「つーか、お前がそんな顔しちゃうとはねー。……へーぇ」
「うるさい。貴様には関係ないだろう」
「いや、そりゃねーけど。……でもねー。ふーん」
 ソウとはそれこそ、いいことも悪いこともすべて含めてここまでツルんできてしまった。
 だからこそ、ヤツが知らないのは大学の4年間だけ。
 それでも、地元に帰ると同じ時期に帰省していて顔を合わせたりすることもあり、情報はそれなりに与えてしまっていたんだろう。
 ……知ってるからこそ、の発言だな。
 これまでずっと、恋愛云々にうつつを抜かさず生きてきた俺のことを。
「で? そんな顔しちゃうってことは、もしかしてもうすでに同棲してるとか?」
「いや……まぁ、近いようなものだが」
「マジで! うわ、すっげぇ。マジかよ! え、ちょ、おま、アレは? 写真とかねーの?」
「ない」
「ンだよ……! 写真くらい撮っとけよ、大事な彼女くらい!」
 スパン、と即答した途端、ソウは大げさにソファへもたれて両手を頭に後ろで組んだ。
 ついでに足を組んでの格好は、まさに俺を見下ろすごときもの。
 ……感じ悪いぞ、本当に。
 こんなナリなのに小学校教諭だとは、にわかに信じがたい。
 PTAからクレームは入らないのか。
 私学とは違うシステムだろうが、そこまで緩くもないだろうに。
「で? いつから付き合ってんの?」
「……そうだな。確か…………10月か」
「へーぇ。じゃあアレじゃん。今、すっげぇほやほやじゃん」
「まぁ……確かにまだ2ヶ月は経ってないな」
 穂澄とのことは、いつから『付き合い始めた』のかが不明瞭。
 どこを基にしたらいいのか悩むのはまぁ、俺と彼女との関係も大きいのだろうが。
「じゃ、相当楽しいだろ」
「まぁ……悪くはないな」
「だよな。そのくらいンときって、身体の相性悪くなきゃ相当楽しめるころじゃん」
「………………」
「………………」
「…………何?」
「は? なんだよ」
 けらけら笑いながらのひとことに、ぴくりと眉が上がる。
 ……身体の相性、だと。
 いかにも“当然”のような顔をしたソウをまじまじ見ながらも、口は結んだまま。
 だが、よほど訝しげに映ったらしく、組んでいた手を解くと、身を乗り出して頬杖をついた。
「お前……まさかまだヤってないとか言わないよな」
「っ……ソウ! 馬鹿か貴様は! そんなことまでどうしていちいち報告せねばならん!」
「……あーあ。なんだよ、まだヤってねーのかよ。つかお前、それはねーだろ。……つーか、彼女も彼女だよな。よくもまぁ満足できてるよ」
「っ……うるさい!」
 はー、とあからさまに目の前でため息をつかれ、ぴしゃりと一喝するしかできなかった。
 確かに、穂澄とはそういう関係になっていない。
 だが、それは彼女がまだ高校生だからの話。
 それこそ、相手がとうに成人している相手だったら、きっとここまで悩んでいないだろう。
 この点に関しては、穂澄が提案してきた『一緒に住みたい』の返事をするとき、一緒に話そうとは思っているが……どう言えば納得してもらえるだろうか。
「つーかお前もう30だら? 中学生じゃないに、とっととヤることヤりゃいいき」
「やい! どうしてお前はそれしか言えん!」
「ヤることヤったらいいに決まってるら。ガキじゃねーに」
「っ……お前は……」
「だもんで、今度お前の彼女紹介してくれ」
「どうして、紹介しにゃならん!」
「ンでだよ。何も減らねぇに。お前の彼女に手ぇ出したりしんで」
「そういう問題じゃないに!」
 眉を寄せて渋い顔をしたソウに首を振り、『絶対に嫌だ』とさらに付け加える。
 そもそも、紹介できるはずがないだろうに。
 というか――……相手が自分の勤務する学校の生徒などと知ったら、何を言われることか。
 ……恐ろしい。
 コイツにだけは、決して紹介しないしできるはずない。
「……あー。ひっさしぶりに訛った」
「…………く。これだから同郷は……」
「つか、お前アレだろ? 新藤と同じ職場じゃん」
「それはそうだが、新藤先生と話していて訛ることはない」
「あっそう。へーぇ。……ま、いーけど。あー。実家帰るかなー」
 ともに静岡の出身。
