「うー……寒い」
11月に入ってすぐの土曜日。
朝起きると、あまりの寒さに身体が震えた。
この間までは、『爽やかな季節になりました』なんてテレビのアナウンサーも言ってたのに、途端に寒くなったからね。
相変わらず、日本も立派にヘンな陽気の国だ。
「……あれ?」
冷蔵庫を開けて、ホット練乳ミルクを飲もうと思っていたのに、いつものスペースには空間が。
…………あれ。
「あー!」
忘れてた……!!
そういえば、昨日の夜寝る前に飲んだら空っぽになっちゃったんだっけ。
うー……うぅ。しまった。
こんなに寒い朝は、それこそホットミルクだけでもオッケーなんて思ってたのに。
……うーん。うーん。
うー…………ん?
「あ」
土曜日。
ということは学校が休み。
ということは――……仕事もお休み。
つまり。
ぴんぽーん
まだ8時前。
だけど、立派に朝の時間は過ぎてるんだし、さすがにもう起きてるでしょ。
ていうか、なんかこう、あんまり遅くまで寝てるイメージないのよね。
それこそ、休みの日でも6時には起床してます! みたいな。
そんなイメージがばっちり付いて回っているのは、もちろんこの人。
うちの隣に越してきて、うちの学校の先生で、そんでもって――……私の大切な彼氏。
「あ、おはよ」
「……お前な」
「ん?」
「ん、じゃない。なんの用だ」
仏頂面なだけじゃなく開口一番呆れてくれた彼に微笑むと、盛大にため息をついた。
おかしいな、なんでだろう。
……なんてことは考えない。
だって、彼と付き合い始める前から『今何を考えてるか』ってことは、だいたいわかってるから。
「ねぇ、牛乳ある?」
「は?」
「あったら、ちょっとでいいんだけど……ご馳走してくれないかなぁ?」
ドアを開けた彼は、さすがにパジャマじゃなかった。
だけど、なぜかワイシャツにネクタイを締めている。
「え? あれ? 今日って仕事?」
「今日は補習授業がある」
「うっそ、ホントに? やだ、大変じゃんー。土曜日なのに」
「…………あのな」
「ん?」
「どうして補習対象のお前が制服を着てないんだ」
「…………」
「…………」
「……え?」
「え、じゃないだろう」
まったく。
そう言ってもう1度ため息をついた彼は、渋々ながらもドアを開いて私を部屋に入れてくれた。
……ものの。
「え、あれ? 私って補習対象?」
「昨日散々忠告しただろうが。お前の赤点科目はなんだ? 言ってみろ」
「えっとぉ……」
靴を脱いで上がり、とてとてリビングに向かう。
……うー。さすがにもう、フローリングは厳しい。
キッチンの床がとっても冷たくて、靴下越しでも立派に冬の近さを感じる。
「あ。リーディング?」
「そうだな」
は、と一瞬鼻で笑われた気がするんだけど、どうしてだろう。
でもさ、先月の中間テストは98点だったんだよ?
なのに、なんでそんな私が補習対象かっていうと…………まぁ、言うまでもないんだけど。
だって、それも全部わかった上でやってるんだもん。
ウチの学校……というか、私が在籍しているクラスは、特進科。
学園大附属高校という名前は県内でも有名だし、憧れを抱いて中学入ってすぐのころから勉強ひと筋で来た子も多いらしい。
らしい、というのはまぁ……私は違うから、なんだけどね。
別に、期待や希望を胸に入ってきたわけじゃない。
きっと、どこの学校に行っても同じだろうし、やる内容も変わらないだろうし、だったら家から近いほうがいいなーと思って選んだってだけ。
だったら、ここからさほど離れてない場所にある県立の女子高に行ってもよかったんだけど、まぁ、どうせなら青春を謳歌できる共学のほうが楽しいかなー、って思ったんだよね。
事実、それなりに楽しいことは楽しい。
でも――……高校に入ってすぐの授業で彼に出会ったことで、これまでの2年間は結局カレシもできてない。
っていうか、作らなかった。
……だって、好きになっちゃったんだもん。
しかも、平日なら毎日無条件で会えるんだもん。
そんな人がすぐそばにいるのに、ほいほいとヨソの男に時間を割いてる場合じゃないし。
私、そんなに器用じゃない。
だから、一生懸命彼に振り向いてもらえる方法を考えたんだから。
「えー。こないだの中間、点数よかったじゃん」
「まぁそうだな。しかし、それ以降のお前の授業態度が問題なんだろう」
「あ、入れてくれたの? ありがとー!」
コトン、と目の前に置かれたマグカップから、白い湯気が立ち上った。
ほんのり甘い香りのする、ホットミルク。
さすがに練乳は常備されてないだろうから期待しないけど、なんだかんだ言いながら、ちゃんと私を甘やかしてくれる彼の態度が嬉しい。
「っ……だから、くっつくんじゃない!」
「なんで?」
「なっ……んで、って……お前な」
「くっついちゃダメなの?」
「……っ……だから……」
隣へ座った彼にもたれると、あからさまに顔を赤くしてから手で制された。
だけど、当然負けたりしない。
べったりとくっ付いたまま、上目遣いで見つめ、しばたたく。
……ふふ。
こうすると、すっごい困った顔するんだよね。
それがもう、たまらなく好き。
だって、こんな態度見せるなんて、ほかのどの子も――……ううん。
彼の同僚でさえ、絶対に知りえないことだろうから。
「……なんでもいいから、それを飲んだら支度して学校に行くんだぞ」
「わかってますよーだ」
彼に背を預けたままマグカップを取り、ふぅふぅと少しだけ冷ましながら口づける。
案の定、お砂糖も何も入っていないただのホットミルクの味。
だけど、やっぱり特別なモノだと認識されるからか、十分な甘さを感じられた。
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