「…………へーぇ」
「……なんだ、その言い方は」
「いや、別に。お前がねぇ。……ふぅん。っへぇ。あーそう」
「…………いちいち癪に障る」
「あー、わり」
月が替わり、いよいよ期末テストまで1週間をきったある週末。
久しぶりに、友人から連絡があった。
というか……まぁ、なんだ。
コイツとのことを話すと大抵『幼なじみじゃん』と言われるのが腑に落ちないが、どうやらヨソさまにするとそういう関係になるらしい。
こんなナリでも小学校教諭の、鷹塚 壮士。
正直、コイツと20数年来になるとは思いもしなかったが、なってしまった以上仕方ない。
初めて会ったときのことは覚えていないが、家が近かったこともあってか、しょっちゅう遊びに行き来したのは覚えている。
だが、数えきれないほどケンカもしたし、だからこそ『大人になるまでに途切れる』と思ってもいたのだが、結局ずるずると関係は続いていて。
しかも、大学は自分が東京でコイツが神奈川と完璧に離れたにもかかわらず、就職先は……同じ冬瀬。
なんの因果か。いったい。
きっと、前世でよっぽどの因縁があったに違いない。
「てか、へーぇ。お前に彼女ねぇ」
「……うるさい」
ファミレスは正直好きじゃないが、だらだら時間を潰すにはもってこいといえばまぁ納得はする。
そこまで座り心地のよくないソファなので正直長居したいとは思わないが、人におかわりを頼まずドリンクを好きに補充できるところは、評価できる。
……そういえば、穂澄もこのテの店によく葉山たちと行ってるらしいな。
それも正確に言えば校則に抵触するのだが、ひとり暮らしをしている上にバイトをしている彼女にとっては、『だから?』と首をかしげる程度だろう。
「で? 俺に何を聞きたいんだよ」
「別に聞きたいわけじゃない」
そもそも、食事に誘ったのはお前だろうに。
というか、連絡がきたときは確か『飲みに行こうぜ』だった気がしないでもないが……まぁいい。
今日はどのみち車で来てしまったので、必然的に飲みには行けないのだから。
「ただ……そういう理由だから、コンパには行かないというだけだ」
「あー、なるほど」
今しがたソウから出た、『来週の金曜にコンパやるんだけど』という誘いを受けたからこその返事。
彼女がいるから、行かない。
これは正当な判断だろう。
というか――……正直、今はそれどころじゃない。
いろいろ忙しいのもあるだからだ。
「……それにしても、お前にとってはそんなに“彼女”は必要なものなのか?」
ブレンドのカップを手にしたソウを見ると、飲もうとした動作を止めて肩をすくめた。
もしかしたら、妙なことを聞いたのかもしれない。
……俺にしてみれば、『またか』という感じなのだが。
「別に」
「……何?」
「彼女が欲しいとかじゃなくて、単に飲み会がしたいだけ。つーか、ひとりでメシ食うのが嫌なだけ。つったらいいか?」
「…………そうなのか?」
「そ。……あー、別に寂しいとかってワケじゃねーぜ? そこ、勘違いすんなよ」
ぴ、とカップを持ったままの手で人さし指をさされ、『相変わらず器用だな』などと思ってしまった。
ひとりでメシを食いたくない、なんてセリフをよもやコイツから聞くとはな。
まぁ、確かにソウは昔から誰かとつるんでいるのが好きだったのは知っている。
中学時代も高校時代もメンツこそ違えど中心にいた。
昼飯を食べるときも、放課後も。
何かと騒いでいると思えば大抵ソウの顔が見えたので、『ああ、またアイツか』と思ったことは数えきれない。
「なんか、誰かと一緒に食うメシってうまいじゃん」
「…………」
「だから、なんかなー。ついつい、週1で飲み会してるっつーか」
「お前……そんなに飲んでるのか」
「まーな」
けらけら笑ったのを見て、呆れて言葉が出ない。
……寂しがりやなのかお前は。
なんだかんだ言いながら、ひとりでいられないタイプなんだろうな。
まぁ、なんでもいいんだが。
というか――……自分の身近には何よりも寂しがりやの人間がいるから、何も言えないだけ。
誰かと一緒にする食事がうまいのは、知ってる。
……いや、最近知った、と言うべきか。
すべては、彼女のおかげ。
今日も『夕食までには帰る』と伝えたので、きっと今ごろキッチンにでも立っているだろう。
穂澄は、意外と料理がうまい。
いや……意外と、と付けたら怒るかもしれないが、正直、意外だった。
和食も洋食も、わりとなんでも作れるんだよな。
味付けも悪くない。
というより――……穂澄の食事をメインで食べるようになって以来、昼に取っていた店屋物類が食べられなくなった。
理由は単に、口に合わないから。
味が濃いのと、油がダメというか……まぁそのあたりだ。
まぁ、それを話して以来、穂澄は弁当まで作ってくれるようになったわけだが。
あの件があってからというもの、ほぼ毎日のようにともに寝起きをし、同じ食事をしている現在、別々に過ごす時間は学校に行っている間くらいなもの。
……そういえば、こうして休みの日に離れたのも初めてじゃないか。
いつもは、なんだかんだ言いながら俺が家にいる間はずっと、穂澄はべったりくっ付いていたからな。
「…………」
『早く帰ってきてね』
見送ってくれるときに言われた言葉と笑顔が目に浮かび、つい頬が緩みそうになった。
――……のを、ソウに見られたらしい。
は、と気づいてそちらを見ると、カップを持ったまま人の悪そうな笑みを浮かべており、視線を外すとともに咳払いでごまかすしかできなかった。
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