 言葉自体は標準語とほとんど変わりないもののほうが多いが、イントネーションが明らかに違ったりするのもあり、だからこそ気をつけていた。
 穂澄と話していても、『ん?』と言われたことはない。
 それは、恐らく学生生活で気をつけたことと、以来神奈川で暮らしているというのもあるんだろう。
 だが、幼いころから親しんだ言葉が、そう簡単に抜けるはずもなく。
 地元の人間と話しているうちに、気づくと自分も訛っていたりするものだ。
 ……もしかすると、気が緩むのだろうか。
 詳しくはわからないが、けらけら笑って『あー、懐かしい』と笑うのを見ながら、確かに自分も久しぶりだと少しおかしかった。
「……だがまぁ、貴様がどうして1週間で離婚したのかわかった気がする」
「ぶ! おまっ……そこ持ち出すか? 今さら!」
「今さらというほどでもないだろう。あのときの祝儀、返せるものなら返してもらいたい」
「馬鹿か! 返せねぇっつの! こちとらあの式でどんだけ金遣ったと思ってんだよ!」
「それは貴様の問題だろう」
「だけど! フツーは1度人にあげたモンをほいほい返せとか言わねーもんだろが!」
 ブレンドを飲んだ瞬間にむせだしたのを見ながら肩をすくめると、ごほごほ慌てながらも俺を睨んだ。
 去年の夏、これまでまったく話を聞いてなかった相手と結婚するという話になり、あれよあれよと式場を予約した揚げ句に、地元の友人やらこっちでの友人やらを招いてそれはそれは“今どき”の式を挙げた。
 が、盆で帰省した際またもや会ったので話を聞くと、『ああ、別れた』とあっさり言い放つ始末。
 ……まったく。
 こらえ性がないというか、浅はかというか、向こう見ずというか。
 コイツは昔からそうだが、まさか大人になってもまだそうだとは思いもしなかった。
「……ち。まぁ、なんとでも言え。俺は、ままごとみたいな恋愛に興味ないからな」
「ふん。きちんとした相手ときちんとした生活をともにしたこともない人間に、言われる筋合いはない」
「くっ……! リーチ! お前、彼女ができた途端嫌味に拍車かかってんぞ!」
「なんとでも言えばいい」
「っち!」
 カップに半分ほど残っていたキャラメルカプチーノを飲み干し、肩をすくめてから伝票を手にする。
 時間も時間だ。
 いつまでもこんな話に付き合っているほど暇でもない。
「つーかお前、ほんっと昔からキャラメル好きだよな」
「当然だ。チョコレートなんていう子どもの菓子とは違って上品だろう」
「はァ? 何お前、喧嘩売ってんの? キャラメルこそガキの食いモンじゃねーか。チョコこそ大人のための食べ物だぜ? 嗜好品って言葉知らねーの?」
「ふん。売ってると感じているなら勝手に買ってくれても構わない。だが、いつまでもチョコレートに固執するようなヤツにとやかく言われる筋合いはないな」
「それはこっちのセリフだっつの!」
 俺が2杯ほど続けてキャラメルカプチーノを飲んだのが気に食わなかったのか、ソウはつっかかってくるように嫌味を続けた。
 コイツは、昔からチョコレートがやたら好きだったが、どうやら今でも変わっていないらしい。
 ……まぁ、自分とてそれは同じだがな。
 さすがにあのサイコロのようなキャラメルを口にすることはなくなったが、“キャラメル”と名の付く商品にはつい反応しそうになる。
 …………ああ、その点ではまぁソウと同じく子どもなのかもしれない。
 つい先日、穂澄がキャラメルのプラリネが入ったアイスクリームを食べているときに、ひと口ねだったら心底驚いた顔をされたしな。
「……あ。お前さ、今時間ある?」
「ない」
「だから! ちょっと付き合えって」
「……なぜだ」
 会計をしながら思いついたように言われ、当然眉が寄る。
 “ちょっと”が、ちょっとじゃないだろうし、何より……ソウがこういう顔をしているとき、いいことは起きない。
「いーから、ちょっと付き合えよ。5分でいいから」
「……本当だな?」
「もちろん」
 思えばこのとき、ソウの笑みはいつもと違ったんだ。
 だから、やめておけばよかったんだろう。
 お陰で――……いろいろな意味での、人生初の経験をする羽目になったんだから。


ひとつ戻る 目次へ 次へ