「あ。おみくじだってー」
参道を歩きながら社殿に近づいたら、ちょうど左手側に社務所が見えた。
白の着物に緋色の袴。
コスプレみたい、とかつぶやかなかっただけ偉いと思う。
「ん?」
「おみくじの前に、参拝が先だろう」
「あ、そっか」
迷うことなく進もうとした私の手を引いた里逸は、ため息をついて本殿に向き直らせた。
それもそっか。
……てか、そういや初詣なんて中学以来行ってないかも。
中3のとき友達と受験の願かけで行ったような気はするけど、高校に入ってからはそういえば行ってないなぁ。
これだから神様がずっとお願いごと聞いてくれなかったのかもね。
ちゃんと『受かりました。ありがとうございます』ってお礼、しに行かなかったんだもん。
「いくら?」
「気持ちの額だろう」
「や、そうだけど。里逸は? ……もしかしてお札?」
「さすがにそれはしない」
「……あ、そう。……って、500円!?」
迷うことなく5円玉を取り出した私とは違い、それはそれは大きくて丸い銀色のお金が目に入り、危うくお財布ごとお賽銭にするところだった。
うわ。うわうわうわ。うーわ。
「なんだ?」
「なんだじゃないでしょ! ちょ……うわ、ブルジョア」
「どうしてそうなる」
「だって! パパだって500円なんて入れたの見たことないよ!?」
家族で初詣に行ったのなんて、それこそ数年も前だから記憶はあやふやってのもあるかもしれない。
だけど、500円て!
里逸は自分が納得しないお金の遣い方をしない人だってのはわかってきたものの、まさかのお賽銭に改めてデータを上書き。
ああ、もしかしたら今年は1年を通じて彼の価値観に驚かされる年になるのかもしれない。
「礼も兼ねて、の額とすれば正当だろう」
「……お礼?」
「ああ。これでも足りないくらいだ」
半ばぞんざいに放られた硬貨が、明らかに5円とは違う重たい音を響かせた。
パンパン、とかしわ手を打って目を閉じ、軽く頭を下げた里逸の横顔を見てから自分も彼にならい、『5円しか入れなくてごめんなさい』と前置きしてからお願いごとを頭で展開。
だけど、お礼ってなんだろう。
ついついそっちばかりが気になってしまい、目を開けてから願掛けをし忘れたのに気づいた。
「どうした? おみくじを引くんじゃないのか?」
「え? ……あ、うん」
そりゃあ引きますけども。
先に石段を下りて玉砂利を踏んでいる里逸の隣に並ぶものの、気になって気になってそれどころじゃないんですけど。
長い髪をひとつに結んでいる巫女さんから木箱を受け取り、よく振ってから1本の棒を引いた里逸の後ろ姿を見ながらも、眉は寄ったまま。
先におみくじを受け取った彼が、そんな私を見て怪訝そうにしたけれど、だってしょうがないじゃん。
すごい気になるんだもん。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
巫女さんから木箱を受け取り、じゃらじゃらとよく振る。ていうか、混ぜる。
しばらくそうしてから取り出した棒にあったのは、さしさわりのない数字。
巫女さんの後ろにある引き出しから取り出されたおみくじを受け取り、先に開いていたらしき里逸の元へ戻ると、目が合ってすぐにまた眉を寄せた。
「どうしたんだ。いったい」
「どうもこうも……って! 大吉だし!」
口を開く前に里逸の手元を見てしまい、赤字で書かれている運勢でまた大声が出た。
いや、だってあの、え、何? どゆこと?
おみくじって、お賽銭の額に比例するってわけ?
私、これまで大吉とか引いたことないんだけど。
反対に、大凶とかも引いたことはないけど!
だから、てっきりリアルのおみくじには入ってないものなんだとばっかり思ってたのに、どうやら違ったらしい。
やっぱり確率の問題なのね。
その他大勢にまぎれてきた私の人生で、初めて大吉を目にした瞬間がこれとは。
「なになに……今年は当たり年です。何をやるにもうまくいくでしょう。……うわ。やるわね、ブルジョア」
「だから、さっきからなんなんだ。それは」
「だって! もー、何? いいなー。羨まし……」
ため息をついた里逸を尻目に、自分のおみくじを開――……閉じる。
今、人生初のできごとがふたたび。
……なんか眩暈してきた。おかしいな。なんでだろ。
「…………」
「……ほう。初めて見たな」
「っ……悔しいー」
「別に勝ち負けじゃないだろう」
「そうだけど! なんか、やじゃない? お正月だよ? おめでたいんだよ? なのに、なんで神社側もわざわざ滅入らせるようなおみくじ入れるかなぁ」
凶。
赤と真逆の真っ黒い墨字で書かれている文字を見ながら、反射的に折り曲げる。
中身はもう読みません。
だって、どうせ病気になるとかやることなすこと悪いとか書かれてるに違いないもん。
「……なに?」
「5月、病気に気をつけるべし。旅行は秋以降がよい。金運は多く望まなければ吉。いいことが書いてあるじゃないか」
「そお?」
折り曲げたおみくじを受け取った里逸が、律儀に中身を読み始めた。
いったいどのへんがいいことなのよ。
とがった唇が戻りそうにない私を見て、里逸があきれたようにため息をつく。
「なんのために、ふたりいるんだ」
「……え?」
「補うためにいるんじゃないのか?」
足りないものを、持っていないものを。
皺の寄ったおみくじを指で伸ばしてから、里逸が自分のおみくじを重ねた。
ぴ、と音を立てて2枚一緒にきれいな折り目をつける。
そして――……そのままお財布へ。
「え……納めないの?」
「何をだ?」
「だって、ほら。よくないおみくじは枝に結んだりするじゃん」
「別に悪いことは書いてなかっただろう? 何より、プラスが大きい場合はマイナスと合わせてもプラスのままだろう」
いくつもの枝に結ばれている白い紙。
でもきっと、これ全部が悪い結果のおみくじなんかじゃないはず。
惰性でやってるだけの人だって、いるんだよね。きっと。
そういえば里逸のおみくじだって、大吉だったのに健康運だけは注意になってたっけ。
「……あ」
「行くぞ。少し冷えたな」
ほっぺたに当てられた大きな手のひらが、やけに熱く感じた。
……う。やばい。どきどきするじゃない。
こういう何気ない一瞬でひっぱられるから、困る。
そういえば、里逸に惹かれたのも本当に何気ないひとことだったっけ。
「私も500円にすればよかったかな」
「どうした。散々文句を言っていたのに」
「んー、それもいいかなーと思って。彼氏の影響だもん」
隣に並び、腕を回して抱きつく格好のまま歩き出す。
里逸の考え方は、私にはできない。
だけど、教えてもらえれば同じようにすることはできる。
……何よ。かっこいいじゃん。
ほかの人が言わないことを、やらないことを、さらりと言い放ってやってのけちゃうのって、結構勇気もいるはずなのに。
それでいて私には甘いから、困る。
どうするのよ、このにやけ顔。
この顔のまま家に帰ったら、有里さんはきっと皮肉るに違いないんないんだからね。
「ねぇ、里逸」
「どうした?」
「んー、なんでもない」
こうやってごまかしてばかりの私も、そろそろ“ど”が付くくらいストレートにいろいろやってもいいのかもしれない。
まぁさすがに500円玉は、きっとお賽銭にできないだろうけど。
|