「……なんだ。ここにいたのか?」
 有里さんのIDと番号をばっちりゲットして早速スタンプたっぷり送りつけたら、里逸がすぐそこに立っていた。
 手には空いたグラスを持っていて、振り返った私を見てから冷蔵庫を躊躇なく開ける。
「おばあさまと一緒じゃなかったのか?」
「一緒だったよー」
 電話番号と率直な気持ちをささっと打ち終えたところでスマフォを置き、洗ったばかりの里芋を新聞紙の上に並べる。
 さすがはおばあさま。
 形もサイズもばっちりでおいしそうすぎるからこそ、レシピが再び頭をぐるぐると巡る。
 ……ていうか、『おばあさま』って呼ぶ人が現実世界にいたとは思わなかったわ。
 しかもこんな身近で発見してしまい、改めて高鷲家のすごさを垣間見た気分。
「おばあさまってさ、理屈でかなわない感じするよね」
「……そうだな。間違ってはいない」
「でしょ?」
 少ししか話してないけれど、絶対的な強さがある人だった。
 雰囲気はとっても柔らかいのに、有無を言わせない感じがある。
 さすがは里逸のおばあさまだな、って思った。
 ……だって、そういうところも彼と一緒だもん。
「里逸もそうだよ?」
「……何?」
「里逸は、絶対理屈で相手をねじ伏せる感じ」
「その口ぶりだと、かなり嫌な人間のように聞こえる」
「違うってば」
 眉を寄せた彼の腕に笑いながら触れ、伝うように撫でて手を握る。
 大好きな、大きな手。
 手の甲がごつごつといかにも“男の人”で、なんだかどきどきするから好き。
「それって、かっこいいんだよ?」
「……そうか?」
「うん。だって、私はダメなんだもん。理屈をそこまでこねこねできないから、力でねじ伏せるしかできないの。……だから、おばーさまと里逸って、すごく似てるなって思った。目がおんなじ。それに、考え方もそう。トン、って1本まっすぐに筋が通ってて、すごくかっこいいよね」
 それは強さにも似ている。
 簡単に相手に屈服したりしない、意思だって当然あるだろう。
 納得しうるだけの理由がなければ、折れたりしない。
 それは確固たる自我の強さだ。
「……里逸はかっこいいよ?」
「っ……」
 我ながら、まっすぐ見たままこんなセリフが出るなんて、ちょっとだけ信じられない。
 ……でも、言えた自分を褒めてあげてもいい。
 だって、口を“へ”の字にしながらも、それはそれは困ったように頬を染めて視線を逸らした里逸を全部見ることができたんだから。
「ね。この里芋、持って帰っていいって!」
「それは……よかったな、と言うべきなのか?」
「当たり前でしょ! こんなにいい里芋、買ったらかなり高いよ?」
 ぱ、と表情を変えたところで里芋に向き直り、ほくほく顔でひとつを手にする。
 量だってハンパないし、本当に重宝するからこそありがたい。
 あー、いっぱい煮物作ろう。
 考えた途端、口の中にあの独特の甘しょっぱい味が広がった気がして、なんとなくご飯が欲しくなった。
「あ、そうそう。大根もねー、いただけるって」
「……そうか。あとで礼を言わないとな……」
「でしょ!? ねえねえ、おばあさまって何が好きかな? お野菜はたくさんあるし、果物……あ、ねぇ果物で何か好きなものとかない?」
 顎に指を当てて考えこんでから里逸を見ると、お茶を飲み干したところでグラスをシンクに置いた。
 ……あー、だめだ。頼りにならない感じ。
 眉を寄せて視線を宙に飛ばしたのを見て、返事は期待できないと見た。
「こんなところで、いったい何をしているの……!?」
 やたら怒気の混じった声で振り返ると、案の定お母さまが佐々原さんを引き連れて立っていた。
 どうやら、かりそめの宴は終わりになったらしい。
 お皿を重ねて持っていた彼女が、わざわざ私と里逸の間を通ってから、シンクに向かう。
「んまぁ、なんなの! この里芋は!」
「あ。それ、おばあさまがくださるそうです」
「……なんて子なのかしら。よその家に来てご馳走になっただけでなく、勝手に野菜まで持ち帰ろうとするなんて……!」
「だから、どうしてそういう棘のある言い方しかできないんだ!」
「棘も何もあったものではないでしょう? みっともない、と言っているの」
「だからッ……!」
 お母さまに向かって声を荒げた里逸の腕を取り、彼女をまっすぐ見たままで微笑む。
 すると、案の定彼女はひるんだ。
「お言葉ですが。そのお野菜をくださったのは、おばあさまです。お母さまにいただいた覚えはありません」
「っ……あなたね」
「せっかくですし、佐々原さんもいかがですか? とってもいい里芋ですよ」
 にっこり笑って標的をお母さまから佐々原さんへ変えると、一瞬肩を震わせてから視線を外して薄く笑った。
「結構です。そんな真似はとても……」
「せっかくくださるとおっしゃっているのに、それを無碍にするほうがよっぽど不躾じゃありません?」
「っ……でも、ひとり暮らしなのに、こんな量をいただいても……」
「えー。普通逆じゃないですか? ひとり暮らしだからこそ、野菜ってありがたいですよね?」
 首をかしげて顎に指を当て、『えー』を大きめに言う。
 すると、心底嫌そうな顔で唇を噛んだのが見えたから、改めてにっこり微笑む。
 勝負、ありき。
 あなたは私に勝てない――……と思ってしまったから、それは現実のものになる。
「まぁ、ひとりじゃたしかに使いきれないかもしれませんね。だからこその、おすそ分けなんですけれど。……うち、ふたりいますから」
 満面の笑みで里逸の腕を取り、『ね』とわざとらしく見上げる。
 この角度だって、きれいな顎のラインが見えるようにちゃんと考えてのもの。
 計算づくはどうのこうのって文句を言う人間もいるけれど、人間は頭をつかってこその生きもの。
 考えない人間は、人でない。
「っ……なんていう子なのかしら」
 ぎり、とお母さまが奥歯を噛みしめたのがわかり、視線が佐々原さんから彼女へ向いた。
「いったい、どういう教育を受けてきたの……!?」
 これはきっと、あくまでもひとりごとのようなものだったに違いない。
 だけど、聞いた瞬間思わず口角が上がったのは、里逸の彼女として正当な対応だったろう。
「……お母さまったら、ご冗談を」
 薄く笑い、瞳を細める。
 ふたりには、いったい自分がどんなふうに見えているのか、当然わかる。
 だからこそ、一瞬で張り詰めた雰囲気を解いたりしない。

「私を教育してるのは、ほかならぬ里逸さんに決まってるじゃありませんか」

 にっこり笑って首をわずかにかしげると、一瞬口を開けたふたりは、揃ってとてもとても悔しそうな顔を見せた。


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