げるものの、里逸は何も言わずに小さくため息を漏らした。
ぬぅ。何よその態度。
そりゃまぁ里逸にとってはおねーちゃんなんだから、どうってことはないかもしれないけどさ。
だからって、もうちょっとこの変化に気づいてあげてもいいと思うよ?
そんなんだから、私と一緒に暮らしてても女心理解度がちっとも高まらないんだから。
「そんなことより、母さんたちはどうした」
「買い物に行ったみたいよ。急に来客があることを聞かされたんだし」
「あはは」
腕を組んでいた有里さんが、ちらりと私を見た。
その目つき、相変わらず鋭くていいなー。
ぜひとも習得してみたいけど、私がやったら間違いなく『何見てんだよ!』になっちゃうからやめておく。
「だって急に思ったんだもん。あ、静岡いこ、みたいな」
「……まったく。あなたって子は」
そうは言いながらも、有里さんの表情は優しい。
ため息をつきながら口元に笑みが残り、気づいたら私もにんまりしていた。
「ね、里逸?」
首をかしげつつ、指先で毛束を弄る。
だけど、里逸はきちんと正座して仏壇に向かい、両手を合わせているところだった。
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